派閥がなくなって「麻生翼賛会」になった自民党

自民党は派閥をなくしたはずだった。政治資金パーティーをめぐる裏金問題を受け、岸田派、安倍派、二階派などが相次いで解散し、派閥政治からの脱却が掲げられた。

ところが、ふたを開けてみると、派閥がなくなったのではなく、麻生派だけが残った。しかも高市新体制では、その麻生派が党の中枢を押さえる形になっている。これでは「派閥解消」ではなく、「麻生派以外の派閥解消」といったほうが実態に近い。

「国力研究会」のメンバー

TBS系の報道によれば、高市新執行部では、副総裁、幹事長、総務会長に麻生派の議員が並び、党内からも「麻生政権みたいだ」「ここまで露骨にやるのか」といった声が出ているという。派閥をなくした結果、自民党は風通しのよい政党になったのではない。むしろ、麻生太郎氏を中心とする「麻生翼賛会」のような構図が生まれたのである。

派閥解消のはずが麻生派一強に

自民党の派閥には、たしかに多くの問題があった。政治資金、ポスト配分、総裁選での締め付けなど、国民から見れば不透明な密室政治の象徴だった。だからこそ、裏金問題をきっかけに派閥解消が叫ばれた。

しかし、派閥には悪い面だけでなく、権力を分散させる機能もあった。複数の派閥が互いに牽制し合うことで、総裁や一部の実力者に権力が集中しすぎることを防いできた側面もある。派閥政治は古臭いが、少なくとも自民党内に複数の権力軸を残していた。

その均衡が崩れた。多くの派閥が看板を下ろす一方で、麻生派は温存された。その結果、形式上は「無派閥」の議員が増えたが、実際には彼らは孤立した個人になった。そこへ、組織を保った麻生派が圧倒的な存在感を持つ。これは派閥政治の終わりではなく、派閥政治の一極集中である。

高市政権は「反石破」連合の産物

高市早苗氏の総裁選勝利は、本人の人気や政策だけで説明できるものではない。石破政権に不満を持っていた旧安倍派、麻生派、保守系議員が合流し、「反石破」の受け皿として高市氏を押し上げた面が大きい。

その意味で、高市政権は高市氏の政権であると同時に、麻生氏の復権政権でもある。石破政権で非主流派に回っていた麻生氏が、高市氏を担ぐことで再び党内権力の中心に戻った。

高市氏にとっても、麻生氏の支援は不可欠だった。自民党総裁選は世論調査だけで決まるものではない。議員票、推薦人、決選投票での駆け引きがものをいう。そこでは、なお派閥的な組織力と長老の調整力が大きな意味を持つ。

つまり、高市氏は「派閥政治を壊した新しい保守リーダー」ではない。むしろ、派閥政治の残骸の上に成立した政権である。

裏金議員の復権が象徴するもの

さらに問題なのは、裏金問題で処分を受けた議員の復権である。萩生田光一氏が幹事長代行として表舞台に戻ったことは、その象徴だ。

高市氏は「挙党体制」を掲げるだろう。しかし、国民から見れば、これは挙党体制ではなく、裏金問題の幕引きに見える。政治資金問題で自民党が信頼を失ったにもかかわらず、時間がたてばまた要職に戻れる。これでは、説明責任も処分も形だけだったという印象を与える。

自民党が本当に派閥政治と決別するつもりなら、まず政治資金問題を徹底的に総括しなければならなかった。誰が、いくら、どのように裏金化し、何に使ったのか。それを明らかにしないまま、処分議員を復権させれば、国民は「また自民党の内輪の論理か」と受け止める。

派閥を解消したという看板と、裏金議員を要職に戻す現実。この矛盾こそ、現在の自民党の本質を示している。

「麻生翼賛会」は長続きするのか

ただし、麻生派一強体制が安定するとは限らない。むしろ、これは不安定な構造である。

第一に、麻生氏はすでに85歳である。自民党内で圧倒的な経験と人脈を持つが、永続的な支配者ではない。麻生氏個人の威光に依存する体制は、後継構造が弱い。

第二に、無派閥議員の不満がたまりやすい。派閥がなくなったことで、若手や中堅はかえって相談相手や昇進ルートを失った。そこへ麻生派だけがポストを押さえれば、「結局、正直に派閥を解散した側が損をした」という不満が広がる。

第三に、高市氏自身の求心力との矛盾がある。高市氏は保守層に人気があるが、党内基盤は必ずしも盤石ではない。麻生氏の支援に頼りすぎれば、「高市政権」ではなく「麻生院政」と見られる。逆に、麻生氏から自立しようとすれば、政権基盤が揺らぐ。

この構図は、見た目ほど強くない。むしろ、麻生氏の影響力が強すぎること自体が、高市政権の弱点になりかねない。

派閥政治より悪い「無派閥独裁」

派閥政治には問題が多かった。しかし、派閥をなくせば政治がよくなるというのは単純すぎる。権力を分散させる仕組みを壊しただけで、代わりの透明な意思決定制度をつくらなければ、残るのは長老支配と密室政治である。

いまの自民党は、派閥政治を克服したのではない。派閥の看板だけを外し、麻生派を中心とする非公式な権力構造を強めただけである。これは改革ではなく、かえって後退である。

かつての自民党は、派閥が複数あることで党内野党も存在した。総裁に異論を唱える勢力があり、政策や人事をめぐって緊張関係があった。いまは表向き無派閥でも、実際には麻生氏の意向を無視しにくい空気が広がっている。これは「開かれた自民党」ではなく、「麻生翼賛会」である。

自民党は何を改革したのか

国民が自民党に求めていたのは、派閥の名称変更ではない。政治資金の透明化であり、説明責任であり、党内民主主義の回復である。

ところが現実には、派閥を解消したといいながら、唯一残った麻生派が力を増し、裏金問題で傷を負った議員も復権している。これでは、改革の看板だけを掲げて、実態は旧来の権力政治に戻ったといわれても仕方ない。

高市政権が本当に新しい保守政権を名乗るなら、麻生氏の後ろ盾に安住するのではなく、党内の意思決定を透明化し、政治資金問題の総括をやり直すべきである。そうでなければ、自民党は派閥政治を卒業したのではなく、麻生派だけが生き残る「翼賛体制」に移行しただけだ。

派閥がなくなって、自民党は自由になったのではない。むしろ、一人の長老に依存する政党になった。その皮肉を、いまの自民党は直視すべきである。

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