安富先生の「ソフトバンクの危機」論に対する私なりの総括 - 松本徹三

松本 徹三

私が役員を務めるソフトバンクに関する議論であり、且つ私の担当外の問題だったので、深入りを避けてきましたが、批判の対象となっていた「新卒紹介販売」の中止をソフトバンクが発表、安富先生と米重さんの議論も終結したので、ここで一応私なりのコメントも出しておきたいと思います。そうでないと、無責任の誹りを受けても仕方ないしょう。


まず、この「新卒紹介販売」なるものは、春の商戦期に当って、急に思いついて実行されたもののようで、役員会にかかったものでもなかったので、私自身は、アゴラにコメントを掲載する時点では、その詳細を知りませんでした。従って、私は、迂闊にも、これは「普通のインターン制度」に準じたもの、即ち、たとえ「成功報酬」であっても、きちんと「アルバイトの見返りとしての報酬」を払い、その上で、「採用の一つの入り口」としても機能させようとしているのだろうと、勝手に考えていたことを告白せねばなりません。後でそうではなかったことを知って、率直に言って、「うーん」と頭を抱えました。

たとえその意図が、決してそのような「セコい」ものではなかったとしても、対象となった学生さん達が、「ソフトバンクはそこまでセコいのか」と反撥されたのは事実なのですから、そのことが読めなかったのは、大きな失態であると言わざるを得ません。どんな会社でも、あらゆる機会を捉えて「企業イメージ」を上げたいのは同じなのに、今回は拙速な思いつきでわざわざ「企業イメージ」を下げてしまったのですから、これは将来への大きな反省材料になります。

一方、「隠れた才能や情熱を発掘するために、既成概念にとらわれず、いろいろな新しい採用方法を開発していくべき」という点については、米重さんや渡部さんを含め、色々な方々のご賛同が得られたことを糧にして、今後とも創意工夫を怠るべきではありません。羮に懲りて膾を吹いては元も子もありません。これはソフトバンクに限らず、多くの企業が取り組むべき課題であると考えます。

安富先生の「異なったルールに従うべきゲームを混在させてはならない」という論点は、根源的な問題を深く考えていけば、成る程その通りだと思います。勿論、「異なったルールのゲームの混在」が「不法行為」であるわけではなく、そのことの含む問題は、「論理的な不整合」というより「倫理的な違和感」であると考える方が、私には納得しやすかったのですが、安富先生の論点は、少なくとも社会的な責任を持つ大企業が持っていて然るべき「一つの見識」であると言えるでしょう。

「いくら何でも、明確な犯罪行為である『セクハラ』と同一視して、更に『卑怯者』扱いにするのは行き過ぎ」と、当初は反撥しましたが、突き詰めていけば、そう見られるリスクを含んでいることも事実ですから、ここまで読み切れなかったソフトバンクは、その不明を恥じて然るべきです。

今回のことで、とても嬉しく思ったのは、東大教授の安富先生と、学生起業家の米重さんが、対等の立場で堂々と議論を闘わせられたことでした。私にも経験がありますが、匿名の人達からの「議論にならない、悪口雑言に類する言いっ放し」の数々に、きっと悩ませられたに違いない米重さんにとっては、このことは大きな慰めだったと思います。今回のテーマはあまりに些細な問題でしたが、国の政策を左右するような大きなテーマについても、意見の異なる論者達が、その社会的な立ち位置とは無関係に、それぞれに実名で熱く議論する場を、アゴラが提供するようになることを願ってやみません。

最後に、「はてなブックマーク」に掲載された、本件についての以前の私の投稿に対する批判に関するコメントを一言。まず、「それならインターンでやればいいじゃあないか」というご批判にたいしては、全くその通りだと思います。勘違いしていた私の不明をお詫びします。次に、「若い人達は『当たって砕けろ』というぐらいの気概を持つべき」という趣旨の私のコメントに噛みつかれた方に対しては、誤解のないように、次のように申し上げておきたいと思います。

「どんな会社も、『当たって砕けろ』などと、若い人に『要求』はしません。(どんな会社も、わざわざそんなことを言ってくれるほど親切ではありません。)そういうことは、人生への取り組み方として、それぞれの人がそれぞれに考えるべきことです。私は、たまたま、そういう生き方をして来た人達を成功者の中に数多く見てきているので、そういうアドバイスを若い人達にしておきたいと思っただけです。」

松本徹三