列車の来ない駅を訪ねて:片上鉄道が残した風景をたどる

岡山県に、片上鉄道というローカル鉄道があったのをご存じでしょうか。

正式名は同和鉱業片上鉄道線。JR赤穂線の西片上駅付近の片上駅からJR山陽本線の和気駅と接続してそのまま北上、山間部、美咲町の柵原(やなはら)までを結んでいました。

同和鉱業(現DOWAホールディングス)が経営していたということで想像がつく通り、柵原鉱山で産出される硫化鉄鉱を運ぶための鉄道であり、地域住民の旅客輸送も行っていました。しかしながら鉱石輸送はトラックに切り替えられ、沿線住民も減少し過疎化していく中で鉄道事業を継続していくことは難しく、平成3年7月1日に全線が廃止されています。

青の線が旧片上鉄道線。

和気から柵原方面に向かう途中の高架下に、古い車両が置かれているので思わず立寄ってしまいました。お、片上鉄道の車両か?!と思ったんですが、車両のマークから見るに同じ岡山県でこちらも平成3年に廃止された下津井電鉄の車両。なぜここで保存しているのかわかりませんでしたが、同じ年に廃止された鉄道の車両が片上鉄道の沿線で眠っていました。

93 ン十年思い望んでいた鷲羽山に登り瀬戸大橋を一望する|ミヤコカエデ(Miyako Kaede)
憧れの鷲羽山制覇! 私が小学生のころ(つまりン十年前)、鷲羽山という関取さんがいました。結構強い印象で、確か関脇くらいまで行ったと思います。 そのころは北の湖全盛時代と記憶していますが、鷲羽山、という四股名が格好良かったからか妙に印象に残っ...

和気から車を35分ほど走らせ、吉ヶ原(きちがはら)駅跡に来ました。終点の柵原駅の一つ手前の駅。廃止から35年が経過しており、多くの線路ははがされ、駅舎もなくなっているのですが、ここはきれいに整備され駅舎も残されています。平成18年に国の有形登録文化財に指定されています。三角屋根が特徴的ですね。

懐かしさを感じさせる車内。思ったほどの古さは感じられない。

昭和11年製造のキハ702。

ホームには列車が待っています。ひと世代前の車両が並んでいますが保存状態はよく、今でも現役の駅のようです。そのため「アキレスと亀」など多くの映画のロケにも使われてきました。

吉ヶ原駅跡の向こうにも線路は伸びていました。信号や、使用中止とされながら35年もここに建つ踏切が哀愁を誘います。

数百メートル歩いたところに、駅舎のような建物があります。

黄福柵原(こうふく)駅。この先にあった終点の柵原駅を模したこの建物は数年前まで片上鉄道保存会によって吉ヶ原駅跡からここまで古い車両を動かすイベントを行っており、ここに車両をつけるために作られた「新駅」です。ちなみに「黄福」は卵かけご飯で町おこしを進める美咲町のキャッチコピーです。

DD13-551は1960年代に製造されたディーゼル機関車で、同期の車両は秋田県の小坂精練小坂線に移籍しています。この小坂精練もDOWAホールディングスの系列会社です。またこの車両が吉ヶ原駅跡まで動く姿を見たいものですね。

ワフ102。ワフは有蓋車の意。

吉ヶ原駅跡の向こうには鉱山資料館があります。こちらにも立ち寄ってみたかったんですが、この日は月曜日で休館日。昭和30年代の鉱山の様子を詳しく展示しているそう。ここでも車掌車などの鉄道車両が保存されていました。

さて、吉ヶ原駅跡から少し車を和気方面に走らせ、別の駅も訪ねてみました。県道から一本入ったところに残る苦木(にがき)駅跡。ホームも駅舎もそのままの姿で残ります。線路はもうありませんが、線路跡は片鉄ロマン街道と呼ばれる自転車道として整備されており、鉄路出会った面影を感じることができます。この自転車道が整備されたときに駅舎も少し手が入れられました。

苦木駅跡の周りは桜が美しく、桜の時期になるとここで写真を撮りに来る人たちで賑わいます。わたしも来てみたいのですが、周辺に車を停めるところはありませんので、来るとしたら自転車…? 隣の天瀬(あませ)駅跡も同じく桜で有名なので訪ねてみたいところです。

平成3年に廃止された片上鉄道。廃止からすでに35年が経っていますが、比較的鉄道遺構は残り、地域の方に大切に保存されているなと感じました。また桜の季節に自転車でここを訪ね、桜の美しい廃線跡や旧駅舎をこの目で見てみたいと思いました。


編集部より:この記事はトラベルライターのミヤコカエデ氏のnote 2026年9月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はミヤコカエデ氏のnoteをご覧ください。

コメント投稿をご希望の方は、投稿者登録フォームより登録ください。

コメント