「トリノの聖骸布」に関する新たなDNA分析により、その歴史の複雑な様相が明らかになった。7月に学術誌『Scientific Reports』で発表された研究結果によると、「トリノの聖骸布」には、ヒト、動物、そして特筆すべきことにニンジンなど、様々な地域に由来する遺伝物質が特定された。

学術雑誌「Scientific Reports」の「『トリノの聖骸布』の1978年の公式サンプル・コレクションに保存されたDNAの痕跡」の報告書から
『Scientific Reports』は、自然科学、心理学、医学、工学などのあらゆる分野を網羅する、世界最大級のオープンアクセス学術雑誌だ。今回のレポートの原題は「DNA signatures preserved in the official 1978 sample collection of the Shroud of Turin」だ。2026年7月にScientific Reports誌に掲載された研究は、パドヴァ大学のGianni Barcaccia教授らにより、トリノの聖骸布から多様なDNA(植物、動物、微生物、ヒト)を特定した。解析では、中世以降の農作物や中近東・地中海地域の環境DNAに加え、1978年のサンプル採取者であるBaima Bollone教授のDNAが多く検出され、歴史的な接触痕跡が明らかになった。
同レポートの要旨を紹介する。
本研究は、1978年に『トリノの聖骸布』から採取されたサンプルから抽出されたDNAの多様性について新たな知見を提示し、厳密なDNA解析およびメタゲノム解析を通じてその生物学的複雑さを明らかにする。我々の研究結果は、聖骸布の保存状態や環境との相互作用を浮き彫りにするとともに、複数の生物学的起源に由来する遺伝的変異体に関する貴重な視点を提供する。特定されたヒトミトコンドリアDNA(mtDNA)系統には、1978年の公式採取者のミトゲノムと一致するK1a1b1a、mtDNA標準配列(rCRS)の系統であるH2a2、西ユーラシアで一般的なH1b、そして近東にも見られる希少なH33などが含まれる。さらに、聖骸布のマイクロバイオーム(微生物叢)の解析からは、ヒトの皮膚表面に一般的に見られる多様な微生物に加え、高塩分環境に適応した古細菌群集や、カビ類を含む真菌の存在が明らかになった。これらの知見は、聖骸布が数世紀にわたって経験してきた保存環境と整合するものだ。地中海固有の赤サンゴ、様々な栽培植物(ニンジン、コムギ、トウモロコシ、バナナ、ピーナッツなど)、および家畜(ウシ、ブタ、ニワトリ、イヌ、ネコなど)が豊富に検出されたことは、時間の経過とともに聖骸布に蓄積した汚染物質の多様な生物学的起源をうかがわせる興味深い事実だ。最後に、聖骸布の収蔵容器から採取された2本の異なる糸について放射性炭素年代測定を行ったところ、それらが西暦1534年および1694年に行われた聖骸布の修復作業で使用されたものであることと整合する結果が得られた
検出されたヒトDNAの痕跡は、主に中東との関連を示しているという。約56%が同地域の系統に関連付けられ、西ヨーロッパの系統に由来するものは6%未満、インドの系統に由来するものは40%弱だった。研究者らは、これが古代のリネン(亜麻布)貿易ルートに関連している可能性を示唆しており、ローマ人がインダス川流域周辺からこの布を輸入していた可能性があると指摘している。
赤サンゴ、家畜、栽培植物などの残留物から、研究者らは、この聖骸布が何世紀にもわたって地中海を移動してきた可能性があると考えている。特に注目されるのは、ニンジンのDNAの割合が高いことだ。ニンジンはローマ人にも利用されていたが、今回検出された特定の品種は、少なくとも中世にまで遡るものと見られるという。
また、聖骸布にはバナナやトウモロコシの痕跡も見つかった。これらは地中海地域での存在が比較的遅い時期に記録されている作物だ。その一方で、中東特有の植物種は見当たらなかった。このことは、聖骸布がどのような環境で作成または使用されたのかという点について、新たな疑問を投げかけている。
オーストリア国営放送(ORF)は7月24日の宗教欄で、「分析により、『トリノの聖骸布』からニンジンのDNAが検出された」という見出しで報じ、「あらゆる兆候から、この布が多様な環境や人々にさらされてきたことが示唆されている。科学者らによれば、今回の調査結果は、何世紀にもわたる社会的、文化的、環境的影響によって残された生物学的痕跡について、詳細な知見をもたらすものだという」と報じている。
「聖骸布」は1353年、フランスのリレで発見され、1453年にサヴォイ家の手に渡り、トリノに移動した後、1983年にサヴォイ家からローマ教皇に所有権が引き渡された。現在はトリノ大司教の管理下だ。
「トリノの聖骸布」と呼ばれる布は縦4.35メートル、横1.1メートルのリンネルだ。世界で最も研究されている考古学的遺物の一つだ。全身に鞭打たれ磔刑に処された男性の痕跡が刻まれている。これが実際にイエス・キリストであるかどうかは議論の的となっている。その布の真偽についてはさまざな情報があり、多種多様の科学的調査が行われてきた。最近、イタリアの研究者たちは特殊なX線技術を用いて聖骸布の糸の経年変化を分析し、約2000年前のキリストの時代に作られたと断定した。
1988年に実施された放射性炭素年代測定では、聖骸布の一部をサンプルとして取り、3つの異なる研究所で測定が実施された。その結果、「トリノの聖骸布」の製造時期は「1260年から1390年の間」という結果が出た。すなわち、イエスの遺体を包んだ布ではなく、中世時代の布というわけだ。その後、2013年に再度詳細に調査された結果、紀元前33年頃という年代が浮かび上がった。聖骸布に映る人物を詳細に調査した学者は「手、首、足には貫通した跡があった」と説明し、「遺体は180センチの男性だった」と指摘、「トリノの聖骸布は本物」と主張した。
いずれにしても、DNA鑑定やコンピューター断層撮影装置(CT)を使用してこれまで徹底的に調査されてきた。昨年、ブラジルの研究者兼3Dデザイナーの新説が報じられた。聖骸布はイエスの遺体を覆っていたものではなく、単なる彫刻を包んでいたものだ、というのだ。世界で最も有名な布「トリノの聖骸布」に関する最新の説にカトリック教会は大慌てとなった。
新説は、デジタル3D顔面再構成などを専門とするデザイナー兼研究者のシセロ・モラエス氏が最近発表した研究結果だ。モラエス氏は、「トリノの聖骸布と遺物との接触部分で見えるのは、人間の遺体というより、浅浮き彫りの彫刻のようだ」と説明している。
なお、カトリック教会はこれまで「トリノの聖骸布」の真贋について公式な見解を示しておらず、そのため厳密な意味での聖遺物とはみなされていない。教会関係者は、「年代特定の問題は信仰に関わる事柄において本質的なものではない」と指摘している。
参考までに、米国の心理分析学者ウィリアム・ジェームズはその著書「宗教的経験の諸相」で、「人間が神を信仰するのは、教会ゆえでも、経典ゆえでもない。個々の人間が目に見えない何らかのもっと大きな存在との関係において、自分の生を捉え直す経験をするからだ」といった趣旨を述べている。宗教の本質を組織や教義(制度的宗教)ではなく、「個人の内面的な直接体験(個人的宗教)」にあると論じている。キリスト信者の神への信仰は、奇跡や「トリノの聖骸布」に依存するものではない、というわけだ。

トリノの聖骸布
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年7月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。







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