スパコン保護政策がIT業界をだめにする - 池田信夫

池田 信夫

読者に誤解を与えるといけないのでお断りしておくと、きのう西さんと私は論争したわけではなく、基本的な意見は一致しました。私がブログ記事で問題にしたのは、スパコン自体の是非ではなく、その調達方法です。早い話が、もし国際入札で富士通のスパコンが選ばれていれば、何の問題もない。ところが西さんの説明でも、富士通の設計(SPARC64の超並列化)では300億円以下のコストしかかからない。それがなぜ1230億円になるのか。ここが問題です。


先週発表されたスパコンのTOP500では、クレイの「ジャガーXT5」が第1位になりましたが、その性能は1.7PFLOPSで価格は1990万ドル(約18億円)。これはアップグレードなので、総コストは50億円程度と推定されます。ここからTFLOPS単価を計算すると、300万円程度。10PFLOPS機なら300億円以下で調達できるはずです。

このスパコンの話題は、きのうの慶応のシンポジウムでも出て、佐々木俊尚さんは「役所がITゼネコンに食い物にされている」と批判し、岸博幸さんも「役所の担当者がものを知らないからぼったくられる」と言っていました。私が批判したのも、メーカーの社員が理研のプロジェクトリーダーになって自社の製品を調達する、明白な利益相反です。これは民間企業でも許されない。

このように無知な官僚に業者が食い込み、随意契約で暴利をむさぼるITゼネコン構造が政官業の癒着を生み、結果的には佐々木さんもいうように、日本のITの国際競争力をだめにしたのです。きのうも西さんと一緒に話を聞いた日本の通信学界の大御所の言葉によれば、日本のITは「産学ともに壊滅状態」です。これは日本経済が今後、立ち直る上でも深刻な問題で、日本にはもうリーディング産業がないのです。

ところが民主党政権の出してくる政策は、返済猶予法案のような温情主義ばかり。このように特定の業者を税金で救済したり育成したりする政策が、結果的にはITゼネコンのような「甘え」を生んで企業をだめにするということがわかっていない。きのうのシンポジウムでも、出席者全員の意見が一致したのは、「国産品調達」とか「日の丸技術育成」などの裁量的なターゲティング政策はやめるべきだということでした。

かつて日本のスパコンは、アメリカよりも性能がいいにもかかわらず米政府の入札から「国防上の理由」とやらで排除されました。そうして保護されたクレイ社は経営が破綻し、SGIに買収されました(現在のクレイ社はその後、売却されたもの)。政府の保護によって産業を育成することはできないしイノベーションも生まれないことは、スパコンの歴史が証明しているのです。

私は、スパコンそのものに反対しているわけではない。理研の研究に必要なら、国際入札をやり直し、同じスペックでIBMやクレイと競争すればよいのです。富士通に国際競争力があれば、300億円以下で落札できるでしょう。そうして世界に通用するコストで製品開発できない限り、日本のIT産業に未来はない。

コメント

  1. eco_and_sport より:

    「ところが西さんの説明でも、富士通の設計(SPARC64の超並列化)では300億円以下のコストしかかからない。それがなぜ1230億円になるのか。ここが問題です。」

    問題だと思います。また記事全体の内容についても同感です。
    ただ第一の課題(解決すべき問題、アジェンダ)は、スパコンの研究開発の問題であり、コストの問題は、国と民間との間の価格交渉力の問題であり、分けて考えるべきではないでしょうか。

    国と民間との間の価格交渉力の問題は、スパコンに限らず、他でも見られる事象です。適正価格で交渉できるよう、別の問題として課題にすべきだと思います。

  2. papas901 より:

    クレイ社の破綻の行ですが・・・Cray Research社は経営破綻しておりません。1996年2月に潤沢な現金(数百M$)と多量の受注残(数十大規模)を持ちながら、大株主らに突然、SGI社へ身売りさせられてしまったのでした。理由はその後も不明でした。身売りをお膳立てした当時のCEOは10M$程のボーナスをもらって早々に引退したとの噂です。
    その後、開発中のStarFireがサンに売られ、大ヒット商品(Sun Etnerprise 10000)となった事はご存知の事かと。
    おそらくこのような史実は伝えられていないかと思います。

    尚、シーモア・クレイ氏のスピンアウトしたCray Computer社は1995年に破綻しています。その後、SRC社として復興を図り、現在も存続しています。

    以上です。失礼しました。