
保育士のために出した金は、保育士まで届いているか
「保育士の給料が安い。もっと処遇を改善すべきだ」
私も異論はない。
政府も実際に資金を投入している。2024年度には、公定価格上の保育士等の人件費を前年度比10.7%引き上げた。
だが、ここで一つ疑問がある。
保育士のために出したお金は、最後まで保育士に届いているのだろうか。
私は医療制度を調べる中で、「MS法人」という仕組みに関心を持ってきた。MS法人は法律上の法人類型ではない。医療法人の周囲に株式会社などを設け、不動産賃貸、物品販売、給食、清掃、事務などを担わせる会社の俗称である。
別会社を作ること自体は何の問題もない。ただし、医療法人から理事長や親族の会社へ継続的に資金が流れるなら、「なぜその会社なのか」「価格は市場価格と比べて妥当なのか」という利益相反の問題が生じる。
そこで思った。
保育園にも「MS法人」のようなものがあるのではないか。
2014年、既に「福祉版MS法人」が問われていた
2014年12月、厚生労働省の社会保障審議会福祉部会で、委員が興味深い質問をしている。
医療法人では、役員や親族が株式会社やメディカルサービス法人を設立して医療法人と取引する例がある。社会福祉法人でも、特別な利益供与に当たらなければ、役員の関係会社と継続的に取引できるのか——という趣旨の質問だ。
ほとんど「社会福祉法人版MS法人は可能なのか」と聞いているに等しい。
厚労省側は、関連会社との取引そのものを禁止するとは答えていない。原則として競争入札を課しており、その中で適正な取引を確保するという説明だった。
ただし、この議論は社会福祉法人一般の財務規律についてのもので、後述する企業主導型保育事業を直接論じたものではない。重要なのは、福祉分野でも役員や親族の関連会社との取引が、10年以上前から財務規律上の論点として認識されていたことだ。
問題は親族会社があることではない。公的な福祉サービスの資金を、その会社へどのような条件で支払っているのか。見るべきはそこなのである。
年間2,000億円超が動く企業主導型保育
この問題を具体的に示してくれるのが、企業主導型保育事業だ。
2024年度の助成決定は4,361施設、定員10万3,763人。事業者への助成決定額は2,221億円で、その全額が運営費だった。
財源は一般税ではなく、主として事業主拠出金である。したがって「税金2,221億円」と書くのは正確ではない。
しかし国が制度を設計し、事業主拠出金を財源として民間事業者に助成する公的制度である以上、使途には厳しい説明責任が必要だ。2,000億円を超える資金について、「いくら配ったか」だけでなく、「どこへ出ていったのか」を見るのは当然だろう。
監査すると出てくる「親族、役員や関係会社」
2024年度、企業主導型保育の専門的財務監査は400施設で実施された。主な文書指摘事項には、「助成対象外の支出が計上されている」298件、「競争見積もり等、経済的合理性の確認手続きが未実施、または証跡が確認できない」94件が並ぶ。
そして、「親族、役員や関係会社との取引の適正性が確認できない」が75件だった。
さらに2025年度の速報値でも、専門的財務監査350施設(再監査を含む)のうち、同じ指摘が61件出ている。少なくとも2年度続けて、同じ監査項目で多数の指摘が出ていることになる。
もっとも、この数字を全国の企業主導型保育へ一般化してはいけない。専門的財務監査は無作為抽出ではなく、前年の立入調査や完了報告で助成金管理上の指摘があった施設を優先し、原則として助成額3,000万円以上で過去に財務上の指摘を受けた施設などを選ぶリスクベース監査である。
また、「適正性が確認できない」と「不正だった」も全く違う。75件、61件をそのまま「不正の件数」と読むのは誤りだ。
それでも、行政が親族・役員・関係会社との取引を独立した監査項目として繰り返し確認している事実は重い。
関連会社を禁止する必要はない
ここを間違えると、単なる「身内企業叩き」になる。
園舎を関連会社から借りてもいい。給食、清掃、IT、事務を関係会社へ委託してもいい。他社より安く、サービスも良く、合理的な選定手続きを踏んでいるなら、何の問題もない。
問題は、一般業者なら100でできる仕事を150で発注する、相見積もりを取らない、価格の根拠が残っていない、なぜその会社を選んだのか説明できない、といった場合だ。
帳簿上は単なる「委託費」「賃借料」でも、その支払先が役員や親族の会社なら、「公的資金→保育事業者→関連会社」というもう一つの出口が生まれる。
だから必要なのは「親族会社禁止」ではない。誰と、いくらで、なぜ取引したのかを説明できる制度である。
政府自身も「ちゃんと届いたか」を確認している
この「出口」の問題は、関連会社取引だけではない。
2024年度の10.7%の人件費改定について、こども家庭庁は全国の施設・事業所を調査した。約99%は改定分を人件費として充当した、または充当する予定と回答した一方、残る約1%には「人件費として充てる必要性を認識していない」回答も見られ、国は指導の徹底を求めるとしている。
さらに2025年7月時点で、改定分を全額支払い済みだった施設・事業所は約73%。一部支払い済みが約17%、今後支払う予定が約10%だった。
これは「予算を付ければ、自動的に現場へ届く」とは限らないことを政府自身が確認したということだ。
「見える化」は始まった。しかし全部は見えない
政府も問題を放置しているわけではない。保育所等について「継続的な経営情報の見える化」が始まり、モデル給与や人件費比率などは個別施設単位でも公表される。これは一歩前進として評価したい。
一方、こども家庭庁の資料は、「詳細な経営情報については、個別の施設・事業者単位での公表は行わない」と明記している。収支などは、施設類型や経営主体、地域、定員規模などでグループ化して集計・分析した結果を公表する仕組みだ。
つまり一般の保護者が、「この園はいくらを関連会社へ払ったのか」「その会社と役員はどんな関係なのか」「価格は市場価格と比較して妥当なのか」まで簡単に確認できる制度にはなっていない。
「いくら配ったか」ではなく「最後に誰が受け取ったか」
私は保育予算を減らせと言っているのではない。保育士の待遇改善にも賛成だ。だからこそ言いたい。
保育士のために出した金なら、保育士まで届いたかを追え。
子どものための金なら、子どもの保育に使われたかを追え。関連会社へ支払われたなら、その価格と契約条件が合理的だったかを追え。
公的資金は、事業者の口座に振り込んだ瞬間に政策目的を達成するわけではない。
日本の行政は「○○億円を投入した」「予算を○%増やした」という入口を成果として語りがちだ。しかし、それは政策の実績ではない。
保育でも医療でも介護でも、公的資金を民間主体へ流すなら、「いくら配ったか」ではなく「最後に誰が受け取ったか」まで追う。
日本の公金行政に欠けているのは、入口の管理ではない。
「公的資金の出口管理」である。
【出典】
- 厚生労働省「第10回社会保障審議会福祉部会 議事録(2014年12月19日)」
- こども家庭庁「企業主導型保育事業の実施状況について【速報版】」(2025年8月7日)
- こども家庭庁「令和6年度企業主導型保育事業について(委託事業の実績について)」
- こども家庭庁「令和7年度企業主導型保育事業について(委託事業の実績について)」
- こども家庭庁「特定教育・保育施設及び特定地域型保育事業所における職員の処遇改善に係る実態調査について(概要)」
- こども家庭庁「保育所等における継続的な経営情報の見える化について」
- こども家庭庁「はたらく環境」







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