ミロヴァン・ジラス「共産党は労働者特権をむさぼる赤い貴族(ノーメンクラトーラ)だ」

冷戦時代に共産主義の実態を暴露した「新しい階級」の著者ミロヴァン・ジラス「共産党は労働者の代表を標榜しながら、腐敗、堕落し、富を貯蓄し、特権をむさぼる赤い貴族(ノーメンクラトーラ)だ」

ユーゴスラビア連邦の指導者ヨシップ・ブロズ・チトー(1892年~1980年)はソ連共産党スターリンによって共産主義国のコミンフォルムから追放されたことを受け、スターリンに対抗する社会主義国を建築する独自路線を歩み出した。経済システムはユーゴ連邦独自の「自主管理経済」システムを推進。労働者が会社を経営し、労働者から責任者を選び、管理運営を実施するシステムでソ連東欧共産諸国の計画経済システムとは異なっていた。一部の学者は「市場社会主義」と呼んでいた。外交面では「非同盟外交」を宣言し、アジアやアフリカなどから多数の国が参加した非同盟諸国会議をまとめて結束させた。

旧ユーゴ連邦の実態を暴露したミロヴァン・ジラス(1986年12月15日、ベオグラードのジラス氏宅で撮影)

1960年から70年にかけ、チトーが主導するユーゴの国民経済は繁栄し、外交でもチトー主義と呼ばれ、欧米諸国にも接近し、国際政治の舞台では一定の影響力を誇っていた。しかし、チトーが主導する旧ユーゴ連邦は最終的には共産主義独裁政治の変形に過ぎなかったことを、チトーの最側近であったミロヴァン・ジラス(1911年から1995年)が暴露したのだ。

ジラスはチトーとともにユーゴ共産化のために戦い、副首相の地位に就きながら、共産主義の実態を批判し、共産主義からいち早く決別し、1957年に「新しい階級」という著書を出し、共産政権下で特権をむさぼる共産主義者(赤い貴族)の実態を告発した。同著書は欧米諸国で話題を呼び、旧ソ連・東欧諸国の民主改革にも大きな影響を与えた。

ジラスはその著書の中で「労働者の解放と平等を掲げて成立した共産主義体制は、結局のところ、党幹部や官僚(ノーメンクラトゥーラ)という『新たな特権階級(=赤い貴族)』を生み出し、国家の富と権力を独占して一般市民を搾取するシステムにすぎない」と見抜いた。

当方は1986年12月、ジラス氏に会うためにベオグラードの自宅を訪問した。ベオグラードのアパートメントの階段には電気がなく、暗い階段を恐る恐る上っていった。ジラス氏の部屋まで行き、戸を叩くと、直ぐに開き、部屋の照明を背に長身のジラス氏が立っていた。部屋では、エリザベス夫人が温かいティーでもてなしてくれたことを鮮明に覚えている。

ジラス氏は当方との会見の中で、「共産主義は本来、世界運動として明確な世界観、歴史観をもっていたが、今日の共産主義は民族主義に陥っている。ポーランド、チェコ、ハンガリー、中国いずれの共産国も、固有の困難と課題を抱えている。共通する点は、共産党の一党独裁と官僚主義だ。ユーゴ共産党は階級のない社会をつくる段階で民族問題も同時に解決できるという幻想にとらわれていた。しかし現実には民族問題は未解決のまま残っているし、共産主義者は政権の座につくと、新しい支配階級に変身している」と述べた。

旧ユーゴ連邦はソ連共産党政権とは経済システムこそ異なっていたが、共産党一党独裁政治であり、その政権下で腐敗と汚職が蔓延していた。人権と自由を求める国民の声が高まっていく中で、ソ連は倒れ、ユーゴ連邦も民族主義の高まりに抗することは出来ずに解体していった。「共産主義は民族の壁を越えた国際主義だ」と言いふらしてきたが、ソ連・ユーゴ連邦の解体は共産主義が独裁政治であり、民族の壁を超えることができない政治形態であることを実証したわけだ。

ジラス氏との会見後、ウィーンに戻ったが、スカーフをジラス氏宅で忘れたことに気がついた。当方は「仕方がない」と諦めていた時、ジラス氏が後日、当方の忘れ物を届けてくれた。ジラス氏 の心遣いに感動したことを記憶している。

ヨシップ・ブロズ・チトー Wikipediaより


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年10月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

コメント投稿をご希望の方は、投稿者登録フォームより登録ください。

コメント