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1. 「お墨付き」の専門家が4万人もいる不思議
2026年5月、日本の金融制度が大きく変わる。
「企業価値担保権」という、不動産などの担保がなくても、事業そのものの価値を評価してお金を貸す仕組みが始まる。
これに伴い、国は新たに「認定事業性融資推進支援機関」という、なにやら難しそうな名前の支援組織を作ろうとしている。「高度な専門知識を持つプロを国が認めるので、安心して相談してください」というわけだ。
しかし、私たちはここで一度立ち止まって考える必要がある。
なぜなら、14年前にも全く同じような触れ込みで始まった制度が、いまや「形骸化」の波に飲み込まれているからだ。
それが、2012年に始まった「経営革新等認定支援機関制度」。
現在、この「国が認めた経営支援のプロ」は、中小企業庁の公表資料(2024年12月末時点)によれば、認定支援機関の数は、実に39,013機関に達している。
コンビニの数にも迫る勢いだ。
果たして、日本にはそれほど多くの「経営改善のプロ」が存在しているのだろうか?
2. 「3つのスルーパス」で誰でもプロになれる?
なぜ、これほどまでに数が増えたのか。それは、認定を受けるためのハードルが、実務の厳しさとは裏腹に、非常に通りやすくなっているからだ。
- ルート1:資格があれば「ほぼ無審査」 税理士や公認会計士などの士業であれば、実務経験が3年あればほぼ自動的に認定される。これまで一度も会社のピンチを救ったことがなくても、「資格」があれば国がプロとして認めてしまうのです。
- ルート2:銀行員なら「誰でも」 銀行や信用金庫は「組織」として認定されます。すると、個々の行員の能力に関係なく、所属する全員が「認定支援機関」の看板を背負うことができる。
- ルート3:20日間の研修で「専門家」に 士業資格がない場合でも、中小企業大学校で約120時間の研修(約20日間)を受ければ申請可能だ。しかし、20日間の座学で、崖っぷちの企業の資金繰りを支え、銀行と渡り合う「実戦」が学べるのか?
3. 「補助金の判子代行屋」と化した5年更新の裏側
「でも、5年ごとに更新があるから質は保たれているはずだ」と思うかもしれない。しかし、ここが最大の落とし穴だ。
認定を更新するために必要な実績は、「どれだけ会社を改善したか」ではない。驚くべきことに、その多くは「補助金の申請を何件手伝ったか」という事務作業の実績なのだ。
特に、予算総額3兆円にものぼる「事業再構築補助金」は、この制度を決定的に歪めた。申請には認定支援機関の確認が必須だったため、4万人の専門家たちの多くは、会社の未来を作る「軍師」ではなく、補助金をもらうための「書類作成代行屋」になってしまった。
4. 人手不足の地銀が補助金に積極的なワケ
地方銀行が補助金においてどれほどの存在感を持っているか。
具体的に見てみよう。「事業再構築補助金」の事務局が公表している採択結果資料(第1回〜第12回累計)を見れば一目瞭然だ。
認定支援機関別の採択件数において、地方銀行および第二地方銀行のシェアは常に約3割を占め、業態別で不動のトップクラスに位置している。第10回公募のデータを見ても、全業態の中で最も多くの採択案件に関与しているのは地域金融機関である。
しかし、一方で金融専門紙「ニッキン」の報道(2023年〜2024年)に目を向けると、地方銀行は今、空前の「人材枯渇」に喘いでいる。離職率の上昇や新卒採用の未充足が深刻な経営課題として連日のように報じられている。
ここに、深刻な矛盾が生じる。 窓口業務のデジタル化や店舗集約を急がねば回らないほど「現場の人間」が足りない銀行に、一社あたり数十時間を要する高度な計画策定をすべて自前で完遂できる体制が、果たして統計上の数字に見合うほど存在しているのか。
現実は、同じくニッキン等が報じている「外部コンサルタントや支援会社との相次ぐ業務提携」に集約される。公表資料上の「高い関与率」は、地銀が自ら事業性評価を行った証左ではなく、外部へ実務をアウトソーシングしている構造の、何よりのエビデンスである
窓口を閉め、店舗を統合しなければならないほど「現場の人間」が足りない地銀に、一社あたり数十時間もかかる事業計画書をすべて自前で書く余裕など、物理的にあるはずがない。
現実はこうだ。
ほとんどの地銀は「支援機関」として名前を出すが、実際の作業の多くは外部のコンサル会社へ「丸投げ」する。あるいは、外部が書いた中身を少しだけ読んで判子を押す。これが、ニッキンでも報じられている「外部提携」の正体であり、補助金バブルが生んだ「多重下請け構造」なのだ。
5. 「なぜ、外注費を払ってまで『採択』を急ぐのか」
ここまで読んだ人なら疑問に思うことがあるだろう。
「人が足りないなら、なぜ無理をしてまで補助金支援に首を突っ込むのか」と。
答えは単純だ。
採択の先には、多額の「融資」が待っているからだ。
補助金は後払いが原則である。大型の補助事業を行うのに、まず会社が資金を先行して支払わないといけない。
そうなると当然資金調達が必要になる。大型補助金になればなるほどだ。
さあ、無料で採択までサポートをしてもらったのだ、どこに融資を申し込むだろうか?
つまり、採択が決まった案件は、銀行にとって「国が認めた、返済原資(補助金)が確約された優良な貸出先」に変わるのだ。
外注コンサルに手数料を支払ってでも、採択という「融資のパスポート」を手に入れれば、銀行は低リスクで数千万円、数億円の貸出先が確保できる。ニッキンが報じる「補助金支援の成功実績」の裏側にあるのは、事業を救う情熱ではなく、極めて冷徹な「融資への執着」である。
だが、その融資の根拠となる事業計画は、銀行員が自ら吟味したものではなく、外部のコンサルティング会社が補助金を通すためだけに書いた「作文」なのだ。2026年に施行される企業価値担保権が、同じような「外注された信頼」の上に築かれるとしたら、それはあまりに危うい砂上の楼閣ではないか。
6. 「セラピスト」と化した行政の迷走
この惨状を前に、国はどう動いたか。中小企業庁の検討委員会では、一時期、経営支援のあり方として、教えるのではなく、社長から引き出すと称して、「カウンセリング」や「セラピスト」といった言葉が真面目に議論されていた。
経営支援とは、社長の悩みを聞いて癒やすことではない。冷徹に数字を見つめ、資金繰りを安定させ、事業を継続させることだ。現場の泥臭い戦いを知らない委員たちが、机上の空論で「心のケア」を語っている間に、実務の質はどんどん置き去りにされていった。
7. 2026年、新制度は「二の舞」にならないか
そして今、また新しい「認定制度」が作られようとしている。しかも非常に高度な専門知識と実務経験を必要とする機関をだ。そうだとすると、これまで 過去14年の歴史を振り返れば、懸念は尽きない。
- 名前だけの認定:120時間の研修や資格だけで「プロ」と認める危うさ。
- 実績のすり替え:経営改善ではなく、事務作業の件数で評価される矛盾。
- 制度の空洞化:人手不足の銀行からコンサルティング会社へ外注される構造。
果たして新制度は、これらの歴史を繰り返さないという保証があるのか?
社長、頼るべきは「お墨付き」ではない
14年の歴史が教えてくれる教訓は一つだ。「国の制度や看板に期待してはいけない」ということだ。
企業価値担保権という新しい波を乗り越えるために必要なのは、どこかの誰かが書いた「きれいな作文」ではない。
社長自身が学び、自社の数字を理解し、自分の言葉で「我が社の価値はこれだ」と語る力だ。
国は答え(白書や指針)をすべて公開している。
誰も読まないその資料の中に、真実が眠っている。
「専門家」という看板に丸投げする前に、まずは自分で読み、自分で書く。
その「自立」こそが、2026年以降、あなたの会社を守る唯一の武器になるのだ。
なぜ「認定事業性融資推進支援機関」に頼るのがこれほどまでに難しいのか。制度の要件が抱える「致命的な欠陥」を解説するとともに、だからこそ社長が自ら事業計画を書けるようになれば、金融交渉において「無双」できる理由をお伝えする。
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長瀬 好征
経営コンサルタント。一倉定の思想と認知脳科学を融合した「収益満開経営」を提唱。元融資サポートのプロとして30社以上の財務改善を支援。年商50億円突破を見据えた経営の科学化を伝承している。
収益満開経営(ブログ):https://evergreen-mgt.biz/blog/






