外国為替市場で円高が止まらない。9月8日の東京市場では円相場が一時1ドル=152.89円まで上昇し、2月以来約7カ月ぶりの円高水準をつけた。先週初めには160円前後だったが、円はこの間、対ドルで約4.5%上昇した。

読売新聞
きっかけの一つは、スコット・ベッセント米財務長官による一連の発言だったが、ここまで来ると「ベッセント砲」がききすぎて、これまで積み上がっていた円キャリー取引の巻き戻しが始まった可能性がある。
ベッセント氏が日銀に「利上げ」を催促
ベッセント氏は8月末、円が160円台まで下落した局面で、アベノミクスのリフレ政策は「終わりに達した」との認識を示し、日銀の植田和男総裁について「正しいことをする」と発言した。さらにG20では植田総裁らと会談した後、日本政府と日銀が「円高につながることをする」との見通しまで披露した。
そのうえ「市場が持っていない情報を私は持っている」と述べ、日銀の利上げを事実上示唆したため、市場は一気に円買いへ傾いた。米財務長官が他国の中央銀行の金融政策についてここまで踏み込んだ発言をするのは異例である。
7月末には日米が異例の協調円買い介入を実施し、市場には「160円を超える円安を日米両政府が容認しない」という記憶も残っている。そこへベッセント氏から日銀利上げを促すシグナルが出た。介入と金融政策の両面から円売り筋を包囲する格好になった。
日銀利上げ確率は97%、円売りの前提が崩れた
しかし現在の円高は、単なる「口先介入」の域を超えつつある。日本の4~6月期実質GDPは年率1.4%増へ上方修正され、7月の実質賃金も前年同月比2.4%増となった。日銀が9月17~18日の金融政策決定会合で政策金利を1.0%から1.25%へ引き上げるとの観測が急速に強まり、市場ではその確率が97%程度まで織り込まれている。
これは円キャリー取引にとって大きな意味を持つ。円キャリー取引とは、低金利の円で資金を調達し、それをドル建て資産など高金利資産へ投資する取引である。「日本だけは低金利が続く」という前提がある限り、円を売って外貨を買う取引は合理的だった。
ところが日銀が利上げを続け、さらに円そのものが上昇すると話が逆になる。金利差で稼いでも円高による為替差損がそれを上回るからだ。そうなると投資家はドル資産を売って円を買い戻す。それがさらに円高を呼び、別の投資家の損切りを誘発する。典型的な円キャリーの逆回転である。
360兆円の円借り入れが逆回転するのか
問題はその規模だ。ロイターによると、国際的な円建て借り入れは今年3月時点で過去最高の約360兆円に達した。すべてが円キャリー取引というわけではないが、その規模を測る一つの代理指標であり、過去30年間で最大の積み上がりとなっている。
高市政権の積極財政と日銀の緩和的な金融政策が長く続くとみて、「円売り・外貨買い」に賭けた投資家が膨らんでいた。しかし、その前提が突然崩れた。
ベッセント氏は日銀に利上げを要求するような発言を繰り返し、日本の10年国債利回りも3%台まで上昇した。日本国内でもある程度の利回りが得られるようになれば、日本の投資家がわざわざ為替リスクを負って海外資産を持つ必要性も低下する。
実際、市場では海外資産から国内への資金還流も円高要因として意識され始めている。つまり現在起きているのは、「投機筋の円売りの撤退」と「日本人投資家の資金還流」が同時に進む可能性のある局面なのだ。
「円安は永遠に続く」という取引の終わり
もちろん、152円台に入ったからといって、円キャリー取引が全面的に崩壊したと断定するのは早い。米国の10年国債利回りはなお4%台後半にあり、日米金利差は依然として大きい。中東情勢による原油高で米国のインフレ懸念も再燃しており、FRBにも利上げ観測が残っている。通常ならドル高・円安材料である。
それにもかかわらず円が160円から152円台まで上昇したことの方が重要だ。これまで為替市場では「日本は利上げできない」「政府も円安を止められない」という見方が強く、それが円キャリー取引を膨張させてきた。
ところが日米協調介入に続いて、ベッセント氏が日銀の利上げを事実上後押ししたことで、そのゲームのルールが変わった。ベッセント砲は160円台の円安を止めるという意味では成功した。しかし市場というものは、いったん大きなポジションの巻き戻しが始まると、政策当局の想定したところでは止まらない。
152円台は単なる円高なのか。それとも数百兆円規模に膨張した円キャリー取引の大巻き戻しの入口なのか。少なくとも「円安は永遠に続く」という時代は、終わり始めたように見える。






コメント