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2026年5月、iPS細胞由来のパーキンソン病向け再生医療等製品「アムシェプリ」が公的医療保険に収載される。薬価は18瓶1組で5,530万6,737円。世界初のiPS細胞由来再生医療等製品として報じられている。
iPS細胞薬の薬価5530万円 パーキンソン病向け、保険適用へ
だが、これは孤立した例外ではない。同じく2026年に保険適用となるサンバイオの「アクーゴ脳内移植用注」は1回分7,271万6,528円。2026年2月20日に収載された中外製薬の「エレビジス点滴静注」は1患者当たり3億497万2,042円で、国内薬価の過去最高を更新した。
つまり、5千万円、7千万円、3億円の薬が、わずか数ヶ月の間に立て続けに国民皆保険に組み込まれている。これらに先行して、レカネマブ(商品名レケンビ)が2023年に年間298万円、市場規模986億円の薬として保険収載されている。
医療財政の観点から問わなければならないのは一つである。
これらの治療を、誰が、どの基準で、どこまで公的保険で負担するのか。
患者本人の自己負担は、高額療養費制度によって月8万円程度に抑えられる。しかし費用そのものが消えるわけではない。それは保険料、税、公費、現役世代、将来世代に移転されるだけである。
問題は、先端医療を認めるか否かではない。一度保険に入れた医療を、後から「この価値では公的保険で払えない」と言う出口がないことにある。
効果はあるが、価格に見合うのか
アルツハイマー病治療薬レケンビは、出口不在の構造を最も典型的に示している。
レケンビは早期アルツハイマー病の進行を遅らせる薬であって、治す薬ではない。日本では2023年12月に保険適用され、体重50kg換算で患者1人あたり年間約298万円の薬剤費とされた。エーザイは対象患者を国内約500万〜600万人のうち1%程度と推計しているが、それでも市場規模は986億円と見積もられている。
問題は、薬効がゼロかどうかではない。効果はある。しかし、その効果が価格と実施体制に見合うのかである。
レケンビの使用には、アミロイド確認、点滴、MRI監視、副作用対応、専門施設の体制が必要になる。薬剤費だけでなく、周辺コストも重い。
中医協での費用対効果評価でも、レケンビのICER(増分費用効果比)は1QALYあたり1,000万円を超えると示された。QALYとは「完全な健康状態で生きた1年分」を意味する単位で、ICERは「追加治療によって1QALYを得るのに、いくらの追加費用がかかるか」を表す指標である。1,000万円/QALYというのは、レケンビによって完全な健康状態の1年分を追加で得るために1,000万円の追加費用がかかる、という意味になる。
それでも日本では、費用対効果が悪いから保険から外す、という処理にはならない。
「払わない」ではなく「払うが値下げする」
ここに、日本の医療保険制度の核心がある。
費用対効果評価の結果、レケンビは2025年11月から薬価が15%引き下げられた。注目すべきは、この「15%」が偶然の数字ではなく、制度上の下限であることである。中医協のルールでは、価格調整後の薬価は「価格全体の85%」が下限とされている。
つまり日本の制度はこう設計されている。
ICER 1,000万円/QALY超の薬であっても、保険から外す判断はしない。最大15%の値下げで完結させる。
費用対効果が悪いから保険で払わない、ではない。費用対効果が悪いから薬価を15%下げる、である。
低価値薬は排除されるのではない。低価値薬を抱え込んだまま、価格が15%だけ調整される。残りの85%は、保険料と税が払い続ける。
英国は「承認」と「公費負担」を分けている
対照的なのが英国NICEである。
英国では、薬事承認と公的医療での償還が制度的に分離されている。薬として承認されることと、税財源で全国民に提供することは、別問題として扱われる。
アルツハイマー病治療薬についても、NICEは2024年以降、レカネマブとドナネマブについて、NHSでのroutine useを推奨しない判断を複数回示してきた。NICEの説明は明快だった。臨床試験で示された便益は控えめである、NHSが投入する資源を正当化できる規模ではない、実施体制の負担が大きい、長期効果の不確実性が大きい——。
NICEが用いる費用対効果の閾値は1QALYあたり£20,000〜30,000(約380万〜570万円)である。レケンビの日本でのICER 1,000万円超は、英国の閾値の2〜3倍に相当する。もちろんNICEは閾値だけで判断するわけではなく、商業的合意、不確実性、実施負担、managed accessといった要素も総合する。それでも、日本のICER水準が、NICEが通常受容する水準を大きく上回ることは間違いない。
日本では、この切断が極めて弱い。
薬事承認され、薬価収載されると、公的保険で使えることがほぼ当然視される。すると、後から「この薬は公的保険で払う価値が低い」とは制度的にも政治的にも言いにくくなる。
つまり、日本の問題は薬の承認そのものではない。承認された薬を、公的保険が自動的に抱え込む構造である。入口が広いことが問題なのではない。入口は広いまま、出口が存在しないことが問題である。
増殖する「型」
アムシェプリ、アクーゴ、エレビジス、レケンビ。これらは個別の話ではない。同じ構造の中で、それぞれ別の入口から保険に組み込まれている。
レケンビは通常承認である。条件付き期限付承認ではない。つまり7年後に効果を再評価して保険から外すという制度すら存在しない。一度入れば、最大15%の値下げが繰り返されるだけで、出口は制度上ない。
アムシェプリ、アクーゴ、エレビジスは条件及び期限付承認である。形式上は「7年以内に効果が確認できなければ承認失効」という出口が設計されている。だが、その「出口」が本当に機能してきたのかは、別途検証されなければならない。
そして他にも、薬価3,349万円の白血病・リンパ腫治療薬キムリア、1億6,707万円の脊髄性筋萎縮症治療薬ゾルゲンスマ、再生医療等製品の連続収載が続いている。
ひとつひとつは、こう説明される。患者数は少ない。革新的医療である。患者救済である。日本発技術を育てるべきである。先端医療を潰してよいのか。高額療養費制度があるから患者負担は抑えられる。
各論ではすべて正義になる。誰も反論できない。
しかし、こうした個別の正義が積み上がった先に、誰がどの基準で支払い能力を維持するのかという問いは、誰も引き受けていない。
承認された薬は保険に入る。保険に入れば外れない。費用対効果が悪ければ15%下げる。それでも患者数が多ければ財政影響は大きい。だが、その判断を正面から下す主体がいない。
なぜ、誰も出口に責任を取らないのか。それは、出口に立つことが誰にとっても損になるからである。そして、出口を作らないことが、ある主体たちにとっては利益になるからである。
(次回につづく)







コメント
記事の問題提起、すなわち「日本には一度保険に入れた医療を後から外す出口がない」という指摘には、強く賛同します。より正確に言えば、「費用対効果が悪いことを理由に、保険償還から外す仕組みは制度上きわめて弱い」ということです。安全性問題や承認取消し、条件・期限付承認の失効など別ルートの退出可能性はあるものの、費用対効果評価は保険償還の可否ではなく価格調整に用いられ、しかも最大15%の値下げで完結し、残り85%は保険料・税・将来世代に転嫁され続けるという中医協のルールは、超高額医薬品が次々登場する今、国民皆保険の財政基盤を根底から揺るがしかねない深刻なバグです。アムシェプリ約5,530万円、アクーゴ約7,271万円、エレビジス約3億497万円、そしてレケンビが立て続けに保険収載される一方で、その後の財政影響を誰も正面から引き受けない構造は、まさに核心を突いた指摘だと思います。
ただし、本記事が解決策のヒントとして英国NICEの事例のみを対比軸に置いている点については、やや視野が狭いと言わざるを得ません。英国だけが特殊なのではなく、日本以外のG7諸国はそれぞれ独自の「出口」を制度化しており、日本の異質さこそ国際標準から際立っています。以下、補足と若干の反論を述べます。
まずドイツのAMNOG制度は、日本にとって最も参考になるモデルです。G-BAとIQWiGが既存治療と比較した「追加的便益」を厳格に評価し、便益なしと判定されれば、参照価格、つまり既存の安価な標準治療と同等の水準までしか公的保険は払いません。「保険から外す」のではなく「価値ゼロなら標準治療と同じ価格しか払わない」という設計は、患者アクセスを守りつつ財政を守る発想であり、日本の制度文化とも親和性が高いはずです。なお、ドイツでは2022年改革で自由価格期間が12か月から6か月に短縮されており、さらに2026年の政府案でも価格・数量連動ルールなど、薬価抑制を強める方向が示されている点も注目に値します。
フランスのHAS制度はさらに明快です。SMR、すなわち医療上の有用性が不十分と判定されれば償還リストに載らず、ASMR V、つまり既存治療に対する改善なしと評価された薬は、比較薬より低い価格または費用節減が求められる整理が示されています。加えて、国全体の償還医薬品支出に対してセーフガード条項、いわばクローバック制度があり、議会で設定された年間目標を超えた場合には製薬企業側に払い戻し・拠出を求める仕組みも仕掛けられています。日本の「とりあえず保険収載してから15%だけ下げる」とは正反対の発想です。
イタリアのAIFA制度は、超高額・効果不確実な再生医療等製品にこそ参考になります。AIFAレジストリでは、償還対象となる適格患者の使用状況や転帰を追跡し、Managed Entry Agreementのうち、Payment by Resultsが設定された薬剤・適応では、非奏効患者分について製薬企業が100%返金する仕組みがあります(MEAにはCost Sharing、Risk Sharing、Capping、Success Feeなど他の類型も併存します)。アムシェプリやアクーゴのような効果の不確実性が大きい再生医療に対し、日本が今後採用すべきはまさにこの方式でしょう。条件及び期限付承認の「7年後再評価」が機能していないという記事の懸念に対する、最も現実的な処方箋になり得ます。
カナダはCDA-AMCの評価とpCPAによる全州共同交渉、PMPRBによる価格上限規制という三層構造で、承認と公的償還を明確に切り分けています。価値に見合わないと判断されれば、州の公的薬剤制度の償還リストに載らず、公費でのアクセスが大きく制限される設計です。
アメリカについては慎重な評価が必要です。2026年からMedicareの直接価格交渉による最大公正価格が適用され、第1弾10品目ではリスト価格比で大幅な引き下げが示されました。ただし、CMSが示す制度全体の純支出削減率(2023年支出ベースで約22%相当)と、薬ごとのリスト価格割引率(38〜79%)、IRA上の法定上限(市場独占期間に応じ25〜60%)は別の指標であり、米国型を単純に「25〜60%強制値下げが実現」とだけ表現するのはやや粗いと言えます。また、交渉に応じない製薬企業には重い物品税が課されるか、Medicare/Medicaid市場からの撤退を迫られるという、制度参加をめぐる強い圧力構造です。これは長年の「世界一高い薬価」「保険未加入者のアクセス断絶」という負の蓄積に対する反動でもあり、米国型を丸ごと真似るべきではありませんが、効果や実施体制に不確実性がある医療に対するCED(証拠収集条件付き給付)の発想は参考になります。
なお反論すべき点もあります。高額薬を一律に悪者扱いすれば、希少疾患の患者や、日本発の再生医療という政策目的を毀損する危険があります。しかしそれは「どんな価格でも保険で抱え込む」こととは別問題です。革新を評価するならなおさら、実際の効果、対象患者、長期成績、総財政影響を厳密に見なければなりません。
記事は最後に「なぜ誰も出口に責任を取らないのか。出口に立つことが誰にとっても損になるからだ」と問いを投げています。これは重要な指摘ですが、他のG7諸国では制度として「個別の判断者が損を被らない仕組み」、つまり独立した評価機関と明文化されたルールによって出口を組み込んでいる事実も見逃せません。日本に欠けているのは勇気ある個人ではなく、判断を制度に埋め込む設計思想です。
日本が真に学ぶべきは、英国型の「一かゼロか」の遮断ではなく、ドイツのAMNOG型「追加価値なしなら法定ルールに基づく交渉・仲裁で標準治療価格水準に抑える」、フランスのSMR/ASMR型「有用性が低ければ償還しない・高値を認めない」、イタリアの成果連動払い「Payment by Results対象では効かなければメーカー全額返金」を組み合わせたハイブリッド型です。費用対効果評価を保険償還の可否ではなく、原則として価格調整にとどめ、しかも引き下げ幅に下限を設ける日本の仕組みは、少なくとも他のG7諸国の制度と比べてかなり甘いと言わざるを得ません。医療の正義は患者救済だけでなく、支払い能力を持続させる責任まで含めて考えるべきであり、次回の展開に強く期待します。