先回のブログで、「官僚の政治任用問題」などについて論じたWEDGEのレポートを私は高く評価しましたが、同じ4月号の「次世代ケータイが遅くて高い? 何か変だよ通信行政」と題するレポートの方は、率直に言って低い評価しか出来ませんでした。
ケータイは私の専門分野ですから、点が辛くなるのかもしれませんが、私がいつも気になるのは、このような記事の取材元が、果たして「技術的な真実」や「日本の外で起こっていること」を、取材に際して正確に伝えているのかということです。郵政省の記者クラブやNTTの「葵クラブ」が通信関係の取材元の根幹であった昔から比べれば、今は随分よくなってはいるのでしょうが、それでも限られた一握りの人たちが言っていることを、多くのレポーターは鵜呑みにしてしまっているのではないかと危惧します。
論理的に考え、きちんと数字で検証すればすぐに選り分けられる筈の「誤った情報」や「誇張された情報」が、正されないままに前提としてまかり通ってしまうのが、「権威主義的で閉鎖的な通信の世界」の特徴です。(これに比べ、インターネットの世界は、多くの人達がそれぞれに語り、しかも世界中のウェブ情報が一瞬にして入手できるので、遥かに良い状況です。)
もう十年以上も前のことになりますが、今ドコモやソフトバンクがサービスしている所謂3Gのケータイについての議論が始まった時、殆どの報道記事は、「このサービスが始まれば、全てのユーザーが384キロビットの双方向映像通信(テレビ電話)をスイスイ使えるようになる」かの如き誤解を与えました。「一つのセルの中で二人がこれをやれば、たちまち通信容量が満杯になってしまうので、実際には殆どそのようには使えない」のにです。
私がその誤解を正そうとすると、「松本さんはそう言うが、みんなはそうではないと言っていますよ」と言われたものです。「みんなって、誰ですか?」ときいても、「うーん、みんなが言っているんですから」という答しか返ってこず、まともな会話にはなりませんでした。本当は、誰か「権威のある人」が、何か舌足らずのことを言い、「みんな」がそれを盲目的に信じてしまったのです。この「権威のある人」は誰だったのでしょうか? 今からでも遅くないので、名乗り出て釈明してほしいものです。
さてWEDGEの記事にもどりますが、このレポートの論点は、要約すれば
1. ソフトバンクとイーモバイルはMVNO制度の間隙を突いて、何だかズルっぽいことをしている。(自分で設備を作ることこそが通信事業者の使命なのに、他の事業者の余っている設備を利用しようとしているのは、麻薬を吸っているのと同じだ。)
2. MVNO推進で予期せぬ結果を招いた総務省は自信を失い、1.5GHzについては、旧態依然たる「既存事業者への横並び免許供与」に逆戻りしてしまった。これにより、折角最新鋭の3.9Gの技術を使っても、周波数幅が十分でないため、高くて遅いサービスしか出来ない。
ということになると思います。
私は、1)の問題については3月6日付のブログで、2)の問題については3月10日付のブログで、それぞれに十分に反論しておりますから、繰り返して論じませんが、WEDGEの筆者には是非ともこれらのブログをお読み頂き、再反論があればアゴラに投稿して頂きたいと思います。(私は常々WEDGEを高く評価していますので、メールを送ってそのお願いをしてみようかとも思いましたが、何処にもメールアドレスが記載されておりませんでした。「成る程、世の中の印刷メディアはインターネットが嫌いなんだなあ」と妙に感心した次第です。)
私はもう十分年寄りなので、今更総務省にゴマをするつもりは毛頭ありませんが、折角総務省が正しいことをやろうとしているのに、技術や市場の現実について無知な人達が、これについて「いわれのない難癖」をつけているのは、やはり看過出来ません。
先ず、この記事には、技術問題についての相当の誤認があります。この記事の筆者、またはこの筆者が取材されたコンサルタントの方は、LTE(3.9G)は、20MHz 幅で使えば10MHz幅で使う場合と比べて10倍の「能力」が発揮できると思われているようですが、それは勿論間違っています。(正しいといわれるのなら、その根拠をシュミレーションの結果の数字で示してください。)
「LTEは、周波数幅が大きくなったときには相当の効果を発揮できるが、周波数幅が小さければ、その効果は少なくなる」というのは、その通りです。また、周波数幅が広くなれば、ピークデータレートがそれに比例して高くなるのは当然のことです。しかし、実際にユーザー価格に響いてくるのは、ピークデータレートではなく、周波数あたりの、或いは一定の設備投資金額あたりの「データスループット」であり、20MHzをまるまる使ったとしても、この数値がそんなに飛躍的に良くなるわけではありません。
それ以上に、LTEの問題点は、現時点ではデータカード(ドングル)に使えるのがやっと(電話にはまだ使えません)であり、膨大な設備投資の償却コストを、当面の数少ないデータユーザーに負担してもらおうとすれば、ユーザーにとっては極めて割高なサービスになってしまうということです。つまり、大変皮肉なことに、もしこの筆者が言われるように、総務省が2社に絞って免許を与え、設備投資義務を厳しく課したとしたら、そのワリを食って高いコストを負担しなければならなくなるのは、結局ユーザーなのです。
この記事の筆者を含め、通信関係を論じる多くの人達がいまだに理解していないのは、「普通のビジネスの常識」です。つまり、行政当局は、公正競争環境の整備(独占・寡占状況の解消)だけを徹底して行えばよく、あとは競争原理に任せておくことが、「高品質・低価格の商品やサービスをユーザーに提供する」為の、最良の方策だということです。
仮に誰かが「画期的に効率の高いラーメンの大量生産方式」を開発したとしましょうか。 この筆者が言っておられるのは、「経産省は、全てのラーメン販売業者に、この方式を使った設備への投資義務を厳しく課し、これが実行できない業者にはラーメンを販売させるべきではない」と言っているのに等しいように思えます。現実の世界では、ラーメン販売業者は、何も言われなくても、競争に打ち勝つために、それぞれのやり方でコストを切り詰め、何とかしてユーザーに評価してもらえるような最良のラーメンを作ろうとしているのです。
LTEについては、私は香港で行われたある会合で、ドコモの技術部門のトップの方が、次のように言われるのを聞きました。「ドコモは、かつて3G(WCDMA)の導入を急ぎすぎて、大きな痛手を受けた。我々はこの時に十分な学習をしたので、もう過ちは繰り返さない。LTE(海外には3.9Gなどという呼び名はありません)は、技術と市場の成熟を注意深く見極めながら、最良のタイミングで本格導入する。(それまでは試験的な小規模導入にとどめる。)」
金に糸目をつけず設備投資することで世界的に有名なドコモでさえもこうなのです。技術と市場を熟知しているKDDIもソフトバンクも、「1.5GHz免許の『横並び』は怪しからん。何としても20MHz幅をよこせ」などと総務省にねじ込んではいません。つまり、次世代ケータイは「悪平等で使えない」のではなく、「経済的に未成熟だから使えない」のです。それでも前出のコンサルタントの方は、あまり経験の無いお金持ち(そんな人は今時いないと思うのですが)に「総務省にねじ込んで、免許方針を変えさせ、20MHz幅を獲得してLTEサービスを開始すべきだ」と、本当にアドバイスをするつもりなのでしょうか?
長くなりましたが、最後にもう一言。WEDGEの記事の筆者は、「NTTは光ファイバーにかかっている原価を、決められたルールでかなり細かく開示しなければならない。移動系は原価計算の手法さえ決まっていないから…」と論じて、あたかも「移動系も早くNTTのようにしろ」と言わんとしているように見受けられますが、これも、前述と同じく、「実質独占事業者に対するルール」と「競争環境下にある事業者に対するルール」を混同しておられるからです。
NTTのアクセスラインは実質独占ですから、「原価プラス適正利潤」の計算方式を厳格に適用せねばならないのであり、これに対して、移動系は、不十分とはいえ一応競争環境下にあるので、異なったルールが適用されるのは当然のことです。一言で言えば、移動系の場合も、接続料などの「事業者間の清算勘定」に類するものについては、相手を選べない取引なので、「原価プラス適正利潤」のルール(*)を使いますが、対ユーザー価格は、ユーザーが自由に事業者を選べるわけですから、当然事業者間の値下げ競争が行われることを前提に、各事業者の自由な決定に原則的に委ねられています。また、これにより、現実に、対ユーザー価格は着実に下ってきているのも事実です。
(*この中には、独占回帰を防ぐための「非対称規制」的な配慮もちゃんと盛り込まれています。)
要するに、私がこの場を借りてもう一度声を大にして言いたいことは、通信の世界も、NTTグループの独占回帰の動きを断固として阻止して、何とかして一日も早く完全な「公正競争環境」を確立し、「普通の産業」の仲間入りをすべきだということです。
自動車産業を見てください。トヨタ、日産、ホンダの三強がしのぎを削り、他の何社かも、それぞれに自社の強い分野で競争に参加しようとしています。「どこかの誰かが自分好みのデザインの車を作って売りたいなら、トヨタは原価を明示し、それに適正利潤をのせた値段で、シャーシーやエンジンを含む車の心臓部を売らなければならない」などと主張する人は誰もいません。VMVM(Virtual Motor Vehicle Manufacturer)などというものは存在しなくても、ユーザーは特に不便は感じていないのです。それは、各メーカーが公正競争環境下にあり、それぞれに切磋琢磨して、毎日必死でユーザーに選んでもらえる車を製造し、販売しているからです。
松本徹三