トロワグロ四代に受け継がれる酸味の哲学

出口理佐です。

フレデリック・ワイズマン監督のドキュメンタリー映画『至福のレストラン/三つ星トロワグロ』をご存じでしょうか。フランスの名門レストラン「トロワグロ」の厨房やサービス、料理人たちの日常を丁寧に描いた作品です。

この映画を観て以来、いつか訪れてみたいと思っていたトロワグロ。先日、ついにそのディナーを体験することができました。

そのレストランは「ル・ボワ・サン・ソヴール(Le Bois sans Feuilles)」。トロワグロ家が四代にわたって受け継いできた料理を、自然に囲まれた美しい空間でいただきました。

トロワグロのレストラン、’Le bois sans feuilles’のダイニングルーム

食事が始まる前にキッチンを案内してくれました。
日本人の女性のパティエールの方もいらっしゃるそうです。

メニューはアラカルトとコースから選べました。アラカルトは一皿ごとのポーションが多いそうなので、少しずつ、数多くの種類をいただけるデギュスタシオンコース「Ce jour-là」にしました。最初の小さな料理から、意外性の連続でした。

「CE JOUR-LÀ(その日)」チャッピーによる日本語訳

メニュー 日本語
Premières choses はじまりの小さなお料理
Eau vive 生き生きとした水、清流
Autumn 秋
Langoustine, half undressed ラングスティーヌ(手長海老)、半分だけ殻を脱いで
Frog legs Julia ジュリア風・カエルの脚
Tender pike-perch, spicy butter 柔らかなパイクパーチ(淡水魚)、スパイスを効かせたバター
Skirt steak, à la cuillère 牛ハラミ、スプーンで食べられるほど柔らかく
Selection of fine cheeses 厳選チーズ
Conversation 会話(デザートの名前でしょうか)
Meringue, purple sheen 紫色の艶をまとったメレンゲ
Petits délices 小さなお楽しみ菓子

黒胡麻とパッションフルーツ、山椒とトマトなど、組み合わせを聞くだけでは味が想像できません。四川胡椒の痺れる刺激が印象的な一品もありました。

Premières choses はじまりの小さなお料理。
右上から、黒いのが、黒ゴマとパッションフルーツ、ケイパーと鳩、コスモスと山椒とトマト、ビーツと四川胡椒

冷たい椎茸の出汁には、梅の酸味。

Eau vive 清流。
椎茸、セロリ、白い梅。椎茸の出汁を最後に注ぎます。

カボチャとキャビアの料理には、繊細な黄金色の網目がかかり、その下にはひまわりの種が隠れていました。

Autumn かぼちゃとキャビア

ラングスティーヌには、薄く透けるカブ、レモンキャヴィア、クミン、揚げたミントの葉。褐色のパン粉は湿った土のようで、私には「雨上がりの大地」に見えました。クミンの香りから、かつて旅したモロッコの赤茶色の大地まで思い出しました。

Langoustine, half undressed ラングスティン、半分だけ殻を脱いで。
カブ、レモンキャヴィア、クミン。

カブのヴェールをめくるとそこは、雨上がりの大地、“The earth after the rain.”のよう。
茶色いパン粉は雨に湿った土、緑のミントは雨上がりに生き生きと輝く草木。
そして、半透明のカブは、地面に残る薄い水の膜のようにも見えます。

続くカエルの脚の料理には、細く切ったオゼイユと根セロリ。白い脚肉と丸いベニエが緑の中に隠れ、まるで「草むらに潜むカエルたち」です。

Frog legs Julia カエルのジュリア風
酸味のあるハーブ、オゼイユをジュリエンヌ(細切り)にカット、もも肉に酢豚のような衣をつけて揚げたものにトッピング。その間に白いもも肉も。
カエルが潜んでいるように見えませんか?

オゼイユといえば、トロワグロ兄弟が生み出した名作「サーモンのオゼイユソース」。爽やかな酸味を生かした料理は、ヌーヴェル・キュイジーヌを象徴する一皿として知られています。そう考えると、今夜の料理には一本の筋が通っていました。梅、レモンキャヴィア、オゼイユ。異なる素材の酸味が、それぞれの料理に個性を与えているようでした。

Tender pike-perch, spicy butter 柔らかなパイクパーチ(サンドル)、スパイシーなバター

淡水魚サンドル(パイクパーチのフランス語)には鮮やかな赤いスパイシーソース。魚の中に隠されたアーティチョークは、白身とほとんど同じ色なのに、口にするとシャキッとした歯ごたえがありました。

Skirt steak, à la cuillère スプーンで食べる、牛ハラミ。 
ナイフがついていませんでした。グーズベリーとともに。

牛ハラミは、バーベキューを思わせる香ばしさで、実にシンプルな美味しさ。ところが尋ねてみると、肉を薄く切ってミルフィーユ状に重ね、上からぎゅうっと重しをして24時間置いてから焼いているとのこと。知らなければ、普通のハラミだと思っていたでしょう。

Selection of fine cheeses チーズワゴン
東京のデパ地下のチーズ売り場よりも種類が多い気がしました。

選んだのは、シェーブル、ロックフォール、エポワス。
私はロックフォールには蜂蜜を必ずつけるので、お願いしました。ナッツ入りパンも合いますね。

普段アルコールはほとんど飲まないのですが、特別にチーズに合う白ワインを選んでいただきました。
ブルゴーニュのAligote、もちろん素晴らしいマリアージュでした。

ワイングラスにも、Troisgros

デザート「Conversation」は、ルバーブと羊乳の対話。ルバーブの抽出液を使ったソルベは、甘さを抑えながら自然な酸味を感じさせる、軽やかな味わいでした。

Conversation 会話 ルバーブを使ったデザート

食事の途中、四代目のセザール・トロワグロシェフが客席に現れました。「酸味は、トロワグロの料理に受け継がれてきた伝統なのですね」と話しかけると、「そうです」と誇らしげに答えてくださいました。一皿ずつ味わいながら感じ取った料理の思想を、シェフ本人と共有できたことも、この夜の大きな喜びでした。

セザール・トロワグロシェフと。

フランス料理は、美味しさの奥にある構造を理解することで、さらに豊かになる知的な料理と考えながら、毎回いただいています。トロワグロでのディナーは、その思いをいっそう強くしてくれました。

しかし、トロワグロの魅力は料理だけではありません。自然に溶け込む建築、美しい庭園、心地よい客室、そして何気ない場面に感じられる温かなおもてなし。ディナーの前後に過ごした時間にも、忘れがたい魅力がありました。

翌朝の8時25分、朝食前に敷地内をお散歩。

そのお話は、また次回に。

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Restaurant Troisgros Le Bois sans feuilles

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