- 中間選挙後にトランプ弾劾の可能性:2026年11月の中間選挙で下院の多数派が変われば、トランプ大統領への弾劾訴追が進む可能性がある。
- 「弾劾訴追」と「罷免」は別物:下院は単純過半数で弾劾訴追できるが、大統領を罷免するには上院の出席議員の3分の2以上の同意が必要となる。
- 弾劾は刑事裁判ではない:米国憲法が定める弾劾は政治的・制度的な手続きであり、刑法上の犯罪がなくても弾劾の対象となり得る。
- 歴代大統領は誰も罷免されていない:ジョンソン、クリントン、トランプが弾劾訴追されたが、いずれも罷免されず、ニクソンは訴追前に辞任した。
- トランプ罷免には超党派の支持が不可欠:下院で弾劾訴追が成立しても、上院で有罪にするハードルは高く、共和党議員を含む幅広い賛成が必要となる。

11月3日、米国で中間選挙が行われる。下院は全435議席、上院は100議席のうち約3分の1が改選される。選挙後の議会がトランプ大統領の責任をどこまで追及するかは、ワシントン政治の焦点の一つである。
ここで最初に整理しておきたい言葉がある。日本語ではひとまとめに「弾劾」と呼ばれがちだが、米国の制度では、下院が正式に訴追する段階と、上院が審理して有罪・無罪を判断する段階は別物だ。下院で訴追が可決されても、それだけで大統領が職を失うわけではない。
30秒でわかる「弾劾訴追」と「罷免」
| 段階 | 担当・必要な票 | 何が起きるか |
|---|---|---|
| 弾劾訴追(impeachment) | 下院/単純過半数 | 訴追条項を可決し、上院に送る。この段階ではまだ罷免されない。 |
| 弾劾裁判(impeachment trial) | 上院/大統領の裁判では最高裁判所長官が裁判長 | 証拠と主張を審理し、有罪か無罪かを判断する。 |
| 有罪・罷免(conviction and removal) | 上院の出席議員の3分の2以上の同意 | 有罪なら罷免。公職に就く資格の剥奪にも及び得る。刑事責任は別の手続きで問われる。 |
英語の「impeachment」は、文脈によって制度全体を指す場合も、下院による訴追の段階だけを指す場合もある。本稿では誤解を避けるため、下院の段階を「弾劾訴追」、上院の審理を「弾劾裁判」、職を失う結果を「罷免」と書き分ける。
たとえるなら、下院は「正式に訴えを起こす側」、上院は「その訴えを裁く側」だ。起訴されたことと有罪判決を受けたことが違うのと同じである。ただし、弾劾は刑事裁判そのものではなく、憲法に基づく政治的・制度的な手続きである。
憲法の条文——英語原文と米国大使館の日本語訳
弾劾制度を定める米国憲法の条文を、英語原文と、米国大使館のアメリカンセンターJAPANが掲載していた日本語訳で示す。大使館訳は、条(Article)を「章」、節(Section)を「条」、項(Clause)を「項」と表記している。なお、大使館自身、この訳について「参考のための仮翻訳で、正文は英文です」と注記している。
第1章第2条第5項(Article I, Section 2, Clause 5)——下院の弾劾訴追権
The House of Representatives shall chuse their Speaker and other Officers; and shall have the sole Power of Impeachment.
大使館訳:下院は、議長その他の役員を選任する。弾劾の訴追権限は下院に専属する。
第1章第3条第6項(Article I, Section 3, Clause 6)——上院の弾劾裁判権
The Senate shall have the sole Power to try all Impeachments. When sitting for that Purpose, they shall be on Oath or Affirmation. When the President of the United States is tried, the Chief Justice shall preside: And no Person shall be convicted without the Concurrence of two thirds of the Members present.
大使館訳:すべての弾劾を裁判する権限は、上院に専属する。この目的のために集会するときには、議員は、宣誓または宣誓に代る確約をしなければならない。合衆国大統領が弾劾裁判を受ける場合には、最高裁判所長官が裁判長となる。何人も、出席議員の3分の2の同意がなければ、有罪の判決を受けることはない。
第1章第3条第7項(Article I, Section 3, Clause 7)——判決の範囲と刑事責任
Judgment in Cases of Impeachment shall not extend further than to removal from Office, and disqualification to hold and enjoy any Office of honor, Trust or Profit under the United States: but the Party convicted shall nevertheless be liable and subject to Indictment, Trial, Judgment and Punishment, according to Law.
大使館訳:弾劾事件の判決は、職務からの罷免、および名誉、信任または報酬を伴う合衆国の官職に就任し在職する資格の剥奪以上に及んではならない。但し、弾劾につき有罪判決を受けた者が、法にもとづいて、起訴、公判、判決、または処罰の対象となることを妨げない。
第2章第2条第1項(Article II, Section 2, Clause 1)——恩赦権の例外
… and he shall have Power to grant Reprieves and Pardons for Offences against the United States, except in Cases of Impeachment.
大使館訳(該当部分):大統領は、弾劾の場合を除き、合衆国に対する犯罪について、刑の執行停止または恩赦をする権限を有する。
第2章第4条(Article II, Section 4)——弾劾の理由
The President, Vice President and all civil Officers of the United States, shall be removed from Office on Impeachment for, and Conviction of, Treason, Bribery, or other high Crimes and Misdemeanors.
大使館訳:大統領、副大統領および合衆国のすべての文官は、反逆罪、収賄罪その他の重大な罪または軽罪につき弾劾の訴追を受け、有罪の判決を受けたときは、その職を解かれる。
要点をまとめると、弾劾の訴追は下院だけが、弾劾の裁判は上院だけが行う。大統領の裁判では最高裁判所長官が裁判長を務め、有罪には出席議員の3分の2の同意が要る。弾劾裁判の判決は罷免と公職就任資格の剥奪までで、刑事責任は別に通常の手続きで問われ得る。そして大統領は、弾劾について恩赦を与えることはできない。
小さな発見を一つ。第1章第2条第5項の原文にある「chuse」は誤植ではない。「choose」の古い綴りで、合衆国憲法の原文には1787年当時の綴りがそのまま残っている。
「重大な罪または軽罪」とは何か
第2章第4条の「high Crimes and Misdemeanors」を、大使館訳は「重大な罪または軽罪」と訳している。憲法はこの言葉を定義していない。そのため、弾劾の理由が刑法上の犯罪の有無だけで機械的に決まるわけではなく、何がこれに当たるかは議会が憲法上の問題として判断してきた。
この文言の誕生には逸話がある。マディソンが残した憲法制定会議の記録によると、1787年9月8日、ジョージ・メイソンは弾劾の理由に「失政(maladministration)」を加えるよう提案した。これにマディソンが反対し、「これほど曖昧な言葉では、(大統領の)任期は上院の意のままということになる」と述べた。メイソンは提案を取り下げ、代わりに「その他の重大な罪および軽罪」を提案し、8州対3州で可決された。単なる失政を罷免の理由にすることは、起草の段階で意識的に退けられていたのである。
一方で、この言葉の幅広さを率直に語った政治家もいる。1970年、下院共和党トップだったジェラルド・フォードは、リベラル派のウィリアム・O・ダグラス最高裁判事の弾劾を目指した際、弾劾に値する罪とは「歴史のその時点で下院の過半数がそうだと考えるもの」だと述べた。このときダグラス判事の弾劾は実現しなかった。
もっとも、「議会が決めるのだから何でもよい」という意味ではない。何が重大な罪に当たるか、証拠は十分か、訴追が憲法上妥当かは、議員の間で争われ、歴史的にも解釈が分かれてきた。弾劾は政治と法の境界にある制度なのである。
【歴史の逸話】あと1票で失職しかけたアンドリュー・ジョンソン

アンドリュー・ジョンソン大統領
Wikipediaより
南北戦争後の南部再建をめぐり、アンドリュー・ジョンソン大統領は共和党主導の議会と激しく対立した。決定打となったのは、陸軍長官エドウィン・スタントンの解任である。1868年2月24日、下院は128対47でジョンソンの弾劾訴追を可決し、上院でサーモン・チェイス最高裁判所長官を裁判長とする裁判が開かれた。
5月16日、最初の採決は有罪35、無罪19。3分の2に1票足りなかった。10日後に行われた別の条項の採決も同じ結果に終わり、裁判は事実上決着した。
決定的な1票を投じたとされるのは、カンザス州選出の共和党上院議員エドモンド・ロスである。周囲は有罪に投じると見ていたが、ロスは無罪と答えた。その動機は今も議論が続き、買収されたという説もあれば、ジョンソンが罷免されれば上院仮議長ベンジャミン・ウェイドが大統領になる(ジョンソンはリンカーン暗殺で副大統領から昇格したため、副大統領は空席だった)ことを嫌ったという説もある。ロスは再選されなかったが、のちにジョン・F・ケネディの著書『勇気ある人々』(Profiles in Courage、1956年)で取り上げられた。
裁判そのものも一大イベントだった。上院はその日限り有効の傍聴券を1日1000枚印刷し、議員のもとには毎日何百件もの傍聴の依頼が寄せられたという。
【歴史の逸話】ニクソンは本会議の採決前に辞任した
1974年のウォーターゲート事件では、下院司法委員会が7月27日、29日、30日に、司法妨害、権力乱用、議会侮辱の3つの弾劾条項を可決した(票数はそれぞれ27対11、28対10、21対17)。しかし、下院本会議で採決される前の8月9日、リチャード・ニクソン大統領は辞任した。したがってニクソンは、下院本会議で弾劾訴追されたわけではない。
ニクソンの辞任で大統領に昇格したのは、副大統領になっていたジェラルド・フォードだった。4年前に「弾劾に値する罪とは下院の過半数がそう考えるもの」と語った人物が、弾劾の圧力による辞任の結果として大統領に就いたことになる。
委員会が弾劾条項を可決すること、下院本会議が弾劾訴追を可決すること、上院が有罪として罷免することは、それぞれ別の段階である。ニュースで「弾劾が進んだ」と報じられたら、どの段階なのかを確かめる必要がある。
裁判長席をめぐる逸話
上院の弾劾裁判で誰が裁判長を務めるかにも、興味深い話がある。
1805年、サミュエル・チェイス最高裁判事の弾劾裁判を主宰したのは、上院議長でもある副大統領アーロン・バーだった。バーはこのとき、アレクサンダー・ハミルトンを決闘で死なせた件で、ニューヨーク州とニュージャージー州で殺人罪に問われていた。チェイスは無罪となった。
1999年のクリントン大統領の弾劾裁判では、ウィリアム・レーンキスト最高裁判所長官が、袖に金色の線を入れた法服で裁判長席に着いた。ギルバート&サリヴァンのオペレッタ『アイオランテ』の登場人物にならったものだという。裁判で何をしたかと問われたレーンキストは、同じオペレッタの一節を借りて「特に何もしなかった。そしてそれを実に見事にやった」と答えた。
2021年のトランプ氏の2度目の弾劾裁判は、同氏の退任後に開かれた。憲法は「現職大統領」の裁判の裁判長は定めているが、前大統領の場合は定めていない。そこで最高裁判所長官ではなく、上院仮議長のパトリック・リーヒー議員が主宰した。
クリントン、トランプ——訴追されても罷免には至らなかった
ビル・クリントン大統領は1998年12月、偽証と司法妨害で下院から弾劾訴追された。1999年2月の上院の採決では、偽証は有罪45・無罪55、司法妨害は50対50で、いずれも3分の2に遠く及ばなかった。
トランプ大統領は1期目に2度、下院から弾劾訴追された。1度目(2019年12月訴追)は権力乱用と議会妨害で、2020年2月の上院の採決は、権力乱用が無罪52・有罪48、議会妨害が無罪53・有罪47だった。このとき共和党のミット・ロムニー議員は権力乱用で有罪に投じ、自分と同じ党の大統領の罷免に賛成した初の上院議員となった。
2度目(2021年1月訴追)は、2021年1月6日の連邦議会議事堂襲撃をめぐる「反乱の扇動」が理由だった。2021年2月13日の採決は有罪57・無罪43で、共和党議員7人も有罪に投じたが、必要な67票には届かなかった。
米国史上、大統領が下院で弾劾訴追された例は、ジョンソン、クリントン、トランプ(2回)の計4件である。大統領が上院で有罪となって罷免された例は一度もない。一方、連邦判事は、これまでに弾劾訴追された15人のうち8人が有罪となり、職を解かれている。
【2026年の動き】決議案の提出と弾劾訴追は同じではない
2026年8月24日、民主党のアル・グリーン下院議員(テキサス州選出)は、トランプ大統領を弾劾訴追する決議案(H.Res.1486)を提出したと発表した。グリーン議員は9月15日、この決議案を特権決議として本会議に持ち込み、採決を迫った。
同日、下院は決議案を「棚上げ(table)」する動議を賛成232、反対147で可決した。47人が「出席(present)」と投票し、7人は投票しなかった。棚上げ動議の可決により、決議案は審議されないまま退けられた。つまり、下院による弾劾訴追は成立していない。
党派別に見ると、共和党は賛成213、出席1、不投票4。民主党は賛成18、反対147、出席46、不投票3。無所属の1人は賛成した。民主党の対応が割れたことは票数から読み取れるが、これだけで「民主党が弾劾を決めた」とも「民主党が弾劾を否定した」とも解釈することはできない。決議案を提出すること、委員会で調査すること、下院本会議で訴追を可決することは、それぞれ異なる。
中間選挙は2026年11月3日に行われる。選挙後に下院の多数派が変われば、調査や訴追の議論が進む可能性はある。しかし、将来の議会が何をするかは、現時点では確定していない。
なぜ下院より上院の壁が高いのか
下院の弾劾訴追は単純過半数で可決できる。これに対し、上院の有罪判決には出席議員の3分の2の同意が必要だ。100人全員が出席していれば67票が要る。多数党であるだけでは届かず、党派を越えた支持がなければ罷免には至らない。
ただし、必要な票数は「どちらの党が上院で何議席を持つか」だけで決まるわけではない。出席議員の数によって3分の2の計算は変わり、議員一人ひとりがどう投票するかは別の問題である。ジョンソン裁判のロス議員、2020年のロムニー議員、2021年の共和党7議員のように、党の多数と異なる票が歴史を動かしてきた。議席の予測だけで罷免の可能性を断定するのは避けたい。
【結び】「弾劾訴追された」と「罷免された」は違う
米国の弾劾制度を理解する鍵は、三つの段階を区別することにある。下院が訴追する。上院が裁判する。有罪には出席議員の3分の2の同意が要る。歴史を振り返れば、ジョンソン大統領は1票差で罷免を免れ、ニクソン大統領は本会議の採決前に辞任し、クリントン大統領とトランプ大統領は訴追されたものの上院で有罪とはならなかった。
だからこそ、ニュースで「弾劾」という言葉を見たときは、それが決議案の提出なのか、下院の弾劾訴追なのか、上院の有罪判決なのかを確かめたい。言葉を正確に分けるだけで、米国政治の動きはずっと読み解きやすくなる。
【参考資料】
- 米国大使館アメリカンセンターJAPAN「アメリカ合衆国憲法」日本語訳(americancenterjapan.com。現在このドメインは別のサイトに変わっているため、web.archive.orgに保存された2023年1月時点のページで確認)
- 米国憲法英語原文(constitution.congress.gov)
- 米国下院書記官室 Roll Call 298、2026年9月15日(clerk.house.gov)
- アル・グリーン下院議員 プレスリリース、2026年8月24日・9月15日(algreen.house.gov)
- 米国国立公文書館 Prologue「President Johnson’s Impeachment Trial」(archives.gov)
- 米国国立公園局 アンドリュー・ジョンソン国立史跡「Impeachment Time Line」(nps.gov)
- マディソン『憲法制定会議の記録』1787年9月8日(avalon.law.yale.edu)
- Smithsonian Magazine「The History of American Impeachment」(smithsonianmag.com)
- CNN、2019年9月29日、レーンキスト長官とクリントン弾劾裁判に関する記事(cnn.com)
- Roll Call、2021年1月25日(rollcall.com)
- NPR、1999年2月12日・2020年2月5日・2021年2月13日(npr.org)
- Northeastern Global News、2025年3月19日(連邦司法センターの統計を引用)(news.northeastern.edu)







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