処刑の方法 - 岡田克敏

岡田 克敏

 7月15日のSearchinaによると、08年に全世界で執行された死刑は少なくとも2390件。中国では少なくとも1718件で、全世界の約4分の3とみられている。中国の死刑は銃殺刑が多かったが、北京や上海など大都市から薬物注射に切り替えられつつあり、費用は約300元で、納税者の負担を低減できる、とされています。

 また6月16日のAFPは次のように伝えています。
「中国の国営英字紙チャイナ・デーリーは16日、北京市が年内に死刑執行方法を銃殺から薬物注射に切り替えると伝えた」
「最高人民法院(最高裁)調査局のHu Yunteng局長は、チャイナ・デーリーに対し、薬物注射が銃殺よりも清潔で安全、便利だと語った」


 同日の産経WEB版には、司法専門家は「(銃殺から注射への移行は)社会の進歩だ」と指摘した、とあります。中国の銃殺は映画などでよく出てくるような前からの一斉射撃ではなく、後ろから頭部または胸部を撃つものだそうです。

 薬殺の長所が「清潔で安全、便利、安価」という説明には少し驚きますが、まあお国柄の違いなのでしょう。米国では絞首刑が残虐であるとして廃止され、死刑制度のあるほとんどの州では薬殺または薬殺が選択可能となっているそうです。まず鎮静剤で意識を失わせ、次に筋弛緩剤で体をマヒさせ、最後に心臓を停止させる、という3段階の方法が正常に行われるならば苦痛なく死に至るとされています(中国でも麻酔によって意識のない状態で執行されるため従来の銃殺と比べ、苦痛は格段に少ないとされています)。

 日本では憲法第三十六条に「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」とありますから、絞首刑は残虐な刑罰ではないという解釈です。憲法に「絶対」という修飾語は他になく、なんとなく違和感がありますが、よほど強調したかったのでしょう。

 かつてギロチンは苦痛をできるだけ与えない人道的な装置とされていましたが、現在それを人道的と考える人は少ないと思われます。何が残虐かは相対的なものです。たしかに絞首刑は、古来の火あぶりや釜ゆで、イランの石打刑、サウジの斬首刑よりは残虐でないといえるでしょう。しかし薬殺が米国だけでなく、死刑大国の中国まで採用され主流となると、はたして絞首刑は残虐でないと言えるでしょうか。

 日本では死刑を廃止するか存置するかの議論が盛んですが、死刑の方法についてはあまり議論されることはありません。抽象的な存廃論議だけでなく、死刑に関する現実的・具体的な議論がなされてもよいと思います。薬殺の導入、死刑方法を選択可能にすること、などが議論されてもよいのではないでしょうか。

 残虐な犯罪が大々的に報道されるたびに死刑存置論の強まる傾向が見られますが、死刑を廃止する国が多数を占めるに至った現在、この傾向は気になります。わが国のメディアの報復感情を重視した報道姿勢と死刑存置論の増加が無関係ではないと、私には思えます。

 死刑を存続している国が少数となっているなかで、死刑大国である中国が薬殺を採用するとなると、絞首刑を続ける日本は世界の流れから取り残され、存置国の中の少数派になりかねません。

 6月16日前後のグーグル検索では、上記の記事を掲載しているのはAFPと産経だけで、他に取上げているメディアはなく、メディアの関心の低さを表しているようです。メディアは存廃の抽象論だけでなく、より現実的な議論にも関心を持ってもよいのではないでしょうか。並みの殺人事件や事故よりも重要であり、少なくとも無視すべきものではないと思います。

コメント

  1. hogeihantai より:

    著しい苦痛を与える死が悪であれば、不治の死に到る病を患い時には数年に及ぶ耐え難い痛みに苦しむ患者が安楽死出来ないのは何故でしょう。欧米では自殺、自殺幇助はキリスト教の死生観から長く否定されて来ましたが、日本では即身仏のように宗教的にも肯定されている。

    日本でこそ尊厳死や安楽死はもっと議論され受け入れられるべきだ。病苦に苦しみ、安楽死を望む人は死刑囚の数百倍いるはずだ。終末医療に費やされる巨額の費用はもっと有効に使う場所があるはずで、尊厳死、安楽死は経済的にも理にかなっている。

  2. courante1 より:

    おっしゃる通り、安楽死は遥かに影響の大きい問題です。オランダ、ベルギー、スイスでは宗教の影響が強い社会であるにもかかわらず、実現しています。オランダ、スイスでは精神的理由による安楽死まで認められています。

     宗教の影響が弱い日本で実現されていないことは不思議です。記憶によるものですが、十数年前に行われた政府の調査で安楽死に否定的な意見が多かったということが導入反対の論拠とされているようです。また周囲のものが安楽死を強要するという可能性も指摘されています。

     しかしこれらは導入を否定するに十分な理由になるとは思えません。死に直面して安楽死を望む人は多い筈ですが、一向に気運が出てこないのはメディアの冷淡さにも関係があると思います。医師による安楽死事件が起きたときだけ騒ぎますが、すぐに忘れていまいます。次は拙文ですがよろしければご参考にhttp://homepage2.nifty.com/kamitsuki/08A/oranda-nihon-chigai.htm
    岡田克敏

  3. 松本徹三 より:

    最近、臓器移植の問題に関連して「脳死」についての議論が盛り上がりましたが、その後はほとんど議論がありません。法律の制定が著しく遅れたために、臓器移植を受けられず死んでいった人たちが多いのに、法律制定の遅れに対する責任の追及も十分でなかったように思います。
    ご指摘のとおり、「安楽死」の問題も議論が不十分であり、今回提起された「死刑の方法」の問題も同じ、政治家の得票やマスコミの視聴率増加につながらないような問題はとにかく「先送り」ばかりです。確実にいえるのは日本が「先送り大国」だということだけでしょうか。
    ところで、日本には「尊厳死協会」という立派な団体があり、有益な活動をしておられます。私はパンフレットを見てすぐに加入しようと思ったのですが、毎年会費がかかるので、「もう少し死にそうになってからにしよう」とセコいことを考えて、そのままにしておりました。しかし、この会費は啓蒙活動の拡大につながるはずですから、考え直してすぐに加入しようと思います。

  4. courante1 より:

    ご意見、ありがとうございます。
    日本安楽死協会は日本尊厳死協会へと改称されましたが、そこには安楽死という言葉が必ずしも受け入れられるものではないという事情があったように思います。

    よど号ハイジャック事件では「命は地球より重い」として他国に批判された超法規措置がとられました。命に関してはその議論さえ許されない風潮が日本にはあると思います。命に関する建前論と言ってもよいでしょうか。

    ご指摘の「先送り」体質とともにこのような日本の風潮が議論を遠ざけているように思います。
    また拙論でお恥ずかしいのですが、ご参考までに。
    http://homepage2.nifty.com/kamitsuki/08A/ALS-enmeisochi.htm
    岡田克敏

  5. https://me.yahoo.co.jp/a/u540mrdbVIb5etvNTFCFUJ40iuo-#576de より:

    まずは次の記事をご覧下さい。
    ニュースサイトなのでリンクはすぐ切れてしまうかも知れませんが。
    http://mainichi.jp/select/world/europe/news/20091026k0000m030089000c.html

    どうも薬物注射による死刑執行も、万全では無さそうですね。
    死刑執行に失敗したら、つまり死刑という行為を行っても受刑者を死に至らしめることができなかったら、そこで執行そのものが停止(というか執行したのだから、それで終わりという解釈を)する事は日本でも有ったと思います。

    それでも、岡田さんの主張そのものは正しいと思いますが…

  6. bobby2009 より:

    >薬殺の長所が「清潔で安全、便利、安価」という説明には少し驚きますが

    私のお客がたくさんいる中国華南の東莞市で、お客様からの又聞きで恐縮ですが、死刑(銃殺)は公開で、なおかつ近隣の住民を集めて行われたそうです。そういう意味では、死刑が非公開の薬殺に変わる事は、西欧的な価値観からみて文化的な「進歩」と言えるのかもしれません。