オーストリア国営放送(ORF)のヴェブサイトに「ロシアのスパイ、新たな標的は日本」というタイトルの記事が掲載されていた。元ネタはニューヨーク・タイムズの記事内容だ。欧州でもロシアのスパイ活動、工作が頻繁に起きていることもあって、日本がロシアの次のターゲットになってきたというニュースに強い関心を見せている。

ウィ―ン国連都市の全景(ウィキぺディアから)
記事の一部を紹介する。
「2022年のウクライナ侵攻を受け、西側諸国は多数のロシア工作員を追放し、制裁を科した。ニューヨーク・タイムズ紙の報道によると、その後、クレムリン(ロシア政府)のスパイ・グループが活動拠点を日本に移し、ある航空会社の東京支社を拠点に活動しているとのことだ。日本政府も14日、防諜(スパイ対策)能力を強化する必要性を認めた」。
「ウクライナ大統領府によると、同国に投入されたロシアの巡航ミサイル、ロケット弾、ドローンの多くに、日本メーカー製の部品が使用されている。ニューヨーク・タイムズ紙が報じた通り、ウクライナ政府は外交ルートを通じて、日本製品の部品がロシアへ不正に持ち込まれていることについて、日本政府に繰り返し警告を発してきた」。
ところで、当方が住んでいるオーストリアの首都ウィーンは冷戦時代から西側情報機関のエージェントや旧ソ連東欧共産圏のスパイたちの活動舞台だった。オーストリアの政治家メッテルニヒが「この街の壁には、昔からすべて耳がある」といったという。国際原子力機関(IAEA)の事務局があることもあって、ウイーンの国連機関には多くの核専門のスパイもたむろしている。彼らは国連職員として、または外交官やジャーナリストという看板で諜報活動を行っている。きらびやかな外交の舞台裏には、それと同じ数の影が動いているわけだ。
当方が昔、国連記者室で取材活動をしていた時など、ジャーナリストか、スパイか、身元不明な紳士たちが多くいた。彼らの日課は不規則だが、国連主催の朝食会や記者会見には必ず姿を見せた。国連高官と名刺交換したり、談笑する。当方の知り合いの一人、ロシア人ジャーナリストは必ず月数回、ベルリンに出張取材ということでウィーンを留守にした。ドイツ駐在のロシア人スパイは基本的には駐在地での工作活動は避ける。だから、第3国から同僚スパイがドイツ国内で工作する。もし工作が暴露されても、ドイツと外交上の問題が生じないためだ。ロシア人知人の頻繁なベルリン出張の目的を後日、他の紳士から教えてもらった。
当方のような一介のジャーナリストでもウィーンに住み、取材活動をしていると、スパイらしい人物と接触する機会がある。イスラエルのシモン・ペレス外相(当時)が北朝鮮を訪問するのではないかと囁かれていた時だ。ウィーンでの記者会見(1993年6月)で同外相に「イスラエルは北朝鮮を経済的に支援する考えがあるのか」と聞いた。すると、同外相は笑いながら、「君、わが国は他国を経済支援できるほど豊かではないよ」と軽く受け流された。
その数日後だったと思う。テルアビブからビジネスマンという人物から電話が入った。ウィーン市1区のシュテファン大聖堂裏のビジネスホテルで会いたいという。テルアビブから当方に会うためにウィーンに来るという話自体、少々非現実的だったが、ビジネスホテルに行った。会談内容は余り実質的な意味はなかった。後日、同ビジネスマンが世界にその名を知られたモサド(イスラエル諜報特務庁)の一員だったのではないか、というのだ。
欧州の北朝鮮の動向を取材していたこともあって、北朝鮮の工作員との接触もあった。欧州唯一の北朝鮮直営銀行(ゴールデン・スター・バンク」(金星銀行)の動きを追っていた時、毎朝7時、自宅に電話がかかってきた。受話器を取っても声はない。直ぐに切れる。時には、呼吸するかすかな音が聞こえる。誰かが電話先にいるが、何もしゃべらない。1週間から10日間ほど無言電話が続いた。家人が怖がった。明らかに北朝鮮側からの警告だった。
実際、当方がチェコ取材でウィーンから列車でプラハに出かけた時、3人の北工作員(2人は女性)が後をつけてきた。プラハ市内のホテルに座っていた時、一人の北朝鮮女性らしい人物が姿を見せた。取材を終えてウィーンに帰る夜行電車の中で彼らは何らかの工作をする計画だったらしいが、幸い予想外のことが起きて実行できなかった。これまた後で分かった話だ。
欧州には著名な北朝鮮女性スパイ、李と呼ばれる人物がいたが、当方がウィーンの議会前を歩いていた時、突然、李らしく女性がこちらに向かった来るに気が付いた。彼女はちらっと笑いを見せただけで通り過ぎた。当方は直ぐに李だと分かった。。北朝鮮は当時、ウィーンを拠点に欧州・中東で多くの非合法な工作を展開させていた。麻薬、偽米紙幣(スーパーノート)、武器取引といった類だ。
北朝鮮外交官が暗躍していることもあって、ウィーンには韓国情報機関のエージェントもいる。自称、KCIA(現在の大韓民国国家情報院=NIS)と呼ばれる情報員だ。彼らはウィーンでの北朝鮮外交官の動向をマークしている。当方も彼らとは会ったり、食事したりする機会があった。
最近のKCIAの職員はサラリーマン化しているが、冷戦時代の彼らは生き生きとしていた。夜遅くまで仕事をするし、必要ならばどこでもいく。彼らの詳細な活動は書けないが、一度だけ、国連内で韓国の情報員が北朝鮮から出向中の北朝鮮国連職員の部屋で話していたのを目撃したことがある。韓国外交官は基本的には上からの許可がない限り、北朝鮮外交官とは接触できない。
ちなみに、ウィーンの日本大使館にも必ず一人の情報員(公安警察)が東京から派遣されて駐在している。彼らは通常、大使館内では参事官の地位で、オペレーション(工作活動)はしない。情報収集が仕事で他国の情報機関外交官らと接触し、情報を集めるだけだ。例えば、公安警察は定期的にウィーンのKCIA職員と会食し、情報交換する、といった具合だ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年7月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。







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