デニー知事落選で沖縄振興予算3000億円台へ:基地反対というビジネスモデルの終わり

13日の沖縄県知事選で、2期8年務めた玉城デニー知事が敗れ、政府・与党と協調路線を取る古謝玄太氏が当選した。その直後、2027年度の沖縄振興予算を3000億円超に増額する話が浮上した。図を見ると、県政と補助金の関係は明らかだ。

2013年度に3000億円だった沖縄振興予算は、仲井真弘多知事が辺野古埋め立てを承認した2014年度に3500億円まで増えたが、翁長雄志知事がその約束をくつがえし、玉城デニー知事と政府との対立が深まるにつれて減少し、2022年度以降は2600億円台で推移してきたが、玉城氏が落選すると再び3000億円台が視野に入った。

沖縄政治を支えた「反対して、なだめて予算を取る」

戦後の沖縄政治には、独特の「役割分担」があった。基地反対派が激しく政府に抗議する。県知事は「県民感情はこれほどきびしい」と政府に訴える一方で、基地負担の見返りとして道路、空港、一括交付金などの振興策を引き出す。

反対運動が騒ぎ、知事がそれをなだめ、その政治的圧力を交渉材料にして東京から予算を取るというしくみである。沖縄政治に長く続いたマッチポンプだった。

知事は政府には「これ以上県民を怒らせると大変ですよ」と言い、県内には「私が東京と交渉して振興策を取ってきました」と説明する。それが政治力だったのだ。

デニー知事は「仲介者」ではなく「当事者」になった

この仕組みを壊したのが玉城デニー県政だった。翁長県政以降、とくに玉城氏は辺野古移設反対を県政の中心に置き、国との法廷闘争まで続けた。つまり基地反対派と政府の間に立って交渉するのではなく、知事自身が反対運動の側に立った。

これでは従来のマッチポンプが成立しない。「基地反対派が騒いでいるので、私が説得する。その代わり政府も沖縄に配慮してほしい」という交渉なら成り立つが、知事自身が先頭に立って争うと、政府の交渉相手ではなく対立相手になってしまう。玉城県政下で、予算が3000億円台から2600億円台まで縮小したことは象徴的だった。

「反対すればカネが来る」時代が終わった

今回の知事選では、有権者の関心も変化した。基地問題だけでなく、物価高、所得、観光、雇用といった生活に直結する課題への関心が高まり、古謝氏は政府との協調による経済振興を訴えた。

そして当選直後に3000億円台への増額話である。政府もずいぶん露骨だが、沖縄側にも考えるべき点はある。「基地に反対すればするほど東京から予算を引き出せる」という戦後沖縄政治のビジネスモデルは、もはや機能しなくなったのだ。

沖縄の経済は、国からの補助金に大きく依存している。皮肉なことに玉城県政8年間が明らかにしたのは、「基地反対」を叫び続ければ沖縄が豊かになるわけではないという、ごく当たり前の現実だったのかもしれない。

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