マンガ輸出成功の鍵は「オノマトペの翻訳」

「ワンワン」はバウワウ(bowwow)。「ニャー」はミュー(meow)。ここまではいい。では「コツコツ」は? 「ギラッ」は? オノマトペの翻訳は難しい。マンガとなるとなおさらだ。

25年6月、文化庁は、日本のマンガの海外展開にむけ「官民コンソーシアム」の初会合を開いた。マンガの多言語翻訳に必要な人材を育成するという。だが、一筋縄ではいかない。翻訳するのはフキダシの中だけではない。擬音語や擬態語、すなわちオノマトペをも翻訳しなければならないからだ。

マンガはオノマトペだらけ

幼稚と敬遠されることが多いオノマトペだが、マンガでは必須の表現だ。作家の井上ひさし氏は『ゴルゴ13』(※)で使われるオノマトペを以下のようにまとめている。

彼(ゴルゴ13)が生きて行動するのは、ジェット旅客機がグオオーッと飛び、自動車がブィーッと疾駆し、それが曲り角ではキキキィーッときしみ、ドアがチャと聞き、ひかり号がピィーッと走る擬声語の世界だ。その世界でこの男は、銃をタッと構え、ドキューン、あるいはズキューンッと必殺の銃弾を放ち、その銃弾はビルの窓ガラスをビシッと射抜き、犠牲者の額にバッとめり込む。犠牲者はカッと目を見開いたまま、ズズ……と崩れ落ち、……ドォ……と仆れる(たおれる)。ゴルゴ13はそれを見届け、煙草をくわえてシュバ! とデュポンのライターで火を点ける。そうしてフゥーッと深ぶかと一服。

『私家版 日本語文法 』井上ひさし著/新潮文庫

ボクシングマンガ『はじめの一歩』(※)も、試合シーンになると、オノマトペで埋め尽くされる。文字で再現してみよう(ちなみに世界チャンピオンは音まで違う。素早い左ストレートは「ビュッ」ではなく「ボッ」だ)。

「ボッ」。チャンピオンが左を放つ。「パァン」。主人公にあたる。「パン」「パン」「パン」「パン」。連打を浴びる。(だめだあっ。この左は芯にくる。間違いなく倒される)

「ヒュッ」「ボッ」「パンッ」「パァンッ」「パグンッ」「バヒュッ」「ドビュウ」……パンチだけでも十種以上。オノマトペが伝えるスピード感・臨場感・躍動感は、アニメを超えることさえある。

日本の漫画家は、ほんの数秒の間に起きた音、湧き上がった気持ちを擬音化し、絵の一部として描く。一方、米国のマンガ(アメコミ)は、人や物体の動きにオノマトペは使わず、その光景を見る人物のセリフで説明してしまうことが多い。

「とくに苦戦したのはオノマトペの翻訳だ」

こう語るのは、米国へマンガを流通させた立役者 堀淵清治氏(出版社ビズ・コミュニケーションズ創設者)だ。

当初、米国のスタッフたちはオノマトペの重要度が理解できなかったという。オノマトペが伝わらないとマンガの魅力は半減する。海外展開するには翻訳品質が重要となるが、これを高めるのは極めて難しい。

オノマトペへの対応

オノマトペの対応は、主に3つに分かれる。

1.翻訳しない

米国のマンガ出版社「トウキョウポップ」が採った方法だ。同社は、オノマトペを翻訳せずそのまま残すことにより、コストを削減し低価格化を実現している。

2.解説を加える

オノマトペは日本語のまま残し、英語の解説を付記する方法だ。マンガ『黒執事』(※ 翻訳版『Black Butler』)では、微笑んだときのオノマトペ「ニコッ」をそのまま残し、「NIKO SMILE」と付け加えている。

3.オノマトペを翻訳する(新たなオノマトペを作る)

最も効果的な方法だが、難易度も高い。言語学者の牧野成一氏は「英語でもオノマトペに近い子音で翻訳できる」という。氏が例示したのは宮沢賢治の童話『銀河鉄道の夜』の訳だ。

・足を「こつこつ」鳴らし→「scrapping」 his feet
・虹のように「ぎらっと」光ったりしながら→「sparkling」like a rainbow

物理的なできごとから発生する摩擦音「s」や破裂音「k」「p」などを含む副詞や動詞に置き換えることにより、オノマトペらしい音で翻訳できるという。

すでに現場では実践されているようだ。マンガ『かくりよの宿飯 あやかしお宿に嫁入りします。』(※)の英訳では、米を研ぐ音を表す「シャカシャカ」というオノマトペを、かき混ぜるという意味の動詞「shake」から子音だけを抜き出し「shk shk」というオノマトペを作り出している。

・シャカシャカ→shake→shk shk

マンガは、海外でも市場を形成するだけの力がある。だが、その魅力を伝えるには、高い翻訳品質を保ちつつ多言語に対応しなければならない。

自民党コンテンツ戦略小委員長は26年5月に「コンテンツに対する公的投資・支援を5年で5000億円以上に拡大する」と発表した。実際に現場で手を動かし、創意工夫している人たちへの支援も、ぜひ忘れないでいただきたい。

【注釈】
『ゴルゴ13』さいとう・たかを 著 /小学館
『はじめの一歩』 森川ジョージ著/講談社
『黒執事』 枢やな (著) /スクウェア・エニックス
『かくりよの宿飯 あやかしお宿に嫁入りします。』
衣丘 わこ 著  友麻碧 原著 Laruha デザイン/KADOKAWA

【参考】
政府広報誌『HIGHLIGHTING Japan』VOL.195 AUGUST 2024
・『日本語を翻訳するということ-失われるもの、残るもの』牧野 成一著/中央公論新社
・『萌えるアメリカ』堀淵清治/著 日経BP社

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