金融危機は「ブラック・スワン」である - 池田信夫

「旧リフレ派」はまだ成仏してないようで、「白川総裁が池田信夫になった」などと騒いでいます。クルーグマンがいったとかマンキューがいったとかいうのはどうでもいい話で、そもそも日銀がインフレ目標を設定すれば自由自在にインフレを起こせるという前提が間違っているのに、いつまでたってもこういう権威主義的な議論しかできない。


池尾さんも私も、自然利子率がマイナスになっているとき、日銀がインフレ期待をコントロールしてマイルドなインフレを起こすことができれば望ましいという点は否定していません。問題はそれができるのか、ということです。クルーグマンも認めたように、ゼロ金利では買いオペは「10ドル札を1ドル札10枚で買う」ようなもので、何の効果もない。インフレを起こす手段をもたない日銀が「インフレにするぞ」と宣言して、信用する人がいるのか。

日銀がすべての有価証券を買うことによって長期金利もゼロにすることは可能ですが、これはリフレではなく一種の財政政策です。日銀もCPを買うなど、少しそういう政策を試みましたが、大した効果はなかった。バーナンキでさえ、リフレ派が賞賛するFRBの「大胆な政策」のリスクを意識して「出口政策」に言及するようになりました。

9年ぐらい前を思い出すと、当時はITバブルの崩壊で金融緩和が求められ、FRBはFF金利を大幅に下げました。グリーンスパンも、日本のようなデフレに陥ることをもっとも恐れた、と回顧録に書いています。このときも「不況期にインフレを心配する必要はないからもっと大胆に緩和しろ」という批判があり、その急先鋒だったバーナンキがFRB理事になった2002年から、さらに1%まで下げました。この異常な金融緩和が今回の金融危機をまねいたことは、ロゴフも指摘する通りです。

つまりITバブルは去ったが、同時に住宅バブルが生まれていたのです。これは1980年代の「円高不況」のとき、日銀の行なった利下げが不動産バブルを生んだのと同じです。バブルはつねにブラック・スワンであり、既存のフレームの中では不況でも、別のフレームでバブルが生まれている、という事態は珍しくない。2000年代の初めにも量的緩和がキャリー取引をまねいたとされる日銀が、予想外の事態を心配して慎重になるのは当然です。

それに欧米のように資本注入していないのだから、日銀のバランスシートがそれほどふくらむわけもない。ところが浜田宏一氏などは、今月の『VOICE』で、マネタリーベースだけを見て「日本の通貨供給は欧米ほど増えていない。もっと増やせ」と要求する。彼らの脳内には

  1. 経済問題はすべてマクロ指標で表現されている

  2. マクロ指標は政府や日銀が自由にコントロールできる
  3. よって日銀が通貨を無限に供給すれば、すべての経済問題は解決する

という三段論法があるのでしょう。こんな論理が2000年代初頭の経験で反証されたのは明らかなのに、「あれは日銀の緩和が足りなかったからだ」と言い張る。タレブもいうように、経済学者に必要なのは、経済学がきわめて不完全な学問であり、それによって理解できない現象がたくさんあるという無知の知だと思います。

コメント

  1. kazikeo より:

    日経新聞(8月2日)に私が『ブラック・スワン』の書評を書いたときに、当初の中見出しの候補は、

    「無知」の自覚を促す上質の読み物

    だったのだけれども、金融という言葉をとりたいとかで、最終的には、

    金融の安直なリスク管理に警鐘

    になっちゃんですよね。
    --池尾

  2. 池田信夫 より:

    最近の研究では「高橋財政はリフレだった」という岩田氏の研究も間違いだったとされているようですね。それにしても、「ゾンビ状態」になったリフレ派の粘着ぶりにはうんざりします。

    クルーグマンの仮説は、10年前には意味があったけど、理論的に矛盾しているし、実際にも量的緩和でインフレは起こらなかった。今回もFRBの超緩和政策にもかかわらず、インフレは起こっていない。これによって仮説は反証されたのだから、普通の科学的な手続きでは、そこで議論は終わりです。

    間違った仮説をとなえることは恥ではない。それが事実にあわなければ、仮説を訂正して建設的な議論をすればいいのに、いつまでも間違いを認めないで「**先生はリフレを唱えている」などと反論にもならない反論を繰り返す。こういうのを見ていると、経済学は科学じゃないんだな、とあらためて実感します。