NISA貧乏は「投資家ではなくただの貧乏」

黒坂岳央です。

NISA貧乏という言葉が広がり、批判する人、支持する人に分かれている。中には「若い内に資産形成するのが有利なのに彼らを否定するのはおかしい」と擁護する人もいる。

「資産を最大化する」という前提にたてばこの主張は数学的に正しい。だが、こうした主張にはいくつもの見落としがあるように強く感じる。

ハッキリいうが、NISA貧乏は「堅実な投資家」ではなく「ただの貧乏」である。持論を述べたい。

投資の原則を破っている

NISA貧乏を擁護する人は、「投資を続ければ長期的には報われる」という前提で話している。

多くの人が投資を失敗する理由はほぼ決まっていて、「適切な資産に、リスク許容度の範囲で投資し、暴落しても慌てて売らない」というルールをいかなる時にも遵守する必要がある。

投資を始める人は誰しもこの黄金ルールを頭に入れて始めるが、記憶に新しい2025年4月の関税ショックで「NISA損切り民」というトレンドワードが出たくらい、「実際にはそれが出来ない」ということが実証されてしまった。

金融庁や各金融機関も口を揃えて「投資は余剰資金で」と呼びかけている。だが彼らがやっているのはこの真逆で投資のために生活を合わせてしまっている。

余剰資金ではなく、投資資金のための人生になっており、リスク許容度は明らかに超えている。だからこそ、本来は20年、30年という超長期投資前提のNISAが実質的な「短期トレード」になってしまう。

机上の空論をいう無責任さ

「若いうちは時間がある。だから若いうちから投資すべきだ」という反論は数学的には正しい。だが実際にそれが出来ない机上の空論だ。現実問題を無視し、非常に表面的で無責任な意見に思える。

また、若い頃から投資をしろと主張する人達自身、若い頃から入金力をつけて、その力を複利で回して豊かになったという現実がある。それを隠して他人には「自己投資より資産運用」と言っているのだから言ってることとやっていることが矛盾する不誠実さに思える。

結局、彼らがやりたいのは自分たちの情報商材を売るための撒き餌としての発信であり、真に受けて始めた人が損切りをしても「自己責任」で突き放す。

投資を勧める大多数の人は入金力が高く、それゆえにリスク許容度も上級者である。だが、貧乏生活をしたことがない人は教科書に載っているような現実感のない数学的最適解しか言えない。体験しないことは話せないからだ。

NISA「も」余剰資金で

筆者は投資自体は素晴らしいものだと思う。ビジネス収入だけでは得られない安心感が投資にはある。ある程度の資産規模になると、もはやどれだけ高収入になっても運用益を永遠に追いつけない日がやってくるほどのインパクトだ。

「投資は手段であって目的にするべきではない」、これは誰の目にも明らかだ。それなのに、投資に熱心になるとついこの当たり前を忘れてしまう。熱中するあまりにリスク許容度を超えた投資になり、不安で眠れない日が続くならそれは本末転倒である。不安を払拭するための投資で不安になるのはおかしな話だ。

また、本来は生活を豊かにするためのお金をすべて投資の軍資金にしてしまえば、若い時期に出来ていたであろう経験は何もなかっただろう。

自分は人生経験と自己投資を優先してきた人生だったが、若い頃今のように投資ブームでNISAがなくてむしろ良かったと思う。自己投資をしていなければ、今頃悠長にNISA投資なんて出来る立場ではなかった。若い頃にしか出来ない経験やスキルアップを捨て、貧乏生活になってまで投資をやる合理性などないのだ。

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Z世代を甘やかすな」(著:黒坂岳央)

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働き方・キャリア・AI時代の生き方を語る著者・解説者
著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。

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