黒坂岳央です。
「頭のいい人ほど孤独になる」「優秀な人は周囲と話が合わない」
最近、SNSや動画などでこうした主張をよく見かける。内容を見てみると、孤独な人は周囲より知能が高く、凡人には理解されないから一人になるのだというものらしい。
言っていることはわからなくもない。だが、「大衆に理解されない優秀な人が、望まず孤独になる」という話を、いつの間にか「孤独な人は優秀」という話にすり替えているように感じる。この二つは似ているようで、まったく違う。
なぜこんなことをわざわざ書くかと言うと、自分自身がミスった経験があるからだ。筆者自身、20代の頃「自分が周囲と合わないのは、自分が優秀で周囲はそれを理解できない」と思っていたことがあった。今振り返ると、大変痛い勘違いである。
だからこそ、こうした発信を見ると、つい昔の自分を思い出してしまうのだ。

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天才は孤独になる
まず、突出した才能を持つ人が孤独になること自体は、十分に理解できる。
例えば、ある分野で世界トップクラスの研究をしている天才がいたとしよう。とりあえず「数学」でいい。その天才数学者が考える問題を正確に理解し、対等に議論できる相手は世界に何人いるだろうか。
高度な専門分野になればなるほど、理解できる人は限られる。この事例で言えば数十人レベルだ。自分が夢中になっている問題について、周囲と話が合わないこともあるだろう。そうした経験から孤独を感じることは十分あり得る。
ただし、冷静に考えれば、「凡人が理解できない天才」は人口全体から見れば極めて少数である。
一方で、世の中には孤独を感じている人が大勢いる。その人たちが「周囲の人間が理解できないほど優秀だから孤独になっている」と考えるのは、統計的に無理がある。
天才が孤独になることはあっても、孤独であることは天才の証明にはならないのだ。
孤独の原因は、自分にある
人はなぜ孤独になるのか?理由はさまざまだが、その一つとして考えるべきなのが、「天才で凡人とは合わないから」ではなく「コミュニケーション能力や人間関係を構築する能力の不足」の方だろう。
例えば、相手の話を聞かないとか自分の話ばかりする。思想強めで、相手の気に入らないところを許せないとか、相手の立場を考えられないだ。こうした振る舞いを続ければ、人が離れていくのは不思議ではない。
だが、本人にとってはその事実を認めるのが難しい。「自分に問題がある」と考えるより、「周囲のレベルが低いからハイレベルな自分とは合わない」と考えた方が、ずっと気分がいいからだ。
昔の筆者もこれをやらかしていた。自分が20代の頃、周囲と積極的に関わるより、自分の時間を大事にしようと孤高の振る舞いをしていた。
「歴史上の偉人も、優秀だからこそ孤独だった」こうした話を自分に置き換えて納得していた。
だが、今考えるとおかしな話だ。自分は別に歴史に残る天才でもなければ、誰にも理解できないような難問に取り組んでいたわけでもない。ただのコミュ障、孤高ではなく、人が近寄りがたいただのダメ人間だっただけだ。
孤独を美化しても、人生はよくならない
そんな筆者にも、考え方を改めるきっかけがあった。確か27〜28歳くらいの頃だったと思う。ある文章を読んで、頭をぶん殴られたような気分になった。内容はおおむね次のようなものだった。
「歴史上の偉人には、生前に富や地位を得られなかった人も多い。孤独で社会性がなければ、どれほど才能があっても報われない。死後に評価されても無意味。だから社会性だけは絶対に失ってはいけない」
筆者はこの考え方に強い衝撃を受けた。それまで自分は、孤独をどこか美しいものだと思っていた。人に理解されなくても、自分の信念を貫くことが格好いいと思っていた。
だが、それで人生がうまくいかなかったらどうだろう?ただ一人でカッコつけてるダサい人間だ。自分はそこに気がついて心を入れ替えた。
これはいかんと思ってそこから少しずつ人間関係を見直すようになった。自分から人に歩み寄ることや、相手の話を聞くこと、信頼関係を築くことを意識するようになったのだ。
そう考えると、人間は自分に都合のいい勘違いで、人生の可能性を狭めてしまうことがあるのだと思う。だからこそ、孤独な人に「あなたは優秀だから周囲と合わないのだ」と安易に慰める発信には、「そこはもっと解釈を慎重になった方が良いのでは?」と思ってしまうのだ。
凡人こそ他人の力を借りるべき
そして、筆者が最も伝えたいのはここからである。
そもそも、人間関係を構築する能力は、単に友達を作るためだけに必要なのではない。生きていくために、他人の力を借りるためにも必要なのだ。
人間は誰しも、得意なことと不得意なことがある。完璧な人はいない。知識が足りないこともあれば、経験が不足していることもある。しかし、他人と良好な関係を築けていれば、自分にできないことを助けてもらえる。
「自分は一人で生きている」という人も、会社のブランドや他部署の人の力を借りているはずだ。一人で働くフリーランスだって、仕事を依頼してくれるクライアントがいるから仕事がある。
自分は会社員ではないが、取引先、読者や視聴者のおかげで仕事ができており、日々、感謝の気持ちを忘れたことはない。自分を含めて人間はちっぽけなもので、自分一人では大したことはできないのだ。
そして自分に足りない能力が多い天才でない自分のような凡人こそ、他人の能力を借りることの価値は大きい。分からないことは教えてもらい、苦手なことは得意な人に助けてもらう。そうすることで、自分一人では到底できないことも実現できる。たとえば会社とはそういう場所なのだ。
ところが、対人能力の不足によって孤立し、さらに「自分は優秀だから一人なのだ」と正当化してしまえば、「手を借りる能力がない、強がっているだけの弱者」の出来上がりだ。これはもったいないと思う。
◇
もちろん、一人の時間を楽しむことは悪くない。筆者自身、一人で読書をしたり、考え事をしたりする時間は大好きである。ただし、それは必要なときに人とつながれることとは別の話だ。孤独を選べる人と、孤独しか選べない人は違うのだ。
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