イランよ、レバノンは君たちの国ではない

レバノンのジョセフ・アウン大統領は5日、CNNとのインタビューの中で、イランが米国およびイスラエルとの紛争において、レバノンを交渉材料として利用していると非難した。同大統領は、「彼らは米国との交渉において、レバノンを駆け引きの道具として使っている。これは容認できない。レバノンへの内政干渉を止めるべきだ。レバノンの国益はイランの国益とは一致しない」と断言した。さらに、イラン革命防衛隊(IRGC)に対しは、「ここは君たちの国ではなく、我々の国だ」と宣言。そしてイランの支援を受けるヒズボラ民兵組織の指導者ナイム・カセム師を、「レバノン国民を代表する人物ではない」と述べている。

イランに警告を発するレバノンのジョセフ・アウン大統領、ウィキぺディアから

アウン大統領の発言を初めて聞いた時、正直言って驚いた。レバノン国軍の最高司令官から大統領に就任したジョセフ・アウン大統領が、CNN のクリスティアーヌ・アマンプール氏との独占インタビュー(2026年6月5日放送)で語ったものだが、レバノンの政治指導者がイランばかりか、ヒズボラの指導者に対しても上記のようにはっきりと警告したのは今回初めてではないか。イスラエルとの停戦案を拒否したカセム師に対して、「レバノン国民は君の人民ではない」と言い放ち、ヒズボラはレバノンを代表していないと断言している。

レバノン政府はこれまでヒズボラの武力を「イスラエルに対する防衛力」としてある程度容認・黙認してきた。しかし、国軍出身のアウン現大統領は、国家の主権者としてイランの介入を「不法な主権侵害」と断じ、イランが軍事支援するヒズボラはイスラム教シーア派の武装組織であり、イラン(シーア派の盟主)の影響下にあると強調しているのだ。

キリスト教徒(マロン派)のアウン大統領からすれば、ヒズボラがイランの意向に従ってレバノンを戦争に巻き込むことは、「レバノン国家の主権の侵害」以外の何物でもない。ちなみに、マロン派のキリスト教徒はレバノン独立・建国において中心的な役割を果たしたため、現在でもレバノンの主権や独立性に対するこだわりが極めて強い。2026年3月に始まったイスラエルとヒズボラの戦争により、レバノン国内では3,000人以上が死亡し、100万人以上が家を追われている。イランの代理戦争のせいで国が崩壊の危機に瀕していることに対し、アウン大統領の怒りが爆発したというわけだ。

トランプ米政権などの仲介で進む停戦案には「レバノン南部からのヒズボラ排除と国軍の統治」が盛り込まれている。アウン大統領はこのインタビューで、「交渉と外交のほかに国を救う道はない」と語り、イランやヒズボラが戦争を続けようとしても、レバノン政府は国軍主導で停戦に突き進むという強い姿勢をアピールしたわけだ。

同大統領はイランの治安当局者に対し、「イランとの友好関係を築くにしても、それは(ヒズボラという)一つの宗派を通じてではなく、すべてのレバノン国民と直接対等に行われるべきだ」と主張してきた。イランが特定のシーア派武装組織だけを支援して国内を分断している現状に、強い不快感を示したわけだ。

ところで、イランがレバノンへの軍事支援を開始した決定的な契機は、1982年のイスラエルによるレバノン侵攻だ。この外部介入とレバノン内戦の混乱に乗じる形で、イランは自国の影響力拡大とイスラエルへの対抗を目的としてレバノンに介入した。そしてイスラエル占領に不満を募らせていたレバノン国内のイスラム教シーア派住民に目をつけ、イランは精鋭部隊「革命防衛隊」を現地に派遣。バラバラだったシーア派武装勢力を結集・訓練し、1982年にヒズボラ(アラビア語で「神の党」)が組織された。

ゲリラ戦の末、ヒズボラは2000年、イスラエル軍をレバノン南部から全面撤退させることに成功した。ヒズボラはこの成果を「自らの勝利」として大々的に宣伝し、レバノン国内での支持を不動のものにした。その後もイランから大量の資金や高性能ミサイル・ドローンなどの軍事支援を受け続け、現在ではレバノン国軍を凌駕する武装組織へと急成長してきた。ヒズボラは一国の正規軍に匹敵する、あるいはそれを凌ぐ「世界で最も重武装された非国家組織」と評価されている。

米イスラエル軍のイラン攻撃で、イランの最高指導者ハメネイ師が殺害されたことへの報復として、ヒズボラは3月2日、イスラエル北部へ大量のミサイル・ドローンを発射した。これを受け、イスラエル軍は「ヒズボラの非武装化」と「安全地帯の確保」を掲げてレバノンへの空爆を開始し、3月16日からはレバノン南部への地上侵攻に踏み切った。

2026年6月に入り、米国の仲介によりイスラエル政府とレバノン政府の間で「レバノン南部から非国家武装勢力(ヒズボラ)を排除し、レバノン国軍が統治する」という条件付き停戦案が合意された。しかし、肝心のヒズボラ側および後ろ盾のイランはこの停戦案を「降伏に等しい」として拒否しており、現在も戦闘や国境付近での応酬が続いている。

ちなみに、国軍はレバノン唯一の公式な国家軍隊だが、ヒズボラは政府の統制を完全に無視して動く「国の中の国」とも言える巨大な私兵組織(民兵)。国軍はヒズボラを武力で抑え込む能力を持っていない。また、下手にヒズボラを攻撃すれば、レバノン国内で再び凄惨な内戦が勃発するため、国軍側はヒズボラとの軍事衝突は避けてきた事情があった。

米国やイスラエルは、レバノン国軍に対し「南レバノンからヒズボラの兵器を排除し、国家の統治権を取り戻せ」と強く迫ってきた。実際に国軍は南部への展開を強化し、ヒズボラの武装解除に向けた政治的な調整や偵察を行っているが、ヒズボラ側は「イスラエルと戦うための武器を捨てる気はない」と断固拒否している。

ガザ紛争の時、数人のパレスチナ青年が「ハマスよ、お前たちはパレスチナ住民の代表ではない。ガザから出ていけ」と叫んだことがあった。その叫び声がガザ区で拡散されていったならば、イスラム過激派テロ組織「ハマス」は消滅したかもしれないが、いつしかその叫び声は聞こえなくなった。アウン大統領がCNNのインタビューで放った言葉は、イランやヒズボラからの激しい反発を呼び起こすだろう。だからこそ、その悲痛な叫びを過酷な孤立の中に放置してはならない。今、国際社会の真摯な連帯が試されている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年6月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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