ソフトバンクは「坂本龍馬」ではない? - 松本徹三

2010年05月13日 20:41

池田先生は尊敬しており、仲良しでもあるのですが、なぜかNTTがらみの話になると意見が真っ向から対立します。しかし、同じアゴラの執筆者が、ガチンコで意見を闘わすのは極めて健全だし、相手が池田先生なら、「事実」と「論理」をベースに議論できるので、私としても楽しい仕事です。

今回の池田先生の論旨は、大略下記のように受け取られます。


1)日本ではiPadがソフトバンクのみからSIMロック付で売り出されることになった。

2)これは、ソフトバンクの電波が入りにくい場所で使うことの多いユーザーにとっては、嬉しいことではなく、こういうユーザーは「被害者」だ。

3)ソフトバンクが自らの利益を守る為にこういう形に持っていったのは自由だが、それなら、NTTのアクセス回線についてNTTが自らの利益を守ろうとするのにも文句は言えない筈だ。(「天下国家の為」等と称して、アクセス回線の議論をするのはやめろ。)

しかし、この論理は、常日頃は論旨明快な池田先生とは思えない程に破綻しています。

先ず、池田先生は、「端末価格と通信料が同じなら、自分は電波のつながりやすいドコモからiPadを買うだろうし、そういう人は松本さんの言う2-3%よりはるかに多くの数に上るはずだ」と言われていますが、それは当然のことです。しかし、本質的な問題は、「ドコモでは端末価格と通信料をソフトバンクとは同じには出来なかった(そのような決断は出来なかった?)」ということなのです。もしこれが出来たのなら、Apple社としても、ドコモにも販売権を渡すことを真剣に検討したと思われます。

今、ソフトバンクからSIMロック付のiPadの3Gモデルを買うと、端末代が58,320円(月額割賦代金2,430円 x 24ヶ月)プラス 通信料(フラットレートで月々3,225円、24ヶ月で77,400円)、合計で24ヶ月を通しての負担額は135,720円になります。

iPadを自社だけで扱いたいソフトバンクは、必死でギリギリの計算をして、このような値段を設定しました。Apple社は「フムフム、ここまで思い切った通信料価格を出してくれるのなら、顧客層は相当広がるだろうし、一社に販路を絞っても、結果としては最大の売り上げが達成出来るだろう」と踏んでくれたのではないかと思われます。

結果として、「どうしてもドコモ」という人達にとっては、今回のApple社の決定は不幸のことだったかもしれませんが、「iPadは使いたいが、月々あまり大きな金額は払えない」と思っていた人達は幸せだったでしょう。

経済学者の池田先生にこのようなお話をするのは大変失礼ではありますが、最も大切な「価格のファクター」が全く入っていない今回のような先生の議論に、簡単に感心してしまわれる読者の方もおられるようなので、一つ喩え話をさせてください。

或るアパレルメーカーが、新しいデザインのブルゾンを思い切った安値で売り出しました。流通コストを絞り込むために、色は、黒とグレーの2色にしました。前のデザインのものには、これに、赤、青、黄色、ピンクの4色を加えた6色があったのに、今回は色の選択肢が絞られてしまったのです。どうしても赤が欲しかった私は怒り狂いましたが、どうにもならないので、やむなく高い値段でこれまでのデザインのものを買いました。つまり、私は、このアパレルメーカーの今回の決定の「被害者」だったのです。しかし、今回、このすばらしいデザインのブルゾンが思いがけず安く買えて喜んだ人も多かったのです。

池田先生も、まさか「経産省は、『不幸な顧客』を作らないために、全てのデザインのブルゾンに同じ数の色の選択肢を用意せねばならないと、このアパレルメーカーを指導するべきだった」とはおっしゃらないでしょう。各メーカーは、みんな等しく、「どうすれば最大多数のユーザーからの支持が得られるか」を必死で考え、色々に商品を企画し、流通政策や価格政策を考えるのですから、こういうことは当然民間企業の自由な競争に任されるべきことです。

ところで、話を元に戻すと、どうしてもドコモの回線でiPadを使いたいという人の為には、ドコモさんには「イーモバイル並みの『ポケットWiFi』を売り出す」という手が残されています。イーモバイルの「ポケットWiFi」は、毎月5,480円を払って24ヶ月使うことを約束すれば、持ち帰り0円で取得できますが、iPadのWiFiオンリーバージョンを48,000円で買ってこれと組み合わせて使うと、24ヶ月の支払い総額は180,320円となり、ソフトバンクの3G付iPadと買った場合と比べて24ヶ月で44,600円の逆ザヤとなります。ですから、誰もこういう使い方をする人はいないでしょう。

しかし、もしこれがイーモバイルの「ポケットWiFi」ではなくて、ドコモの「ポケットWiFi」だったとしたらどうでしょうか? ドコモならどんなところでもつながる可能性が高いので、中には「44,600円程度の逆ザヤなら払ってもいいよ」という人もいるかもしれませんね。(池田先生は如何ですか?)ちなみに、私が以前に2-3%と申し上げたのは、こういう人達、つまり、「とにかく現状では自宅にソフトバンクの電波が入らないので、ドコモの通信料がソフトバンクより相当に高かったとしても、ドコモから買う」というような人達のことを念頭においてのことです。

さて、これでSIMロックの方の話は終わりにして、「光の道」の話の方に移ります。

ここでの池田先生の論旨には、私は二つの点で合意できません。

第一に、池田先生は、「携帯端末機の小売市場」という「競争原理が普通に働く分野」と、普通の会社が競争に参入することは不可能な「通信インフラ」の分野を、全く同様に扱おうとしておられます。

携帯端末機の市場では、一度として独占禁止法への抵触が懸念されるような商品は生まれたことがありませんが、通信インフラの世界は、そもそも、かつては国営の独占企業が全てを支配していた世界であり、各国とも色々な非対称規制などを導入して、ここに人工的に競争を持ち込もうとしてきたのです。

近年、市場原理に委ねるべき分野の比率が、計画経済的手法を使った方が合理的と判断される分野に比べて高まりつつあるのは事実のようですが、かといって、後者がなくなったわけではありません。道路、電力、ガス、上下水道などは明らかに後者に属しますし、通信についても、「アンテナを取り付ける鉄塔」や「管路に這わせる銅線や光ケーブル」については、後者に属すると私は考えています。

「端末やサービスは、出来ればネットワークとインテグレートした方がユーザーの為になるが、物理的なアクセス回線は、上部構造とインテグレートしない方がユーザーの為になる」と私が考えるのは、その方が自分の会社にとって都合がよいからではなく、

1)物理的アクセス回線については、敷設できる会社が極めて限られている(独占に近くなる)

2)だから、上部構造をアクセス回線にインテグレートすると、トータルサービスがこの数少ない会社に支配されてしまい、ユーザーの選択肢が狭まる。

3)アクセス回線と上部構造を分けても、ユーザーにとってデメリットはない

4)逆に、アクセス回線を上部構造とインテグレートしてみても、ユーザーにとって特にメリットはない
等の理由によります。

次に、今回の池田先生のコラムを読むと、何となく、「日頃せこい商売にうつつを抜かしている下々のものは、偉そうに天下国家を論じるな」と言っておられるかのように読み取れますが、これにも合意出来ません。

坂本龍馬は、何とかして日本人同士が血を流し合う内戦を避けようと、最後まで努力し、その為に武力倒幕派の薩長に警戒されることになったわけですが、元はといえば、長州に英国製の武器を売って多くの血が流される原因を作った張本人です。しかし、そのことをもって、「彼が平和主義を標榜するなどおこがましい」という人はいるでしょうか?

また、彼は、海援隊の船が尾張藩の船と衝突事故を起こした時には、英国仕込みの巧みな交渉術で莫大な補償金を支払わせています。一介のカンパニーである亀山社中が生き残っていく為には、当然そういう能力も必要とされたのでした。しかし、そのことをもって、「自分達の利益を守る為に法外な補償金を取り立てるような奴が、偉そうに天下国家を論じるな」という人はいないと思います。

生き馬の目を抜く実業の世界を生き抜いていくためには、それなりに厳しい生き方をしていかなければなりません。だからと言って、「そんな奴は天下国家のことを考えてはならない」ということには、全くならないと思います。それどころか、「厳しい競争の世界をしたたかに生き抜いていけないようなひ弱な人達には、天下国家のことは任せられないのではないか」と考える方が、むしろ真っ当なのではないでしょうか?

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