2026年11月3日に投開票された米ミシガン州の上院選で、民主党のアブドゥル・エルサイード氏が共和党のマイク・ロジャース氏を破った。今回の選挙は、単なる共和・民主両党の議席争いにとどまらず、民主党内の世代交代、イスラエルをめぐる党内対立、そしてトランプ政権の外交・通商政策に対する中西部有権者の反応が交錯する選挙となった。

アブドゥル・エルサイード氏Xより
共和党のロジャース氏は、陸軍勤務とFBI捜査官の経歴を持ち、下院情報特別委員長も務めた国家安全保障分野のベテラン政治家だ。2024年の上院選にも出馬したが、民主党のエリッサ・スロットキン氏にわずか0.3ポイント差で敗れていた。今回はゲイリー・ピーターズ上院議員の引退に伴う空席を狙い、再挑戦した。
一方、民主党のエルサイード氏は、ローズ奨学生としてオックスフォード大学で公衆衛生学の博士号を取得し、コロンビア大学で医学博士号を取得した異色の経歴を持つ。デトロイト市の保健局長などを歴任した公衆衛生の専門家である。当選すれば、米国史上初のイスラム教徒の上院議員となる。
今回の選挙で最初の大きな山場となったのは、8月の民主党予備選だった。
エルサイード氏は、イスラエルへの軍事支援やガザでの軍事作戦に批判的な立場を取り、医療制度改革や企業献金規制を訴える進歩派の候補者として支持を集めた。対するヘイリー・スティーブンス下院議員は、主要都市の黒人有権者や中高年の穏健派を支持基盤とする党内主流派の候補だった。両者の争いは、民主党の将来をめぐる世代間・路線間の対立を浮き彫りにした。
予備選では、エルサイード氏を阻止しようとする外部政治団体が巨額の資金を投入した。特に注目されたのが、イスラエル・ロビー団体AIPACと関係の深いスーパーPAC「United Democracy Project(UDP)」である。同団体はスティーブンス氏を支援するとともに、エルサイード氏を攻撃する広告に約3,000万ドルを投じた。予備選全体でも、候補者を支援・攻撃する外部団体の独立支出は約6,000万ドルに達した。
しかし、巨額の広告攻勢にもかかわらず、エルサイード氏は48.5%を獲得し、スティーブンス氏の47.5%を上回って予備選を制した。資金力を背景にした党内主流派の巻き返しを、若年層やアラブ系米国人、高学歴の進歩派を中心とする支持層が押し返した形だ。
本選では、エルサイード氏のイスラム教徒としての背景も争点になった。ロジャース陣営は、エルサイード氏をイスラム過激派やムスリム同胞団と結びつける主張を繰り返した。討論会や選挙広報では、国家安全保障分野での自身の経歴と対比させ、エルサイード氏の安全保障観に疑問を投げかけた。こうした攻撃に対しては、イスラム教徒への偏見を利用したものだとの批判も出た。
しかし、興味深いのは、イスラエル問題をめぐる攻防が、ユダヤ系有権者の投票行動にも単純には反映されなかったことだ。SNS上で紹介されたミシガン州上院選の早期投票出口調査によれば、ユダヤ系有権者のうちエルサイード氏に投票した割合は60%、ロジャース氏は36%だった。また、2024年の上院選でスロットキン氏に投票したと回答したユダヤ系有権者の23%が、今回はロジャース氏に投票したという。
この数字が示唆するのは、イスラエルへの批判的な姿勢を取るエルサイード氏に対して、ユダヤ系有権者の支持が一様に離れたわけではないということだ。同時に、従来の民主党支持層の一部が共和党候補に流れた可能性も示している。
さらに、民主党内の亀裂も本選に影を落とした。予備選で敗れたスティーブンス氏は、投票日のわずか数日前に一転してロジャース氏への支持を表明した。エルサイード氏との間で、イスラエルをめぐる発言や選挙運動の進め方をめぐる対立が深まっていたためだ。
スティーブンス氏の共和党候補への支持表明に対し、民主党の有力者らは厳しく批判した。予備選で敗れた候補者が本選で党の候補を支援するという通常の慣例から外れた行動は、民主党内の対立を改めて露呈させた。
それでも、最終的に有権者の判断を左右したのは、宗教や党内対立だけではなかった。イランとの戦争やカナダとの通商摩擦、関税政策をめぐる経済的不安も争点となった。ロジャース氏はトランプ大統領との関係を維持しながら、関税政策には異論を唱えるという難しい立場を取った。しかし、エルサイード氏は選挙戦を通じて、ロジャース氏がトランプ政権の政策に十分な歯止めをかけられないと批判した。
2024年の選挙でわずか0.3ポイント差の敗北を喫したロジャース氏にとって、今回は再挑戦の機会だった。国家安全保障の専門家という経歴を前面に出し、接戦州の共和党候補がトランプ氏との距離を取ろうとする中、ロジャース氏はテキサス州で開催された共和党の党大会にも出席するなど、党との結びつきを強調した。しかし、国家安全保障をめぐる主張やトランプ大統領との関係だけでは、経済や外交政策への不満を打ち消すことはできなかった。
今回の結果は、民主党にとっても単純な勝利ではない。予備選では外部団体による巨額の資金投入、本選では候補者の宗教的背景をめぐる攻撃、さらに党内有力者による対立候補への支持表明と、民主党は深刻な分裂を経験した。それでもエルサイード氏が勝利したことは、党内主流派とは異なる進歩派の候補者が、若年層やアラブ系米国人を含む支持層を動員し、選挙を戦ったことを示している。
今回のミシガン州の結果は、共和党にとって2026年中間選挙の警告となる。トランプ氏への忠誠や国家安全保障をめぐる強硬な主張だけでは、物価、関税、戦争といった有権者の日常生活に直結する問題を覆い隠せない。共和党が政権の外交・経済政策をどこまで擁護し、どこから距離を置くのか。その難しい選択が、今後の選挙でも問われることになる。







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