ジェトロの窓口を増やす前に、海外で戦える中堅企業をつくれ

2026年9月2日、前橋商工会議所内にジェトロ群馬の「海外展開サポート窓口まえばし」が開設された。

ジェトロ群馬はすでに高崎駅直結の高崎モントレー2階に事務所を構えている。今回の前橋窓口は、前橋市や東毛地域を中心に、中堅・中小企業の海外進出を支援するための新たな拠点と位置づけられている。ジェトロ群馬の公式サイト でも、高崎の本拠点と前橋の相談窓口が案内されている。

相談場所が身近になること自体には意義がある。しかし、窓口を増やせば群馬県内企業の海外売上高が増えるわけではない。

海外展開を阻んでいる最大の問題は、相談場所が遠いことではない。海外営業を継続できるだけの人材、資金、組織を持つ企業が少ないことである。

高崎市が誘致したジェトロ群馬

現在のジェトロ群馬は、2018年8月に高崎市へ設置された。

当時、群馬県内では高崎、前橋、太田が候補地となり、各市長が誘致に向けたプレゼンテーションを行った。地元報道によれば、富岡賢治高崎市長は、高崎駅の新幹線アクセスや海外バイヤーを招きやすい立地を訴え、高崎市が選ばれた。高崎モントレー内の事務所賃借料も市が負担すると報じられている。高崎新聞の当時の記事 によれば、富岡市長は、ジェトロが「ただあるだけ」になってはならないとの問題意識も示していた。

高崎市の公式資料でも、2018年度に「ジェトロ群馬貿易情報センター関連事業」として9800万円が計上され、市職員を同センターへ派遣したことが確認できる。高崎市の2018年度施政方針 、同市の記者会見資料 を見ても、ジェトロ群馬の設置が高崎市の主体的な産業政策だったことは明らかである。

高崎市がジェトロを誘致したこと自体は間違いではない。海外情報と人的ネットワークを持つ機関を県内へ呼び込むことには意味がある。

しかし、開設から8年が経過し、さらに前橋にも窓口を増やすのであれば、そろそろ問うべきことがある。

県内企業の輸出額、海外売上高、粗利益、継続受注は、実際にどれだけ増えたのか。そして、ジェトロに相談した企業のうち、誰が海外営業を続けているのか。

海外営業のできる日本人は限られている

海外営業は、英語を話せれば務まる仕事ではない。

対象市場を選び、見込み客を探し、接触し、相手の要求を聞き出す。社内の技術部門や製造部門と調整しながら、仕様、価格、最低発注数量、納期、決済条件、輸送条件をまとめる。

英文契約、知的財産、為替、物流、通関、代金回収、輸出管理、経済制裁にも対応しなければならない。品質問題が発生すれば、時差と言語の壁を越えて顧客と交渉する必要がある。

こうした能力と経験を持つ日本人は非常に限られている。

本格的な海外市場開拓を任せるのであれば、少なくとも年収1000万円程度を提示する覚悟が必要である。それでも適切な人材を採用できる保証はない。

しかも、必要なのは海外営業担当者一人だけではない。その担当者を支える技術者、品質保証、法務、経理、物流、輸出管理などの機能も必要になる。

出ていく金額は確定し、売上は確定しない

海外営業担当者を採用すれば、給与の支払いは直ちに始まる。

年収1000万円に加え、会社負担の社会保険料、採用費、海外出張費、展示会出展費、サンプル製作費、翻訳費、認証取得費、契約審査費などが発生する。海外仕様への設計変更や設備投資が必要になることもある。

これらを合計すれば、年間の資金流出が2000万~3000万円規模に達しても不思議ではない。

一方、海外の売上がいつ発生するかは分からない。

見込み客への接触から試作品の評価、価格交渉、契約、量産受注まで数年かかることも珍しくない。3年間で6000万~9000万円を投じても、十分な受注を得られない可能性がある。

支出は確定しているが、収入は確定していない。これが海外市場開拓の現実である。

補助金によって一度だけ展示会へ出展することはできる。しかし、補助金がなくなった後も、海外営業担当者の給与は毎月発生する。商談後の連絡、見積書の修正、サンプルの送付、顧客訪問を数年間続けなければならない。

海外展開とは、行政が用意したイベントに参加することではない。成果の見えない期間に数千万円を投じ続ける経営判断である。

小規模企業には重すぎる

従業員20人や30人の製造業にとって、年間2000万~3000万円の先行投資は極めて重い。

仮に社員30人の会社が年収1000万円の海外営業責任者を採用すれば、その一人だけで社内最高水準の給与になる可能性が高い。海外営業を支える管理部門まで新設すれば、既存事業の利益を大きく圧迫する。

海外事業が失敗した場合、損失を負担するのはジェトロではない。相談した企業自身である。

国内従業員の賞与を減らし、設備更新を延期し、借入金を増やしてまで海外市場の開拓を続けることになれば、本業まで弱体化しかねない。

独自性のある商品を持ち、経営者自身が海外営業を担える企業や、商社・代理店を有効に活用できる企業は、小規模でも海外進出できる。しかし、それは例外的な条件を備えた企業である。

一般的な小規模製造業に対して、「国内市場が縮小するから海外へ出よう」と勧めるのは無責任である。

国内で十分な利益を確保できない商品が、海外へ持っていっただけで高収益商品に変わるわけではない。海外では、国内以上の営業費用、物流費、管理費、信用リスクが発生する。

小さな企業を一社ずつ海外へ送り出す政策には、構造的な限界がある。

ジェトロは企業規模の不足を補えない

ジェトロは市場情報を提供し、専門家相談や展示会、海外企業との商談機会を用意できる。海外市場への入口をつくる機関として重要である。

しかし、ジェトロは企業の営業部、技術部、品質保証部、法務部にはなれない。

ジェトロが見込み客を紹介しても、その後に何度も連絡し、仕様と価格を詰め、契約を締結し、製品を納入して代金を回収するのは企業自身である。

海外営業担当者がいない会社では、商談会で名刺を交換しても、日常業務が忙しくなれば追跡が止まる。担当者がいても、経営者が追加投資を決断できなければ、顧客の要求に対応できない。

相談窓口を高崎から前橋へ広げても、企業の人員と自己資本が増えるわけではない。

ジェトロは情報不足を補えるが、企業規模の不足までは補えないのである。

海外で戦える1000人級の中堅製造業をつくれ

筆者は以前、「『町工場を守れ』は無意味:日本に必要なのは『1000人級中堅製造業』だ」と題する記事を書いた。

「町工場を守れ」は無意味:日本に必要なのは「1000人級中堅製造業」だ
日本では長年、「中小企業を守れ」という議論が繰り返されてきた。しかし、人口減少・地政学リスク・AI時代の産業再編が進む中で、単に“守る”だけでは限界が来ている。今、日本に必要なのは、「小さな町工場を延命すること」ではない。必要なのは、日本各...

日本の政策は、小規模企業をそのまま存続させることに偏っている。しかし、海外市場で継続的に戦うという観点から見ても、企業規模の拡大は避けて通れない。

従業員1000人級の中堅製造業であれば、海外営業部門に複数の人材を配置できる。技術者を商談に同行させ、品質問題には品質保証部門が対応し、契約や輸出管理を管理部門が支援できる。

一つの国で成果が出なくても、他国へ展開先を変更する余力がある。数年間の先行投資にも耐えやすく、海外企業から見ても、安定供給や長期的な取引を期待できる相手になる。

もちろん、従業員1000人という数字自体が競争力を保証するわけではない。薄利の下請け仕事を大量に抱えるだけでは、企業規模が大きくても海外で勝てない。

必要なのは、単に人数の多い会社ではなく、独自の商品や技術、価格決定権、十分な粗利益を持つ中堅企業である。

「1000人級」とは、海外営業、技術提案、品質保証、法務、知的財産、輸出管理、物流、代金回収を自社の機能として持ち、数年間の先行投資に耐えられる企業の象徴である。

M&Aと統合を海外展開政策の入口にする

海外進出を本気で推進するのであれば、政策の順序を変える必要がある。

最初に小規模企業をジェトロへ連れていくのではない。まず、地域内の製造業について、M&A、事業承継、共同持株会社、事業統合を進め、人材、技術、設備、顧客基盤を集約する。

例えば、営業力のある会社、優れた加工技術を持つ会社、設計のできる会社、量産設備を持つ会社を一つの企業グループにまとめる。それぞれの工場やブランドを残しながら、海外営業と管理部門を共通化する方法もある。

統合によって一定の規模と収益力を確保した後、ジェトロの海外ネットワークを利用する。この順序であれば、ジェトロから得た情報や商談機会を、継続的な営業活動へ変えることができる。

公的支援の重点も、展示会への出展件数から、企業再編と海外事業基盤の構築へ移すべきである。

M&Aの仲介費用、買収後の組織統合、経営管理システムの整備、海外営業責任者の採用、輸出管理体制の構築などを支援する方が、一回限りの海外イベントを補助するよりも効果が持続する。

自治体間の窓口競争にしてはならない

ジェトロ群馬の設置に際しては、高崎、前橋、太田が候補地となった。それから8年後、高崎の本拠点を残したまま、前橋にも新しい窓口が設けられた。

利用者の利便性を高めることは必要である。しかし、海外展開支援が「どの市に窓口を置くか」という自治体間の競争に陥ってはならない。

高崎にあるか、前橋にあるか、太田にあるかは、企業の海外競争力を決める本質的な問題ではない。現在では、一般的な相談や市場情報の提供はオンラインでも可能である。

海外顧客が重視するのは、ジェトロの窓口までの距離ではない。商品に競争力があるか、十分な量を安定供給できるか、品質問題に対応できるか、契約を守れるかという点である。

自治体が競うべきなのは相談窓口の数ではない。海外売上高を継続的に増やせる中堅企業を何社育てたかである。

「ただあるだけ」から次の段階へ

富岡市長がジェトロ群馬を高崎へ誘致した際に示した、「ただあるだけでは意味がない」という問題意識は正しかった。

だからこそ、設置から8年を経た現在、拠点の存在そのものではなく成果を検証する必要がある。

相談件数、セミナー参加者数、展示会出展企業数だけでは不十分である。海外企業への見積提出件数、契約件数、入金額、継続受注率、海外事業の粗利益まで確認しなければならない。

同時に、支援を受けた企業が数年間の海外営業を続けられたのか、その企業内に海外事業を担う人材と組織が残ったのかも検証すべきである。

ジェトロの窓口を増やすだけでは、海外で戦える企業は増えない。

日本に必要なのは、海外進出を希望する小規模企業を増やすことではない。M&Aと産業再編によって、海外営業の人材と費用を自力で負担し、世界市場で継続的に戦える中堅企業を増やすことである。

相談窓口を増やす前に、相談の成果を事業へ変えられる企業をつくらなければならない。

高崎か前橋かという立地論を超えて、群馬県民が問うべきなのは一つである。

世界市場で数年間戦い続けられる中堅企業を、県内に何社つくるのか。

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