財政支出の資金ねん出のための「増税」って、どうよ?!  ―前田拓生

前田 拓生

漸く「増税」の話が閣僚から出だしてきました。税収40兆円弱に対して800兆円を超える借金をしているわけですから、当然と言えば当然であり、今まで「何とかなる」と思っていた方がおかしいと言えます。

ただ政府(及び、そのアドバイザーたち)は「不況期には増税、好況期には減税を」「内需拡大で円安に」という方向で政策を考えているようです。菅財務相は「使う道を間違わなければ景気が良くなる」といっていますが、果たして現政権の手腕で「間違わない」ように運営できるのでしょうか?


まず「増税」ですが、菅財務相が言っているのは「財政規律を正すため」ではなく「財政支出の資金ねん出のため」のようです。つまり、今の財政支出を維持するために国債発行ではなく、増税で行いたいということのようです。

まぁ、「国債の発行を抑える」という意味では良いのですが、増税で行うということは「時間的に調整するのか(これが「国債発行」)」「一時点の所得分配で調整するのか(これが「増税」)」の違いだけで、国民負担であるという点では国債を発行するのと基本的に同じです。国債ではなく増税という話は「後世の子孫に迷惑を掛けない」という意味では正しいのですが、増税の場合には、現世の所得分配を調整するわけですから、歪は“今”起こることになります。

政府、及び、そのアドバイザーたちは、消費性向の低い所得の高い層から多くの税金を取り、それを原資にして、雇用機会を増やす政策を考えているようです。つまり、累進課税の上部分の税率を強化し、公共投資によって雇用機会を作るという話です。ここで問題になるのは「使い道」であり、公共投資をするという意味では「自民党政権と同じ」といえます。強いて言えば「箱もの」なのか否かくらいはあるかもしれませんが、「子ども手当」のようなバラマキの可能性があり、効果がある政策を実現できるのかは大いに疑問です。

また、ここで「累進税率の変更」によって高所得者層に負担を高めるということは、以前、アゴラにも投稿し、週刊SPA!でも話しましたが、「悪夢のシナリオ」になる可能性が高い政策です。そもそも「高額所得者」はフローとしての所得を多く稼いでいる層ですから、このような人々はそれなりに頑張って仕事をしているはずです。頑張って稼いだ結果、「たくさん稼いでいるくせに、あまり消費をしないのは、けしからん」ということで増税を課すのは話が違います。

本当に累進課税を強化すれば、「そのような国に籍を置く必要ない」として、高額所得者は海外に流出することになる可能性があります。そもそも資金もあり、それなりに知識・スキルも、人のつながりもあるはずですから、海外へ移住するのはそれほど難しいことではないでしょう。なので、このような政策を実施すれば、日本国内には高額所得者層がいなくなり、税金も取れなくなってしまいます。また、「税金をたくさん取られるなら、あまり一生懸命にはやらない」として、さらに経済が停滞する可能性さえあります。

このように現世における所得分配で「何とかしよう」としても、「資金の使途」および「高額所得者(つまり、「頑張っている人」)への対応」という点で問題があるように感じます。

他方、「内需拡大で円安に」という点ですが、これは上述の「資金使途」との関係があるのだと理解しています。つまり、累進課税の強化によってねん出した資金を「内需拡大」という方向に使うということだと思うのです。それによって「サービス業等の“非貿易財産業”に属する人々の所得向上を狙っているのだ」と考えられます。

購買力平価だけで考えた場合、他の条件が全く同じであると仮定して、日本の非貿易財産業の賃金だけが上昇すれば、非貿易財価格の上昇を通じて一般物価が上昇し、理論的な為替レートは円安になります。これが「内需拡大で円安」という話だと思われます。

しかし・・・

「内需拡大」といっても、単に補助金やバラマキ的な政策を行うのであれば、一時的な「所得向上」に留まり、長期的には一般物価を引き上げるような力は働かないはずです。まぁ、百歩譲って、非貿易財産業の所得が高まり、理論的に円安にシフトするとしても、実際の為替レートは貿易財産業の労働生産性に起因する部分が大きいので、内需拡大を推進しても、為替への影響はそれほど大きくないでしょう。つまり、内需拡大策を行ったとしても、為替の投資家等が「日本の貿易財産業における労働生産性は今後も高まる」と期待すれば、円高方向のバイアスが働くことになります。ここで貿易産業における生産性が低下するようであれば、外需を稼ぐことができず、日本の成長力は失われるでしょう。

以上、菅財務相が言うように「使い道を間違えなければ」といっても、この半年間の成果をみる限り、不安を禁じ得ませんし、上述の通り、少し違った見方をするだけで「危険な政策」になりかねないわけですから、この点、しっかりと議論をしていただきたいものです。

「伝統的な政策ではうまくいかない」というのは理解できますが、だから「伝統的ではない政策」として「財政規律ではない増税」、および、それを基軸とする政策というのは「問題が多い」ように思います。

コメント

  1. watzn より:

    ”累進課税を強化すると高額所得者は海外に流出する”といった話はよく聞きますが、累進課税を強化すると逆に税収が減るというご主張なのでしょうか?
    もう少し定量的な見積もりをお願いしたいと思います。

    個人的には増税するなら所得課税よりも資産課税の方が筋がいいように思っていますが。
    (それ以前に歳出削減をしてほしいですが)

  2. 前田拓生 より:

    watznさん、どのような定量分析を望まれているのかわかりませんが・・・

    高額所得者に多額の税金が課されるという話になって、高額所得者が海外に出ていくと仮定すれば「税収が減るよね」という話です。仮定の話をしているだけであり、何か「定量的な分析」が必要なのでしょうか?

    出ていくか行かないかという話であれば、“高額所得者”に限定をしていますし、同じようなコラムを書いたときに読者から「税率の低い国に流れている」という話もきています。今後、今以上に税金が高くなるのであれば、「可能性」としてはあり得ると考えています。

    そもそも今の政権が考えていることは「ちょっとひねって考えるだけで問題がある」ということを示しただけであり、この話にも問題があるかもしれません。だとすれば、「そうはならない」という積極的な反論ができなければ、問題ですよねということです。定量的な分析がないから「そうはならない」ということで政治をやられたのでは、国民は損ばかりすることになります。

  3. watzn より:

    >前田さん

    例えば、たばこ税を増税すると喫煙者は減りますが、税収は増えると試算されています。

    税収増を狙って行う施策なのですから、税収が減るのであれば全く無意味なものとなります。事前にきっちりと試算しなくてはならないのではないでしょうか。
    (これは政府の仕事ですが、反論するほうも数字があったほうが説得力があります)
    (こういうのはラッファー曲線というようですね。)

  4. 前田拓生 より:

    >政府の仕事ですが、反論するほうも数字があったほうが説得力があります

    確かに政府に対して「モノを言う方」もデータがあった方がいいですね。ただ「出ていくか」否かという問題は、極めて特殊な要因や一時的な要因が多く、定量分析を行ったとしても(例えば、累進課税を強化した国の移住動向など)、それに定常性があるかどうかを検証するのは非常に難しいことになります。

    とはいえ人間の行動として「税金が上がる」ことがわかっていて、経済的にも知識的にも人とのネットワークにしても「他国で生活が可能」であれば(多くの「高額所得者」が該当する条件です)、移住することは、十分にあり得ることと考えるべきではないでしょうか?

    「そうならない」という積極的で、合理的な予見があるのであれば、累進課税の強化は問題ないといえます。

  5. 前田拓生 より:

    追伸で申し訳ございません。

    なお、「所得が高い」ということは、(議論はあっても)頑張っている人ですから、それに増税をするということになれば、「頑張ろう」という意欲が減退することになります。「どのくらい減退するか」というデータは、これも難しいのですが、「減退する可能性」は否めないでしょう。

    この「意欲減退」は現在のように閉塞感が強い日本においてはゆゆしき問題になると考えています(引き上げの率の問題ではなく)。

    なお、たばこ税の引き上げについても「引き上げ賛成派」は「売り上げは減らない」というデータを出しているようですが、「引き上げ反対派」は「売り上げが減る」というデータを出しています。

    定量的なデータだけでは「なかなか難しい」という実際の事例だと思っています。とはいえ、この場合、「どのくらい上げるのか」がポイントなので、それは研究者に委ねるしかないかもしれません。

  6. nnnhhhkkk より:

    話に割って入りますが、定量的な見積もりなど不可能です。
    こういう話はシミュレーションのやりようがありません。
    シンガポールに拠点を置くプライベートバンクともなれば、日本の税務署も一切手出しはできませんし、シンガポールの法律によって資産を公表すれば罪に問われます。
    だから実態は当局もつかみようがありません。
    せいぜい日本人が毎年数万人単位で海外に移住しているということしかわかりません。
    老後を物価の安い国でクラスために移住する人もいるでしょうし、世界一高い相続税を嫌って移住する人もいるでしょう。
    情報漏えいやセキュリティーがクリアできれば、多くの仕事は海外でも可能です。付加価値の高い労働ができる人材は日本に置いておく必要はないのです。そうなると日本に税金は入らなくなります。

    そして資産課税とは何でしょうか?
    自動車や不動産などの固定資産税でしょうか?
    それともフランスに代表される富裕税でしょうか?
    いずれにしても流動性のある資産は海外のプライベートバンクに隠してしまうと日本の当局は手が出せません。とくにシンガポールは法律で禁じています。
    例え法律違反でも国家という強盗から私有財産を守るために、金持ちは資産を隠しています。なにしろ世界一高い相続税ですから。国家に私有財産を泥棒されるとわかっていて何も対策しない人はほとんどいないでしょう。2009年度の相続税収はわずか1兆2000億円です。