★★★★☆ (評者)池田信夫
「亡国農政」の終焉 (ベスト新書)
著者:山下 一仁
販売元:ベストセラーズ
発売日:2009-11-07
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著者は、かつて農水省の官僚としてWTO交渉にあたり、その経験から農業の自由化は不可避だと考えて農家への直接支払いを提案した。これはWTO(世界貿易機関)が各国に勧告し、EU(欧州連合)が実施してきた政策である。そのメリットは、経済学の初等的な理論で説明できる。農家の所得を保証するために関税などで価格支持すると、消費者は高い農産物を買わされるが、関税をやめて農家に損失を補償すれば、農家の所得は変わらないで消費者は安い農産物を買うことができる。
この政策は農産物の自由化が避けられないと考えた農水省の改革派が進めたのだが、結果的には挫折した。このように農協を「中抜き」して農家に直接所得補償すると、戦後の農業と農政を支配してきた農協の基盤が崩壊するからだ。しかしこの点に目をつけたのが、小沢一郎氏だった。民主党は、減反をやめて農業補助金を廃止すると同時に、中核農家への所得補償に切り替えるという「山下理論」を掲げて、自民党の最大の集票基盤である農協の切り崩しをねらったのだ。
しかし2004年の参議院選挙では、民主党のマニフェストから「中核農家」という言葉がはずれ、兼業農家にも無差別にばらまく政策に変質してしまった。それでも今年の総選挙の前のマニフェストには、日米FTA(自由貿易協定)を締結する代わりに所得補償するという戦略があったが、これも農業団体の圧力で鳩山由紀夫代表(当時)が取り下げてしまい、農業所得補償は来年度6000億円のバラマキとして財政を圧迫するだけの政策になってしまった。
本書で興味あるのは、松岡利勝・元農水相の自殺についてのエピソードである。一般には、彼の収賄事件について検察が捜査を開始し、政治資金をめぐって「なんとか還元水」などの答弁で窮地に追い込まれたことが原因とされているが、著者は別の解釈をしている。当時、安倍首相の特命で、松岡は「Vプラン」とよばれる農政の抜本改革を立案していた。これは関税を大幅に下げる代わりに、義務づけられているミニマムアクセス米の輸入をやめ、減反を廃止して農業を自由貿易体制に変えようとするものだった。
しかしこの提案は、自民党農水族と農水省官僚と農協という農政トライアングルの壁にはばまれ、首相の期待とトライアングルの抵抗の板挟みになった松岡はみずから命を絶った。一般には補助金を脅し取る最悪の「ベトコン議員」と見られていた松岡も、自分の政治的基盤である農業が崩壊するという危機感を持っていた――というのが著者の推測だ。それを裏づける証拠があるわけではないが、晩年の松岡が改革を模索していたことは事実らしい。
このように農業は自民党政治と骨がらみになって、自立できない産業を巨額の補助金で支える官民癒着の構造が続いてきた。政権交代は、これを変える大きなチャンスだったはずだが、前述のように民主党は「山下理論」を骨抜きにしてしまった。このままでは、民主党の農政も破綻するだろう。
なお、本書で一貫してmanifestoを「マニュフェスト」と表記しているのは気になるので、重版では修正したほうがいいだろう。
コメント
ネット上では、松岡元農相の死が農政との絡みということは当初から話題になり、既知の事実として語られていました。安倍政権のブレーン、日本政策研究センターの伊藤所長も松岡大臣の農政改革に強い支持をしていました。
私は自由化こそが、日本の農業の発展につながると考えております。
日本の農作物は輸出できると考えています。特に日本食がブームの中国にです。中国では安全なメイド・イン・ジャパン食品の人気は高く、高くても安全な日本産食品を購入するといった記述が甘苦上海にありました。
またドイツで日本食レストラン経営していた方の話しでも、米や味噌代替えがは難しいと語っていました。そのように海外での需要はかなり多いと思います。
国内需要と輸出で国内総消費の7割程度はまかえる体制は必要ではないかと思います。
なぜなら、食料の輸入が困難になり(核汚染や環境異変、政情不安など)、食料が輸入出来なくなる事態が起きた場合、腹八分目に一分足らない程度であれば、我慢がききそうだからです。
エネルギーの代替えはききますが、食料の代替えはききません。
中川信博