ホンコンで天下一武道会 - 矢澤豊

矢澤 豊

最近の小谷さんや松本さんのエントリーに刺激され、私も少々私的なことを書かさせていただきます。


昨年末以来の金融危機は日本では「リーマンショック」と呼ばれているようですが、当地香港では「金融海嘯」、つまり金融津波と呼ばれていました。私もあっけなくこれにのみ込まれ、浅はかにも「これが私のキャリアのラスト・ステージ」などと期待していた某米系大手投資顧問会社のアジア・太平洋担当社内弁護士の地位を「ゴメンナサイ」されてしまいました。去年のクリスマス前のことです。

先日の六本木アカデミーヒルズでの講演(*1)でもお話しさせていただいたのですが、どうも私の人生、安易な道に入って「楽をしよう」とするたびに、ものの見事にしっぺ返しをくらうことの連続です。誰か雲の上で見ている人でもいるのでしょうか。

以来、片手間にいくつかの単発プロジェクト・ベースのコンサルタント業務をアルバイトのタネにしながら、豚インフルエンザのおかげで小学校が三ヶ月近くも丸々夏休みになってしまったセガレといっしょに香港の離島のビーチでたわむれたり、今まで忙しさにかまけて一向に上達しなかった中国語学習に改めてマジメに取り組んだり、(アゴラに寄稿したり...)しながら時を過ごし、悠々自適の太公望をきどっていました。

ところがこの年末が視界に入ってきた時点で、今まで散発的だったコンサル業にクライアントが降ってわいてきてしまい、ありがたいことにやたらと忙しくなってきたのです。

別にこれ以前も、アルバイトだからといって営業努力を怠っていたわけではないのですが、時の流れというのは不思議なものです。誰か雲の上で右往左往する私を肴に笑っている人でもいるのでしょうか。

お客さんは香港ベースのファンドや香港をアジアHQとする銀行など金融機関。早い話が金融危機で「まず手始めに法律家どもを血祭りにあげよう!」(*2)を地でいって、

「社内弁護士やバックオフィスのクビ を切ってしまったのだが、最近になってディールが戻ってきてテンテコマイ」

といった各社から法務部業務のアウトソースをうける形です。

かかる次第で、とりあえずこうしたコンサル業務を専門に引き受けるコンサルタント会社を設立しました。社名はアシモフのSF小説(*3)から拝借して、Foundation Advisers Limited。中国名を基石咨詢顧問有限公司と申します。

会社設立後の仕事始めは、香港とシンガポールの俊英たち率いるプライヴェート・エクイティー・ファンドのお手伝いで、アメリカさんの投資資金を香港に集め、私が英米系法律/会計事務所の手綱をとりつつストラクチャーに関する助言を行い、中国政府の西部開発計画の尻馬に乗った案件に資金投下するという、いかにも「ご時勢」なお話。このプロジェクトにおける日本的要素は私の存在のみというのも「ご時勢」なことかもしれません。なんだか勝手に「日本代表」。「ジャパン」な気分です。

そこで思ったのですが、この私を取り巻く今の状態はまるでドラゴン・ボールの「天下一武道会」の金融版みたいです。(この表現は約80%の香港人が理解してくれます。ただし「天下一武術大會」と書き、普通話でしたら「てぃんしゃいーうーしゅーだーほい」と言ってください。あまり発音に自信ありませんが。)

国際金融都市としての香港は、やはり昨年の危機勃発以来、かなりキビシイ状況が続いています。私の身の回りもこの一年間サヨナラ・パーティーの連続。リングを去る人も多いですが、

「いまさらここよりヒドいイギリスなんかに帰れるかよ...」

と、土俵に残る外人勢も少なくありません。中には私が、

「今度会社作ったんだけど...」

とコンタクトをとると、

「あぁ、オレも会社作った。」

と逆営業されてしまうケースもあります。みなさんそれぞれにしのぎを削っておられるようです。

こんな「選手」たちが自らの意志で集まる場所を「国際金融センター」と言うのでしょう。(もっとも香港は「パパイヤ島」というよりは、「マンゴー島」なのですが。)

私も、もう迷わないはずの不惑四十に手が届きそうな年になって、にわかに社長業をやることになろうとは思ってもみませんでした。しかし最近、イタリアのジュゼッペ・トマージ・ディ・ランペドゥーサの小説、「山猫(Il gattopardo)」(*4)の名セリフをよく思い出しています。19世紀中葉、落日の両シチリア王国にあって時代の趨勢に無気力なサリーナ公爵ことドン・ファブリツィオに向かい、ガリバルディ率いるイタリア統一運動に身を投じた甥のタンクレディがこう言います。

「もし同じでありつづけたいのであれば、変わらなければいけない。」(*5)

*1 こちらをご参照ください。
*2 ”The first thing we do, let’s kill all the lawyers.” シェークスピア、ヘンリー6世 第二部 第四幕
*3 アシモフの「Foundation Series」は日本では「銀河帝国の興亡」
という題で翻訳されているそうです。詳細はコチラ
*4 英語の題名は「Leopard」。これを「山猫」とすると、なんとなくイーハトーブな気がしてしまうのは私だけでしょうか。なおこの小説をルキノ・ヴィスコンティが映画化したのは1963年。サリーナ公爵はバート・ランカスター、タンクレディは若き日のアラン・ドロンが演じていました。
*5 ”Se vogliamo che tutto rimanga come ���, bisogna che tutto cambi!”もしくは”If we want things to stay as they are, things will have to change.” アゴラの以前の記事で、池田さんが「ハートの女王」の話をしておられましたが、ヨーロッパ圏でしたら、こちらの方が通じます。