日本に懐疑的であった欧州の環境保護派からも大歓迎された鳩山首相の「温暖化ガス25%削減」宣言でしたが、その後一向に具体策が出てこない事が不安でなりません。
高度な国際政治協定である「京都議定書」は、COP15で修正される可能性も多いにあり、今の時点で性急な結論を出す事は避けるべきでしょうが、仮に日本が目標を達成出来なかった場合の打撃を考えると、約束期間に突入した現在でも対策が全く進んでいない現状は、大変気になります。
このまま推移すると、目標を達成する為に7000億円以上、試算によっては5兆円以上の排出権の購入を迫られるという指摘もあります。
(企業努力もあり、産業界の排出量は減少傾向も見えて来ましたが、自家用乗用車の排出量は逆に著しく増加し、日本の総排出量の16%以上を占める事となりました。この現実を見ると、高速道路の無料化政策などは、「借金コンクリート化した窮乏財政」への打撃のみでなく、環境浄化に逆行する「非倫理的政策」として強く非難されるべきでしょう。)
日本の財政規律の崩壊は、1965年の臨時特別措置で、1回限りの赤字国債の発行に踏み切った時に始まり、現在債務残高は864兆5226億円まで膨張し、対GDP比ではアフリカの最貧国ジンバブエに次ぐ「ビリから2番目」に身を落としてしまうまでになりました。更に加えて、鳩山演説を実行する為に国際削減枠取引に手を出すとすれば、これはもう、とんでもない話です。
しかし、批判ばかり繰り返しても意味がありません。そこで、議定書締結国の中で唯一日本にだけ全量認められた「森林吸収枠」とODAを噛み合わせた、画期的な「温暖化ガス削減対策」を、私はここで提案したいと思います。
議定書で日本に割り当てられた削減枠6%(7,410万トン)の中で、最も高い削減枠(3.9%=800万トン)が「適切な森林管理(植栽、下刈り,除伐、間伐など)」を前提とした森林吸収です。しかし、この特権も、このままでは達成出来る見込みは薄いと考えられています。その最大の理由は、日本全国の総森林面積の13.3%に当る330万ヘクタールで実施しなければならない「間伐を始めとする森林管理」に要する人手が確保できないことです。
針葉人工樹林が大半を占める日本の森林は、適切な管理が特に重要だと言われています。これを怠ると,吸収能力が低下するだけでなく、治水、水質保全が危うくなるのは勿論、花粉症やアレルギー症の拡大により、日本全体の生産性の低下や医療費の増大をももたらすことになりかねません。
戦後の住宅不足解消に大活躍した日本の針葉樹林は、その後開発された安価で丈夫な合板には適さず、そのまま放置されました。そして、フィリピン・ラワンの巨木が日本の合板産業と住宅需要を支えた時代が続きました。(そのラワン材が払底すると、日本は原木調達を他国に移し、フィリピンには禿山と洪水だけが残された歴史も忘れるべきではありません。)
話は飛びますが、事業仕分け論議を通じて、「日本の海外援助方式の抜本改革の必要性」が論議されたようです。私も援助方式の見直しには大賛成です。
無償資金協力の10年度概算要求で、1,572億円の巨費を要求した外務省は、「これ以上の減額は日本の影響力低下につながりかねない」と主張したと聞いていますが、巨額な無償資金協力の主要供与相手国が、イラク、タンザニア、マラウイ、マダガスカル等の諸国だと知り、私は開いた口が閉まりませんでした。日本と無縁なこれら諸国への援助は、日本が世界で第二位の国連分担金を負担するだけで充分果しているというのが私の考えだからです。
日本にはJICAという便利な組織があります。この際、先ずはこのJICAを外務省中心の運営からNGOやNPO中心の運営に全面改組し、その上で、現在計画されているODA拠出の相当部分を、これまでの「相手国政府の腐敗を生みかねない箱物援助」から、「日本と相手国のNGO、NPO組織が協議をしながら進める『人への援助』」に切り替えたらどうでしょうか? まさに「コンクリートから人へ」の転換になるのではないでしょうか?
JICAが海外に派遣した「青年海外協力隊」の累計隊員数は、これまでに3万2千名を超え、現在派遣中の隊員だけでも2400名に上ります。このことはこのことで大変結構なのですが、今回のODAの事業仕分けを良い機会として、この種の協力も、「日本の青年男女の派遣」という一方方向だけではなく、「相手国の青年男女の迎え入れ」も含めた双方向方式へと切り替えるべきです。
外務省だけで全国に11箇所を数える研修設備があり、これに農水省、国交省,文科省の持つ同種施設やそれぞれの省の付属学校を併せると、日本全国には、海外研修生の訓練に使える有り余るほどの施設があります。
更に加えて、日本の各地に散らばる小規模産業向けの実習教育施設は、少子化や産業構造の変化の影響を受けて、現在では余剰傾向にあると聞いています。施設だけでなく、経験豊富な熟練者も各地に数多く居り、指導者にも事欠かないことを考えると、これらをフルに活用することが、「真に意義のある海外援助」と「地方の活性化」を同時に実現する画期的な施策へとつながるのではないかと思います。
時あたかも、日本は「温暖化ガス削減」という急を要する問題を抱えています。隣国のフィリピンから、今すぐにでも1000人レベルの青年男女を受け入れ、日本の技術者の指導の下で、長年放置されてきた針葉樹林の整備に従事してもらえばどうでしょうか?
彼等が帰国後、日本で習得した技術を使い、報酬として受け取ったお金を元手にして、自国の森林整備にも従事すれば、このプロジェクトは、日本の緊急課題を効率的に解決するのみならず、かつての乱伐で禿山と洪水を残してしまったフィリピンに対する「日本からの償い」にもなり、将来の世代にまで受け継がれる「日比友好」の強固な基盤にもなるでしょう。
日米関係では、今盛んに「対等な関係づくり」が強調されていますが、「対等な関係」が必要なのは、日米間だけとは限りません。私のこの提案は、日本と発展途上国との「地位協定」の見直しであるとも私は考えています。「対等の関係」とは「相互が必要とする物を、相互に供給できる関係」だと考える私は、従来の「援助国と被援助国」の関係、「先進国と発展途上国」の関係を、「相互依存の関係」に切り替えたいのです。
このプロジェクトがもし実現すれば、共に「森林の荒廃」という共通点を持ちながら、片や「労働力不足」、片や「資金と技術の不足」という「全く相反する原因」を抱える日比両国の難問を同時に解決する、象徴的な「相互補完」の協力プロジェクトの第1号として、世界の歴史に残ることになるでしょう。
日本の高度成長政策の理論的支柱であった下村治博士の次席として活躍された佐貫利雄博士は、こう言っておられます。
「海外からの研修生のボーナスは天引き預金して、帰国の際、母国の飛行場で預金通帳を渡せば、帰国後の起業資金程度の金額になり、下手な海外援助より遥かに被援助国の国益に資するはずだ。又、日本の進出企業が研修生を優先的に採用する慣行ができれば、日本の評価は更に高まるだろう。」
COP15に出席する鳩山首相に、温暖化対策を通じて発展途上国との融和を図る具体策の一つとして、この様なアイデアも是非とも検討して頂ければ、私としては誠に本望です。
ニューヨークにて 北村隆司