「光の道」とNTTの構造分離問題(続き) - 松本徹三

2010年05月26日 14:33

「光の道」とは何でしょうか? それは、原口総務大臣が提唱する「全国民をブロードバンドで結ぶプロジェクト」です。何故この時期にそれが提唱されているかと言えば、私の見るところでは、二つの理由からでしょう。一つは、民主党に欠けているとされてきた「成長戦略」の目玉となり得るからであり、もう一つは、民主党の看板である「地域格差の是正」や「コンクリートから人へ」といった政策の具体案となり得るからだと思います。

私は必ずしも民主党を全面的に支持している人間ではありませんが、政権党には、国民のエネルギーを結集するに足るような「確固たる国家政策」を持って欲しいし、特に国民が閉塞感に苛まれている現時点では、そういうものが必要だと思っています。


一方では、前回のブログでも申し上げた通り、私は、「自分に残された僅かな時間を、日本に『理想的な情報通信システムのグランドデザイン』を導入する事に役立たせたい」と強く念願している人間です。

そういう人間にとっては、自分がこれまで考えてきたのに近いことを、政権党が「国家政策」の一つとして取り上げようとしてくれている現在の状況は、思ってもみなかったような有り難いことです。ですから、原口大臣の「光の道」構想を私が熱烈に支持し、その実現の為に微力を尽くしたいと考えるのは、当然過ぎるほど当然の事なのです。

私のFTTH(各家庭まで光回線を引き込むこと)に対する確信は、「デジタル衛星放送の立ち上げ」に奔走していた1990年代半ばの伊藤忠時代に既に始まっており、「携帯通信網の高度化」に賭けていた2000年代初頭のクアルコム時代にも、変わることはありませんでした。そういうわけですから、今から1年以上も前の2009年2月16日、及び2月23日のアゴラにも、「国策としての光通信網の全国展開」を訴えるコラムを投稿しています。

しかし、今日久しぶりに自分の書いた古いコラムを読んでみると、基本的な考えこそ変わっていませんが、今から見ると随分遠慮した論調であるように思えます。(「放送と通信の融合」を必須条件のように書いているところは、今回の小池さんの論調と若干似ています。)その理由は二つあって、一つは、この様な自分の主張とソフトバンクの利益との整合性に、その頃は未だあまり自信がなかった故であり、もう一つは、YouTubeやUStreamのようなインターネットの新しいアプリケーションの持つ起爆力に対する認識も、その頃は未だ乏しかった故でしょう。

前置きはこのぐらいにして、本題に入ります。

今や、ソフトバンクの孫社長が、「光の道」構想の最も重要な賛同者になっており、その実現の為の詳細にわたる「具体案」を提唱していることは、周知の事実です。

3年半前にふらりとソフトバンクにやってきた私などとは異なり、創業者の孫社長は「ソフトバンクそのもの」と言ってもよい存在ですから、いくら「国の将来に対する思い入れ故の行動だ」と言っても、ソフトバンクの社益と合致しないような事を、彼がする訳はありません。ですから、多くの人達が、「その行動の裏にはどのような策謀が潜んでいるのか」と、想像を逞しくするのも無理からぬことです。

しかし、その背景は、実は、あれこれ想像を巡らせることもない程に、単純明快です。私とて直接本人に確かめた訳ではありませんが、孫社長が考えている「社益との一致点」は、概ね下記のようなものでしょう。

1)通信インフラがしっかりしていれば、その上に多くの情報サービスが百花放斉する。そうなると「デジタル情報革命によって人々のライフスタイルを変える」ことを社是としているソフトバンクの活躍の場は、確実に広がる。

2)NTTが圧倒的な支配力を持っている現状では、「公正競争環境の実現」は百年河清を待つに等しく、新規参入者のソフトバンクとしても、現実にこれまで多くの失望を重ねてきた。しかし、国家政策が絡めば、この点でも大きな進展が期待出来る。

多くの人達は、それでもこのような単純明快な背景を素直に理解しようとせず、色々と悪口を言います。その典型的な例が、「ソフトバンクは、自分では汗をかいて通信ネットワークを建設しようとせず、国にこれをやらせて、自分はタダ乗りしようとしている」という類のものです。しかし、これ程見当違いな批判はありません。

ある辺境の村では、自分の家は自分で建てる慣わしになっていたとしましょうか。そこに、或る人が、町の大工さんに自分の家を建ててもらったとします。村人は、「あいつはとんでもない奴だ。自分の家を人に建てさせて、平気な顔をして住んでいる」と悪口を言います。本当は、家はプロの大工さんに建ててもらって、自分は畑仕事に精を出すほうが合理的なのですが、慣習に縛られた人達にはそれが分からないのです。

こういう事を言う人達は、「トヨタ自動車はメーカーの風上にも置けない。本来なら自分で汗をかいて、一つ一つ心を込めて作るべき部品を、部品メーカーに作らせて買い叩いている」というようなことも言いかねない人達です。全てを「経済合理性」から考えるのではなく、根拠のない「べき論」から考える、頭の固い人達なのです。

こういうことを言う人達を、私は海外ではあまり見たことがありません。インド最強の携帯通信会社Bhati Airtel は、ネットワークインフラは全てエリクソンに作らせて、その保守運営まで任せ、自分達は顧客向けのサービスの提供とマーケティングに専念しています。そして、そこで生まれた余力で国外に進出し、最近はアフリカ最大のZainを買収しました。

欧州では、既に大手携帯通信事業者の間で、「次世代のLTEは各社がばらばらにシステム構築をすることはやめ、相乗りでつくったネットワークを共用しよう」という合意が出来ています。この背景には、「経済合理性」の追求だけでなく、「環境への配慮」もあるのです。

そもそも、ソフトバンクは、「税金を投入して国がネットワークを作り、それを我々にタダで使わせろ」等という荒唐無稽なことは、ただの一度も言っていません。ソフトバンクが言っているのは、

1)かくかくしかじかのやり方をすれば、最新鋭の光伝送路が全ての国民に格安に提供できる。
2)この伝送路を構築し、保守する会社は、ユーザーに直接それを提供してもよいし、各通信会社(ソフトバンクはその中の一社にすぎない)に公正無差別に貸与してもよい。(勿論有償であり、タダではない!)
3)各通信会社は、それを使った通信サービスをまとめてユーザーに提供してもよいし、伝送路を提供する会社の「回線貸与契約」とパッケージにして、「付加価値」だけをユーザーに提供してもよい。

ということなのです。それなのに、どうして「タダ乗り」なのでしょうか?

しかし、何はともあれ、このような背景の中から、孫社長の「国の為に何か大きな仕事をしたい」いう強い意欲が生まれ、それが次第に大きくなってきたのだと、私は考えています。孫社長のやり方をあまり好きでない人達も多いことは、私もよく承知していますが、少なくとも彼の「日本に対する思い入れ」と「世の中を変えるような大事業に対する意欲」を認めない人はいないでしょう。「光の道」構想は、その両方に火をつけました。

孫社長のやり方は、常に出来るだけ大きな構想を描き、出来るだけ高い目標を設定することです。そして、関係者に極限まで考えさせることです。そうしなければ、人間の智恵は小さく固まってしまい、みんなが安易な妥協に走ってしまうからです。従って、この件についても、孫社長は、始めから、「税金は一銭も使わない」「より高度なサービスが求められない限りは、利用者の負担は一銭も増やさない」ということを「絶対条件」としました。

この様なやり方に慣れていない人達にとっては、こういう目標の設定自身が、始めから非現実的な事のように見え、ついつい「そんなことが出来る筈がない」とか、「根拠のない大ボラだ」と言いたくなってしまうのでしょう。しかし、現実には、何事によらず、確固とした目標を持ち、徹底的に智恵を絞れば、思いもかけぬ突破口が見えてくるものです。

本件についての「突破口」は、「光回線とメタル回線の二重構造の解消」であり、その一点に絞られます。この事こそが、まさに「不可能を可能にするウルトラC」なのです。しかし、普通の人達にとっては、そういった考え自体も、「固定観念」によって瞬時に否定されてしまうのが常です。

「二つのシステムを並行して運用・保守することが如何に高くつくか」ということについては、実際に通信システムの運用・保守を行ったことのある人なら、誰でも骨身に浸みて分かっている筈です。しかし、「それなら一方をやめてしまえばいいじゃあないか」と言われると、「全ての利用者が納得するわけはないから、そんなことは出来ない」と反論するばかりで、「どうすれば全ての利用者を納得させられるか」と必死で考えるところまで、自分を追い詰めることはないのです。

考えてみれば、「全ての利用者を納得させること」は意外に簡単です。利用者にメリットだけを与え、デメリットを一切なくせばよいからです。

例えば、今、各家庭に行き渡っている水道管を、新しい素材のものに変えようとしたとしましょう。「このままでは、これから水漏れが頻発するかもしれませんよ」と脅かしてみても、もし「素材の取替えには1000円必要だ」と言えば、「今のままでいいから変えないで欲しい」と言う人が数多く出てくるでしょう。しかし、「費用は一切かかりません」と言えば、誰も嫌がりはしないでしょう。

「メタル回線を一挙に光に張り替えて、二重保守構造を解消すれば、全体で大幅なコストダウンが可能となり、新しい光回線の建設費も軽く賄える筈」という発想は、現場からの発想ですが、慧眼な池田先生も、最近のブログで、既に同じようなことを指摘しておられます。(尤も、池田先生の議論は「無駄なコストがかかっている」というところで止まっており、「それをどう変えればどういう事が出来るか」というところまでは論じておられませんが…。)

池田先生が言っておられるのは、「NTTは、雇用を守るために、既に償却済みのメタル回線に不必要な保守コストを上積みして、高い回線料金を課し、光回線がこれに比べて格安に見えるようにしている」ということなのですが、ADSLサービスを運用する為に毎年高額のメタル回線利用料金をNTTに払っている我々も、ずっと同じような感触を持ってきました。

「メタル回線の利用者が減っているので、一回線あたり値段はの高くなります」という事で、今年度は昨年度より高い請求書が出されてきていますが、銀座のクラブの勘定書きと一緒で、詳細は明示されておらず、お願いしてもなかなか開示してくれません。(特に最大のコストファクターになっている保守費というものの実態は、今なおよく分かりません。)

そもそも、世の中の殆どのものは、年を経るに従って値段がどんどん下がっていくのが当然なのに、ここだけは全くの別世界のようなのです。「雇用を守らなければならない」というNTTの苦労は分かりますが、だからと言って、安易にその「つけ」を回わされるのでは、利用者はたまったものではありません。NTTにも、是非とも極限まで知恵を絞って欲しいのです。

しかし、一般の利用者とは異なり、NTTの回線に接続する我々通信事業者には、「NTT回線の運営・保守コスト」の総額だけは知らされますから、「それでは、これを全部やめてしまったら?」という発想が出てきたわけです。これが、今回の「光アクセス回線会社」の事業計画(試案)の策定に結びつきました。

かく言う私も、実際にソフトバンクの事業部門による分析作業に参画するまでは、こんな「ウルトラC」の可能性があるとは思ってもいませんでした。私とて、これまで48年間も実業の世界に身をおいて、「当初の思惑通りに進まなかった事業」で何度も辛酸を舐めてきたわけですから、最初は疑うことから始めました。この事業計画には、どこかに大きな「見落とし」がある筈だと思ったのです。しかし、現時点では、大きな「見落とし」は未だ見つかってはいません。

考えてみると、我々がやっているのは、実に奇妙な仕事です。他の会社の懐に手を突っ込んで、「こうしてみたら」「ああしてみたら」と、色々思いあぐねているのですから、とても変なことをしているわけです。

そもそも、本件については、所轄の大臣が、「どうしたら全国に『光の道』を行きわたらせることが出来るか」と、総務省や業界、それに各界の有識者に問いかけているのです。本来なら、現状を一番よく理解しているNTT自身が、真っ先に色々と考えて、アイデアを出すのが当然でしょう。しかし、そういうことは起りそうにありませんでした。ですから、多少とも通信事業の運営に経験のあるソフトバンクが、苦労して「たたき台」を作ったのです。

しかし、ここまで来たからには、今後はNTTにも積極的に関与して貰って、この「たたき台」に「見落とし」や「誤り」がないかを検証して頂きたいものです。もはや抽象論を闘わしている時間の余裕はありません。これからは、具体論の段階であり、幾通りもの案を一つ一つ検証していくべきです。

ソフトバンクがつくって、孫社長がタスクフォースの会合で発表した「アクセス回線会社」の事業計画の詳細は、総務省のホームページ上で既に公表されています(5月14日の第11回会合にソフトバンクから提出した資料が一番分かりやすいと思います)ので、私はここで数字面の説明を繰り返すことは差し控えますが、一言で言うなら、「メタル回線」を全部「光回線」に敷き替えた段階で、毎年6000億円程度のコスト削減が出来るという計算が基本になっています。

これには、「メタル回線の保守費の削減」だけでなく、「光回線の保守費の増加」、「営業費の削減」なども、まとめて含まれていますが、ポイントは、「メタル回線を一切残さないこと」と「営業費を一切かけないこと」です。つまり、新生の「アクセス回線会社」は、完全にガラス張りの経営で、光回線のみを保有し、営業活動によってではなく、あらかじめ決められたルールに基づいて、一定の価格でこれを貸与するだけの会社です。

通常なら、我々のように現在ADSL回線サービスを行っている会社は、「メタル回線の撤去」にはムシロ旗を立ててでも「絶対反対」を貫きます。メタル回線が撤去されたその日からADSLサービスが出来なくなるからです。本来なら、古いものをやめることに反対するのは、進歩を拒否することを意味するので、やりたくはないのですが、会社を守り、顧客を守るためにはやむを得ません。

しかし、メタルに代わる光回線を使って、顧客に一切の迷惑をかけることなく、我々のような事業者がこれまで通り仕事が出来るなら、反対する理由は全くありません。むしろ大歓迎であり、その上で快適に動くソフトバンク版のNGNの構築に全力を挙げるでしょう。

我々の懸念はただ一つ。現在の体制では、我々に伝送路を提供するNTTの回線卸売り部門と、我々の競争相手であるNTTの回線小売部門が、同じ会社に属していることです。これでは、公正な競争が保証されることは全く期待できないからです。

NTTが、前述したような新しいアクセス回線事業を、「現在の組織を構造分離せずとも、問題なく(誰にも不安を与えることなく)運営していける」と言うのなら話は別ですが、このような事業形態は「普通の営利会社」の有り姿とはあまりに異なるので、やはりきちんと構造分離をして、全く別の会社として運営する方が自然でしょう。

現実には、組織は分離されても、新しい「アクセス回線会社」の株主は、少なくとも発足当初は、今の株主そのままであり、経営者や従業員も、基本的には現在この分野の仕事をしている人がそのまま残るのが当然です。ですから、NTTが「これまで営々としてやってきた仕事をとられる」と言っているのは、単なる勘違いに基づくものだと言ってよいでしょう。

最後に、これも既に公表されていることですが、この「アクセス回線会社」が新規に建設する光回線の建設費についても、念の為、おさらいをしておきたいと思います。

(A)局舎社内設備 1,698億円
(B)局舎と「き線点」を結ぶ地中埋設区間(未整備分10%)1,629億円
(C)「き線点」から各戸までの架空配線区間(未整備分 推定20%)5,289億円
(D)各戸への引込み線 (未整備分 推定68%)4,198億円
(E)宅内光回線・機器 (未整備分 推定68%)6,717億円
(F)離島・その他 5,514億円

以上の合計、約2兆5,000億円というのが、我々の想定する建設費です。これについても、誰よりもよく分かっているのはNTT自身なのですから、是非とも検証して頂きたいところです。

(なお、月曜日に掲載された私のコラムに対して、「伝送路部分とは具体的に何をさすのか?」という質問をTwitterで頂いておりますので、上記をもって回答に代えさせていただきたいと思います。)

以上でご理解頂けたと思いますが、本件の成否は、「大規模に」「一気に」「例外なく」メタルから光への転換を行うことにかかっています。これは普通の常識とは反することなので、一般の方には何となく飲み込みにくいかもしれませんが、「例外を作れば、却って高いものにつく」というのが、現実の世界での経験則です。

「日本中に洩れなく『光の道』を開通させる」などと言えば、とんでもない大事業のように思われるかもしれませんが、先人達は、既に、全国にくまなく「電力線」と「電話線(メタル回線)」を敷設しているのです。この「敷設済みのメタル回線」を「光回線」に敷き替えることは、「既に全国に行きわたっている未舗装の道路を舗装する」ようなもので、それ程びっくりするようなことではありません。

世の中には、未だに、「何で舗装しなければならないの? そんなに車が走るわけでもないのに、舗装なんて贅沢だよ」と言っている人が多いのですが、やがて車の数が驚くほど多くなるのは間違いなく、「いつかはやらなければならない舗装工事」を先送りにするのは、殆ど意味のない事だと言わざるを得ません。

民主党政権は、米国同様、「チェンジ」をキーワードとして発足しました。従って、これから遂行される国策の多くは、基本的に「これまでの流れを大きく変える」ものでなければなりません。「これまでの流れを変える」には、常に強い意志が必要ですが、今回はせっかく原口大臣が強い「変革」への意志を示してくれたのですから、業界が旧態依然たるやり方でこれを押さえ込むようなことだけは、あってはならないと思っています。

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