ウィーン元市長の像が3.5度右に傾く時

ウィーンのリングシュトラーセにあるウィーン元市長カール・ルエーガ―(1844~1910年)のブロンズ像は今年1月末、クレーンで台座ごと撤去されたが、今月26日、再び設置されたことが明らかになった。ただし、同像は芸術家クレメンス・ヴィリダールの構想に基づき、3.5度右に傾斜しているのだ。

3.5度右傾斜したウィーン元市長ルエーガーの記念像、オーストリア国営放送のウェブサイトから、写真はオーストリア通信(APA)

ルエーガー元市長は(在任1897~1910年)は、近代ウィーンの水利システムや公共交通網を築いた功労者であり、キリスト教社会党(CS)の共同創設者だ。彼の市長在任期間は、ウィーンが近代都市へと発展する上で極めて重要な時期だった。ルエーガーはまた、公然たる反ユダヤ主義者であり、政治的反ユダヤ主義の先駆者の一人であった。彼は反ユダヤ感情を利用して支持を集めた。アドルフ・ヒトラーは自身の著書「我が闘争」の中で、ルエーガ―を「模範」と呼ぶなど、若き日のヒトラーに多大の影響を与えた人物としても知られている。

シュトゥーベントーア門近くに建てられた記念像は1926年に建立され、長年にわたり議論の的となってきた。批判者たちは、繰り返しデザイン変更、あるいは撤去を求めてきた。ペンキや落書きによる破壊行為も繰り返し行われてきた。

2021年5月、文化担当市議会議員のヴェロニカ・カウプ=ハスラー氏(社会民主党)は、様々な意見の調整のため、約40名の参加者を集めた円卓会議を開催した。そして2022年秋にルエーガ―記念像の恒久的な文脈化を目的としたコンペティションが開催され、13名のアーティストが参加した。

ウィーン応用美術大学のエヴァ=マリア・シュタドラー氏が委員長を務めた審査委員会は、最終的にクレメンス・ヴィリダル氏の作品「傾斜(カール・リューガー 3.5°)」を選出した。ヴィリダル氏は像の傾斜の理由について、「3.5度という角度は、見た瞬間に『おや? 何かおかしい』と初めて明確な違和感(Irritation)を覚えるポイント」と説明し、歴史の美化を排し、批判的対話を促す「歴史の文脈化(Contextualization)」を目的としているという。

もう少し具体的に説明すると、伝統的な通常の銅像は、偉人を垂直に見上げることでその「偉大さ」を表現し、権威を象徴する仕組みになっている。その像全体をあえて傾けることで、その威厳や不動の美を意図的に崩す。3.5度という角度は、パッと見では気づかなくても、人間の目で捉えたときにはっきりと「バランスが悪い」といった違和感や不安を呼び起こす絶妙な傾きだ。公共空間にこの違和感を配置することで、「なぜ傾いているのか?」という思考を誘発させるというのだ。

また、政治的意義としては、ポピュリズム・反ユダヤ主義への批判と妥協 だ。像を傾けることは、ルエーガーの「政治的な歪み」を象徴し、ウィーン市が過去の差別主義と決定的な決別を示す象徴的なサインとなる、というわけだ。

要するに、記念像の「撤去」派でも「維持」派でもないのだ。左派やユダヤ人コミュニティは「完全撤去」を求めたのに対し、歴史的建造物の保存や彼の市政の功績を評価する保守派は現状維持を求めていた。「3・5度右傾斜」派はその中間的な立場だ。「残したまま傾ける」というアプローチは、「暗部を晒したまま、批判的に記憶し続ける」ために、政治的妥協の産物というわけだ。「3・5度右傾斜」案には深い考察があるわけだ。

この3.5度の傾斜による再設置に対しては、「過去の暗部と真摯に向き合うための優れた芸術的解決策」と評価する声がある一方で、ウィーンのユダヤ人学生会(JOH)や一部の専門家からは「問題を根本から解決しない、中途半端で臆病な解決策である」との強い批判や抗議もあり、現在も激しい議論が続いている。

ちなみに、極右政党「自由党」のウィーン党関係者は26日、プレスリリースで、「既存の文化施設を守り、芸術家を支援し、ウィーンの伝統を強化する代わりに、イデオロギー的な動機に基づく威信プロジェクトに資金が浪費されている」と批判している。

このコラム欄でも報じたが、ローマ教皇レオ13世(在位1878年~1903年)は、ハプスブルク帝国の皇帝フランツ・ヨゼフ1世の警告を無視して、ウィーン市長にルエーガーの就任を認めた張本人だ。問題の発端はレオ13世の決定にあったわけだ。

いずれにしても、ルエーガー記念像のように、設置された後、一旦撤去され、また再設置されるといった歴史的像は多くはないだろう。ルエーガ―は「安眠妨害しないでほしい」と嘆いているかもしれない。視野が3.5度右に傾いた現在、まっすぐ立っていた時より安眠できるか否かは不確かだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年5月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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