「同時にやっている」は勘違い。マルチタスクが脳を疲弊させるこれだけの理由 (西川 晶子)

「特別な仕事をしたわけでもないのに、夕方になると頭が重くて何も考えられなくなる」
「メッセージの返信、資料作成、打ち合わせ準備を同時に回そうとして、結局どれも中途半端に終わってしまう」

もしそんな悩みを抱えているなら、原因はあなたの根性や能力不足ではありません。実は、人間の脳は構造上、そもそも複数の作業を同時に行わない仕組みになっているからです。

とりわけ、集中力の切り替えや刺激への反応に独自の特性(ADHD傾向など)を持つ脳の場合、マルチタスクは「燃費の悪い車で常に急坂を登り続けている」ような状態に陥ります。

なぜマルチタスクはこれほど脳のエネルギーを削るのか、そして今日からできる「脳の疲れを激減させる対策」について、精神科医の視点から解説します。

Luke Chan/iStock

「同時にやっている」は勘違い。脳の中では何が起きているのか?

まず知っておきたいのは、マルチタスクが得意に見える人でも、脳内で同時に2つのことを処理しているわけではないという事実です。

実際には、「タスクAからタスクBへ、超高速で注意を切り替え続けている」のです。

この切り替え作業を指示するのが、脳の司令塔である「前頭前野」です。作業を1回切り替えるごとに、脳内では以下のステップが瞬時に行われています。

  1. 今やっている作業を一時停止する
  2. 必要な情報を頭の記憶領域(ワーキングメモリ)に保持する
  3. 新しい作業に意識を集中し直す

脳画像を用いた数多くの研究(※1)でも示されているとおり、注意制御に特性のある脳では、この切り替え処理を行う際に脳の別の部位を補完的に働かせるため、通常よりも大量のエネルギーを消費しやすいことが分かっています。つまり、作業そのものよりも「切り替える行為そのもの」で脳がヘトヘトになっているのです。

スマホの通知1つで「やる気燃料」が暴走する理由

さらにマルチタスクの疲労に拍車をかけるのが、脳内物質「ドーパミン」の働きです。

ドーパミンはやる気を生み出す大切な物質ですが、発達神経学の研究(※2)などで知られているように、刺激の感じ方に特性がある脳では「待つこと」や「結果がすぐに見えない単調な作業」に対して脳が強い負担(遅延回避反応)を感じやすい傾向があります。そのため、「すぐに結果や反応が出る刺激」を自然と求めてしまうのです。

  • メール作成中にチャットの通知が鳴ると、すぐ開いてしまう
  • 資料の検索中に、つい関係ないニュースやSNSを見てしまう

これは意思が弱いからではなく、脳が新しい刺激に反応してドーパミンを過剰に消費している証拠です。次々と入ってくる刺激に対応し続けることで、夕方には脳の燃料がすっかり底をついてしまいます。

疲労を劇的に減らす「シングルタスク化」4つの実践テクニック

マルチタスクで消耗しないための唯一の解決策は、やり方を変えることではなく「強制的に1つの作業しかできない環境を作る」ことです。今日から職場で試せる4つの工夫を紹介します。

  1. 「今やること」以外は物理的に視界から消す
    画面上に複数のウィンドウを開いたまま作業するのはNGです。今使うファイル以外はすべて最小化し、卓上の書類も引き出しにしまってください。次にやるべき作業を付箋に1枚だけ書き出し、メモ帳を閉じることで、脳を「忘れたらどうしよう」という不安から解放できます。
  2. 集中タイムは「割り込み通知」を遮断する
    スマホの通知音やPC画面右下のポップアップは、脳にとって最大の敵です。集中したい30分〜1時間だけでも「集中モード(通知オフ)」に設定し、外部からの刺激をシャットアウトしましょう。
  3. スケジュールに「脳の冷却時間(5〜10分)」を組み込む
    タスクとタスクの間に、あえて何もスケジュールを入れない「5〜10分の余白」を作ります。これはサボりではなく、脳が前の作業を手放して次の作業へ集中を切り替えるために必要な回復時間です。
  4. 単調な作業は「脳が一番クリアな時間」に配置する
    刺激が少なく退屈に感じやすい単純作業(経費精算やデータ入力など)は、疲労が溜まった夕方に行うと激しくエネルギーを消耗します。出社直後や昼休み直後など、脳が回復しているタイミングに固定して終わらせるのがコツです。

疲れやすいのは「脳の設計」に合わせた働き方を選ぶサイン

「みんなと同じように複数の仕事を器用にこなさなければならない」と自分を追い詰める必要はありません。

自分の脳がどんな条件で疲れやすく、どんな環境ならパフォーマンスを発揮できるのかを知ることは、決して甘えではなく最も合理的な仕事の戦略です。

「今日もマルチタスクで疲れた」と感じたら、脳が「一度立ち止まって、1つずつやろう」とメッセージを出しているのかもしれません。環境を少し整えるだけでも、夕方の疲労感は驚くほど変わります。

【参考】
(※1)Cortese, S., et al. (2012). Toward systems neuroscience of ADHD: a meta-analysis of 55 fMRI studies. American Journal of Psychiatry, 169(10), 1038–1055.
(※2)Sonuga-Barke, E. J. S. (2005). Causal models of attention-deficit/hyperactivity disorder: from common simple deficits to multiple developmental pathways. Biological Psychiatry, 57(11), 1231–1238.

西川 晶子(精神科専門医・産業医・医学博士・公認心理師)
早稲田大学大学院(心理学修士)を修了後、外務省に入省。その後、スタンフォード大学大学院にてコミュニケーション学修士号を取得。国際協力の現場でメンタルケアの重要性を再認識したことを機に、より直接的に人を癒やす道を志して滋賀医科大学へ学士編入学。卒業後、医師となってからは、精神科医として臨床に携わり、産業医として「働く現場」の快適な環境づくりをサポートしている。現在は、認知心理学と脳科学の知見を統合し、脳への「入力情報」をかえて、コンディションを整える独自のメソッドを共同開発中。「もっと頑張りたい」とか「頑張れない」と思う人々の心の安定性と快適さを引き出し、しなやかなパフォーマンスの発揮を追求している。

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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2024年8月21日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。