ベルリン市中心部にあるティ―アガルテン公園周辺で開催されていた性的少数派のイベント「クリストファ―・ストリート・デー」(CSD、プライド・パ―ティ)に参加していた群衆に向かって白色のバーンの車両が25日午後10時頃、猛スピードで突入し、警察側の発表では、1人の若い女性が死亡し、29人が負傷する事件が起きた。警察側はイスラム過激派に関連する21歳の男アブドゥル・B(Abdul B)を容疑者として特定し、犯行後逃避した男の行方を追っていたが、26日午後、容疑者Bはシュパンダウ地区にある市民農園で警察官によって射殺された。ドイツのメディアによると、容疑者は刃物を持って警察官に襲いかかってきたところ、警察官に撃たれ、26日午後6時34分(日本時間27日午前1時34分)に死亡が確認された。

ブランデンブルク門が虹色にライトアップされた、ベルリン市公式サイトから
ドブリント連邦内相は26日午後2時過ぎ、現場で記者会見を開き、「事件は明らかにイスラム過激派によるテロ事件だ」と指摘した。警察側は21歳のドイツ国籍を有する男アブドゥル・Bを容疑者として特定し、犯行後逃げた男の行方を追っていた。容疑者Bが射殺されたことで、事件は一応解決したが、容疑者が危険な人物と見られていたが、今年5月に少年鑑別所から釈放されていたことが明らかになり、政治家やテロ専門家、メディアから疑問の声が上がっている。
容疑者Bは2005年ドイツ生まれのドイツ国籍者で、レバノンにルーツを持ち、母親は2002年にドイツ国籍を取得している。アブドゥル・Bは、以前から警察にその名を知られた人物だった。2022年2月、ティーアガルテン地区裁判所は、Bに対し、身体傷害および強盗・恐喝の罪で有罪判決を下した。2019年9月には学校の校庭で相手を殴打した罪で有罪とされたほか、2020年10月には共犯者と共に、ある人物からヘッドホンを奪うなど、複数の犯罪を犯してきた。
アブドゥル・Bの過激化が公に認識されるようになったのは2024年のことで、彼が自身のインスタグラムのアカウントで、テロ組織「イスラム国(IS)」の禁止されたプロパガンダを共有したのがきっかけだ。ベルリン検察当局によると、Bは2025年に数回にわたり、海外でイスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)に合流しようと試みたことが発覚し、2025年7月にレバノンで逮捕され、同地で3ヶ月間拘束された。その後同年11月にベルリンへ戻ったところ再び逮捕された。
容疑者Bは2026年5月、「国家を脅かす重大な暴力行為を準備した罪」で、懲役1年10ヶ月(執行猶予付き)の判決を言い渡された。この判決には少年刑法の特定の規定が適用された。釈放の条件として、Bには脱過激化プログラムへの参加が義務付けられた。アブドゥル・B.は、5月に拘束から解放された後、脱過激化プログラムの対象となる予定だったが、実際には実施されなかった。検察は3年弱の懲役刑を求刑しており、控訴しているため、判決はまだ確定していない。ちなみに、ドイツでは「少年裁判所法(JGG)」において、少年刑法の対象となるのは犯行時に21歳未満(20歳まで)までだ。容疑者Bは犯行当時、20歳だった。
「暴力防止ネットワーク(VPN)」の共同創設者兼代表のトーマス・ミュッケ氏はドイツの週刊誌「シュピーゲル」に答え、脱過激化プログラムを実施するか否かの「見極め段階(クリアリング・フェーズ)」で6月15日と7月8日の計2回、容疑者Bと面接している。ミュッケ氏は公共放送ARDの特別番組『ブレンンプンクト(Brennpunkt)』の中で、VPNのソーシャルワーカーたちがアブドゥル・Bに対して抱いた印象について、「非常に落ち着いていて、極めて慎重、自己をよく制御しており、非常に友好的」であったと述べている。
カウンセリングプログラムへの参加に関する最終決定は、来週予定されていたVPN専門家との3回目の会合後に行われる予定だった。しかし、その会合が行われる前に、Bはベルリンのティーアガルテンで襲撃を実行したわけだ。ミュッケ氏は、2回の予備会合では「具体的な脅威の兆候は全くなかった。もし脅威があれば、組織は直ちに当局に通報していた」と述べた(ドイツ民間放送ニュース専門局ntv)。
ドブリント連邦内相は26日、ntvとのインタビューで、容疑者Bに対し、執行猶予付きの判決が下されたことを厳しく批判した。同内相は「容疑者アブドゥル・Bの犯罪歴や過激化の度合いを考慮すれば、執行猶予付きの判決が下されたことは到底理解しがたい」と語り、「司法批判をするつもりはないが、今後の検証においては、なぜこのような事態が生じることを許してしまったのかという点を詳細に検討する必要がある」と付け加えた。そして「脱過激化の取り組みは一つの手段に過ぎず、他にも拘禁という手段や、外国人であれば国外追放という選択肢もある。脱過激化だけに頼るというのは、間違いなく甘い考えだ」と言い切った。
連邦検察庁によると、裁判所は、Bが裁判手続きの過程でドイツ国内で6ヶ月近く未決勾留され、レバノンでも3ヶ月間拘束されていたという事実を判決の根拠としたという。さらに、Bが裁判中に概ね犯行を自白し、ISから距離を置く姿勢を示したことも考慮に入れた、という。
なお、事件発生直後、もう一人の男(イラン国籍)が警察当局に逮捕されたが、独シュピーゲル誌によると、「男は26日夜、証拠不十分として釈放された」という。ドブリント内相は「容疑者Bの単独犯行が濃厚だ」と述べている。
ちなみに、ドイツでは9月に入ると、ザクセン=アンハルト州が6日に、ベルリン(特別州)とメクレンブルク=フォアポンメルン州は20日、議会選挙がそれぞれ実施される。今回のベルリンにおけるテロ事件は、外国人排斥を訴える極右政党『ドイツのための選択肢(AfD)』にとって追い風となる――そうした政治的思惑や憶測が、早くも囁かれ始めている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年7月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。







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