★★★☆☆(評者)池田信夫
著者:ジョセフ・E・スティグリッツ
販売元:徳間書店
発売日:2010-02-19
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著者はノーベル賞を受賞した大学者だが、最近はコメンテーターとしても活躍し、毎年のように時事的な本を出している。最初の本はまだ新鮮味があったが、その後は繰り返しが多く、本書もその例にもれない。2008年の金融危機についての分析もありきたりで、その種の本を読んだ読者が本書を読む意味はあまりない。「保守派の強欲」や「ブッシュ政権の略奪」を批判する党派的なバイアスが強くてうんざりする。
著者の立場は、市場は失敗するので政府が介入しろという「ケインズ派」だが、市場の失敗があるのと同様に政府の失敗もある。つねに後者のほうが大きいと主張する保守派の主張が今回の危機で反証されたことは確かだが、それは自動的に前者のほうが大きいことを証明するわけではない。著者の批判はアメリカには当てはまるかもしれないが、こういう本を読んで日本でも首相が「市場原理主義」を批判するのは困ったものだ。日本には、よくも悪くも市場を尊重する風土はないからである。
後半で展開される経済学批判も、人間が永遠の将来を完全に予知して合理的にふるまうと仮定する荒唐無稽な理論を捨てるべきだといったよくある話だが、ここは著者の専門分野なので少しは読むべきものがある。情報の非対称性だけでなく、ケインズの強調した不確実性を含む「情報の不完全性」を経済学に全面的に取り入れ、人間の無知を前提にした制度設計を考えるべきだという提言は――具体性は欠けるが――検討に値する。
特にフリードマンなどのシカゴ学派を非難してやまない著者が、「無知の知」を経済学の基礎に置いたハイエクを高く評価しているのは印象的だ。また新古典派経済学がイノベーションについて何も語っていないと批判し、シュンペーターに立ち返ってイノベーションの理論を構築しなければならないという提言もその通りだと思う。しかし本書に書かれている程度の漠然とした話なら、ジャーナリストでも書ける。著者には、新しい経済理論の枠組だけでも示してほしかった。