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首都圏の中堅・中小企業、とりわけ製造業、倉庫運送業、ビルオーナー企業の多くは、長年にわたり不動産を保有してきた。工場用地、自社ビル、倉庫、遊休地——それらは企業の歴史そのものであり、信用力の裏付けでもあった。
しかし近年、その前提が静かに変わりつつある。
長期金利はゼロ金利時代を終え、上昇局面に入っている。金融機関の貸出金利も緩やかに上昇し、資本コストは確実に変化している。低金利を前提に成立していた「持ち続けることが合理的」という判断は、再検証が必要な段階に入った。
同時に、不動産を取り巻く制度環境も変化している。貸付用不動産の評価方法については税制上の検討課題として議論が始まっており、短期売買への監視強化も政策論点となっている。現時点で全面的な制度変更が行われたわけではないが、「不動産保有の優遇構造」を前提とした戦略は、将来にわたり不変とは言えなくなっている。
静かに進行する不動産の「固定化」
さらに見逃せないのが、事業承継問題である。
首都圏では地価上昇が続き、不動産の含み益が拡大している企業も多い。法人が不動産を保有している場合、その含み益は純資産価額を押し上げ、自社株評価に影響を及ぼす。結果として、創業者個人の相続税負担が増大する可能性がある。
実例として、都内で複数の事業用不動産を保有する創業50年の中堅企業では、試算では自社株評価が大幅に上昇し、相続税負担が想定を超える水準に達した。生命保険や納税資金準備では間に合わず、事業承継そのものに暗雲が立ち込めている。
ここで重要なのは、問題の本質が税制や金利そのものにあるのではなく、「長期戦略の不在」にあるという点だ。
後継者が不在、あるいは承継方針が定まっていない企業では、大規模な設備投資や不動産再開発の意思決定が先送りされがちである。
後継者不在 → 長期ビジョン不明確 → 投資判断の停滞 → 不動産の更新遅延 → 資産の陳腐化・固定化という構造は、決して珍しいものではない。
本来、不動産活用は企業の長期戦略の延長線上にあるべきものである。本業の方向性が定まっていなければ、不動産の最適活用も決まらない。
しかし現実には、老朽化した工場を建て替えるべきか判断できない、本社ビルの売却や建替えが議論に上がらない、遊休地が「いつか使うかもしれない」という理由で放置される、といったケースが少なくない。
建築費高騰と地価上昇が生む「更新の停滞」
首都圏では建築費指数が高止まりし、再建築コストは数年前と比べ大きく上昇している。地価も上昇傾向にある。これは資産価値の上昇を意味する一方で、更新判断のハードルを引き上げる。
たとえば、築40年の倉庫を建て替えようとした場合、数年前に比べて建築費は坪単価で30〜40%上昇しているケースもあり、事業計画上の採算が取りにくくなっている。また、都心の自社ビルを建て替える場合、建築期間中の仮移転コストや金利負担を加味すると、売却して賃貸に切り替えた方が財務的に合理的なケースもある。
結果として、「動けない不動産」が増えている。
問い直すべき3つの視点
価格が上がったか下がったかではない。その不動産は本業と整合しているか、資本効率に見合っているか、承継リスクを増幅していないか、を問い直す必要がある。
具体的には以下の3点である。
第一に、本業との整合性である。本社機能が縮小しているのに広大なオフィスを保有し続ける、物流拠点の最適配置が変わったのに従来の倉庫を維持する、こうした状況は資本の非効率を生む。
第二に、資本効率である。低利回りの不動産を保有し続けることで、本業への投資原資が圧迫されているケースは多い。ROA(総資産利益率)やROE(自己資本利益率)で評価すれば、不動産売却や組み替えが合理的な選択となる場合もある。
第三に、承継リスクである。含み益の拡大が自社株評価を押し上げ、結果として後継者が株式を承継できなくなるリスクは、企業の存続そのものに関わる。
経営戦略と接続されない不動産は「固定化したコスト」になる
不動産は貸借対照表上の資産である。しかし経営戦略と接続されていなければ、それは単なる”固定化したコスト”になり得る。
不動産をどう扱うかは、単なる資産管理の問題ではない。企業の将来像をどう描くかという経営そのものの問題である。不動産は守るものではなく、設計し直すものになりつつある。
本シリーズでは、首都圏の不動産保有企業が直面する構造的圧力を整理し、長期戦略と整合した「不動産再設計」の視点を提示していく。
次回は、金利上昇・税制改正・承継圧力が企業財務にどのような連鎖的影響を与えるのか、その構造を具体的に分解する。







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