政策論争なき選挙の本当の争点 - 池田信夫

池田 信夫

衆議院が解散され、事実上の選挙戦が始まりました。ところがマニフェストを比較しようとして、唖然としました。自民党のマニフェストがないのです。「来週出す」とかいっているようですが、党内でまじめに議論されている気配もない。他方、民主党のマニフェストも正式には出ていませんが、こっちは去年の参院選を基本的に踏襲する方針で、農業所得補償を1年前倒しするなど、一段とバラマキ色が強まりそうです。

政策論争なんて、どうでもいいともいえるでしょう。両党の政策は「景気対策」やら「安心対策」などの所得再分配だけで、その原資となるGDPをどうやって回復させるのかという経済成長の戦略が欠落している点で、一致しているからです。これは表現を変えると、「日本はもう成長できないから、ゼロ成長でみんな平等に貧しくなろう」という「日本をあきらめる」政策と考えることもでき、これも(意外に現実的な)選択肢でしょう。


民主党の一部には、北欧型の「高福祉・高負担」をモデルにする勢力があり、それも一つの考え方だと思います。しかしゼロ成長のまま、これ以上移転支出が膨張すると、財政と年金が破綻します。民主党は「無駄づかいの削減」を掲げていますが、最大の無駄づかいは公務員の余剰人員だから、官公労を基盤にする彼らに本当に実行できるのか、はなはだ疑問です。

もっと根本的なのは、ゼロ成長のまま再分配だけで幸福になれるか、という問題です。幸福(welfare)を富(wealth)と同一視する経済学の功利主義には問題があり、「富とは違う幸福を追求しよう」という目標を掲げることは、意味のある政策です。しかし現在の両党は、そういう覚悟があって座標軸の転換をしようとしているのではなく、戦後ずっと続いてきた(そしてすでに破綻した)「再分配の政治」を漫然と延長しているだけです。

ここまで財政のひずみが蓄積した状況では、それを削減して「小さな政府」に戻すか、国民負担を平準化して低成長を甘受する「大きな政府」か、という論争が重要です。世界的にみても、二大政党の政策論争というのはそういう形でしか成り立っていない。日本も、あと2、3回選挙して政界が再編されれば、そういう対立軸になるでしょうが、このまま日本経済が10年もつでしょうか。

日本には、黒船とか敗戦のような壊滅的な危機に直面すると、すぐれた指導者が出てきて思い切った改革をする「火事場の馬鹿力」があるので、一度「焼け跡」になったほうがいいのかもしれない。その意味では、今回の選挙で両党が一致して出している「ゆで蛙」路線は、たぶん最悪の選択でしょう。日本の本当のリーダーは、まだ現れていないのだと思います。

コメント

  1. dokodooor より:

    直感的なコメントになってしまいますが、今の政治家を見回してみて「本当のリーダー」は見あたらないというのは正しいと思います。

    新しい経済原理(ウィキノミクス)が働きはじめ、米国を先頭に世界が革新し続けている中で、この国のギャップはますます危機的な域に近づいている気がします。

    各政党の幼稚な混乱ぶりを見るに付け、彼らがセピア色になっていくのがまさに目に見えるようです。

  2. satahiro1 より:

    当地では与・野党の大物議員である代議士が比例区に回ると表明した後、雨後のタケノコのようにわれもわれもと出馬表明してきた。
    元市長であったり、元県議、タレントも出馬すると言う。

    この「与・野党の大物議員」は40年近くにわたり権力の中枢にありこの地に多大なバラマキをもたらしてくれた。
    晩年になりその「パイプ」が細ったことは明らかだが、私たちは大いに恩恵を受けた。

    県政界や業界団体、他団体も彼を中心に回ってきたが変化が見えてきた。
    彼の後釜を狙う者達は40代半ばの働き盛りだ。
    まだ彼らは海の者とも山の者とも分からないが、プリンシパルの私達にとりエージェントとしての働きが悪ければ他の者に差し替えるまでだ。
    また、代議士の座を狙う、有能な者が続々と出てくることだろう。

    私はこれまで続いた「55年体制」は終わり、私達が政治家と言うエージェントから本質的なサービスを受けられるようになると考えている。
    今後私達は、目の肥えたプリンシパルとしてうるさく彼らの働きを監視せねばならない。

    そしてバラマキに目をくらまされると言う、さもしい態度を厳に慎まなければならない。
     

  3. courante1 より:

    ご指摘のように、「幸福(welfare)を富(wealth)と同一視する」ことを問い直してもよい時期だと思います。

    絶対的に物資が欠乏している時代ならば同一視には合理性があります。しかし日本は、少なくとも平均的にはそのような状況ではなく、合理性が十分あるとはいえないと思います。

    個人の問題と捉えられ勝ちですが、政治の目標のひとつとして追求しようという考えにはたいへん興味があります。

  4. 松本徹三 より:

    今回の選挙はバラマキ(A)党とバラマキ(B)党の争いですから、どちらが勝っても大きな違いはないでしょうが、「それなら民主党が勝ったほうが少なくとも変化があって面白かろう」と思っている人は結構多いのではないでしょうか? この人たちに「無邪気な民主党信奉者」や「どちらかといえば民主党かなあと考えている人たち」を加えると相当数になりますから、今回の選挙は相当の差をつけておそらく民主党が勝つでしょう。
    問題はその後です。そもそも現在の大きな流れが生まれた最初の原因は、安倍元首相の判断による「郵政造反派の復党」だったと思うので、「心の中では小泉改革には反対だった人たち(麻生首相はついついそれを口にしてしまいました)」と「小泉改革が正しかったと今でも思っている人たち」を包含している自民党が、選挙での敗北を機に分裂することは、あってもおかしくないし、むしろあるべきだと思います。
    一部の人たちは権力を求めて民主党にすりより、一部の人たちはもう少しメリハリの利いた政策論争を挑むでしょう。そうなると、新たな合従連合も起こるかも知れず、政治がもう少しわかりやすいものになるでしょう。とりあえずはそれに期待しておきたいと思います。