会社と家の往復する人生は「負け組」なのか?

黒坂岳央です。

「会社と家の往復で人生が終わるのは、自由がない社畜の負け組」

こうした意見を繰り返し目にする。だが結論から言えば、会社と家の往復が人生の敗北であるという主張は間違いであり、そうした指摘をする人自身も物理的往復を伴わないだけで、「タスクの往復」をしている現実がある。

そもそも「往復」自体が、人生が安定している証拠である。毎日同じ時間に起き、働き、帰宅し、食べて寝る。これは人間の生活の基本構造であり、社会が成立するための根幹でもある。

そこに週末の買い物や家族イベント、たまの旅行や趣味が挟まる。人生とは本来その程度のものであり、突き詰めて考えるとむしろそれが最も合理的といえる。

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会社と家の往復は幸せな証拠

往復を「ダメな人生」と断じる人々は、往復の中に含まれる価値を見落としている。

往復が成立しているということは、裏を返せば生活が安定して回っているということだ。収入が安定し、予定が立ち、心身が破綻していない可能性が高い。家族がいれば子どもの生活リズムも整えられる。

一方で、「往復できない人生」は悪い意味で安定しないケースが多い。非正規雇用だと、仕事に呼ばれれば行き、なければ節約のために家にこもる。生活が毎月ギリギリで、先が読めず、精神的な余裕も削られていく。

この構造は会社員だけではない。主婦も同じである。専業主婦なら自宅とスーパーの往復、ワーキングママなら自宅と会社と保育園と店の往復である。定年退職後、自宅と近所の散歩コース、役所、病院など同じエリアをぐるぐる回る生活が待っている。

人間の生活は結局、半径数キロの往復に収束する。これは個人の怠惰ではなく、生活というものの本質である。

起業しても「タスクの往復」になる

さらに言えば、起業したところで本質は変わらない。脱サラして事業を始めれば、最初のうちは浮ついた生活になる。人に会い、試行錯誤し、落ち着かない日々を送る。

しかし事業が安定してくれば、必ず生活は最適化される。再現性のあるルーティンが作られ、仕事の型が決まり、意思決定は省エネ化される。そして最後は「最適化されたタスクの往復」に行き着く。

筆者は会社員ではないが、会社と家を往復する代わりに、今は借りている仕事場と自宅の往復になっている。夕方には学校から子供が帰ってくるので、「思いついたある日、海外行きの飛行機に飛び乗る乗る」みたいなことは出来ない。

何度も旅行先でワーケーションみたいなものもやってみたが、全然仕事に集中できずダメだった。結局、機材の持ち運びやチェックアウト、観光のプランニング、子供の世話などがあって、「仕事は仕事場でするのが一番」という結論になった。

仮に子供がいない独立したビジネスパーソンも、結局、やたらとあちこち移動するより一箇所で仕事をする方が時間効率が良くなるので、「タスクの往復」という構造は同じである。

悪いのは家と会社の往復ではない

では、会社と家の往復が常に正しいのかと言えば、そうではない。問題は往復そのものではなく、その往復が本人の意思で選ばれているかどうかである。

もし会社で働くことが毎日が苦痛で、消耗し、心身が壊れかけているなら、それは往復が悪いのではなく「仕事や会社との適性の問題」である。だが逆に、本人が納得し、生活が回り、家族関係も安定しているなら、往復はむしろ勝ちだ。

人類史を見ても同じだ。人類は移動の民として始まり、やがて定住へと落ち着いた。移動は自由に見えるが、実態は食料や安全を求めて動かされているだけであり、極めて不安定である。

定住はその逆で、食料を安定させ、生活をルーティン化し、子育てを可能にし、社会を発展させた。つまり定住とは合理化の終着点のひとつなのである。現代の「往復生活」もまた、その延長線上にある。

会社と家の往復は負けではない。むしろ、人生が安定し、成熟している証拠である。真に目を向けるべきは「会社と家を往復していること」ではなく、「会社や仕事と自分の相性」である。

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働き方・キャリア・AI時代の生き方を語る著者・解説者
著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。