日本政府には「資産があるから大丈夫」って、どうよ?!  ―前田拓生

2010年05月29日 16:28

日本の財政が危機的な状態にあることは「今更、言うまでもない(※)」と思っていましたが、「政府にも資産があるから、純債務(債務残高マイナス資産)を考慮すれば、それほど危機的ではない」という意見もあるようです。ここでは「年金等のように国民が政府に預託しているような資産を除き、かつ、非市場資産である道路や公園などを除いても、400兆円くらい政府債務と相殺できる資産が存在する」ということらしいです。詳細に検証をしたわけではないのですが、机上の計算だけであれば、そのくらいの資産は算出できるのでしょう。

※日本の財政についてはギリシャとの対比で「ギリシャと日本の『違い』って、何?!」で解説をしております。

とはいえ、「どこかで聞いた覚えがあるフレーズ」と思えませんか?


民主党が政権を取る前にもそのようなことを言ってなかったでしょうか。「いくらでもあるのです、探せば!埋蔵金が眠っているのですから・・・」という話を8か月前にも聞いたことがありますよね。で、今はどうなのでしょうか?民主党を中心とする与党は、自民党および自公連立政権と同様に、頭の良い官僚たちにごまかされ、洗脳されてしまったということなのでしょうか?

「そうだ。騙されているのだ」と本気で思っている人もいるのでしょうが、「政権交代」という大きな変革があって、それでも「変えられない」ということは、「変えられない何かがある」と考えるべきであり、未だに「あるのです!」をそのまま信じてみても、あまり意味があるようには思えません。

つまり、誰が政権を取ってみても、上述のような債務返済に充当できる政府資産(約400兆円)など「ない」と考えた方が良いのです。できるのであれば、今回の政権交代によって実現しているはずであり、事業仕分けなども行っているのですから、数10兆円クラス以上の資産があるのであれば、かなり明確になっているはずです。にもかかわらず「あるのです」と、未だに主張し続けてみても、それが実現される可能性は薄いと考えるべきでしょう。このような主張をする人について、穿った見方をすれば、一種の「人気取りをしたい」と思っているだけのようにしか映りません。

「増税」など誰も望んでいませんし、ここで増税の議論をするだけでも「景気を冷やす」ことになるくらい多くの人がわかっています。でも、その話をしなければならない程、財政がひっ迫しているのですから、国民を惑わせる話をしている場合ではなく、「どうするのか」を真剣に議論するのが先決ではないでしょうか。

幸い、現時点では国内の家計資金が政府債務を支えているわけであり、当面、この状態が続くと考えて問題ないでしょう。その意味では“暫くの間”なんとか借金生活も可能なのですから、将来的な増税議論を行いつつ、平行して、公務員改革、行政の無駄削減など「どこまで絞れるのか」を徹底的に“国民が見える場”で議論をし、また、複雑な税の仕組みや社会保障などを抜本的に見直して、公平性の高い、実現可能な仕組みに変えていってほしいと思います。

この辺りの“改革”を長妻厚労大臣に期待していたのですが、何となく、今では「ミスター年金」の影は薄くなり、「子ども手当を死守しよう」とする姿しか印象に残らない存在になってしまいました。残念なことです。

今、国民が心配しているのは、足元の不景気もありますが、「将来どのくらいの負担をしなければならないのか」が見えないところだと思います。掛け値なしに「将来必要な負担額」が見えてくれば、今のような「先の見えない不安」からは解消されるので、家計消費にも違った動きが出てくる可能性があります。現状、「将来にどのくらいの負担をさせられるのか」が見えないので、余計に消費を手控えてしまい、消費が伸びないから、デフレ、不景気、所得減という悪循環が続いてしまっているという側面も否めません。

「こうすれば、ホラ簡単!」的な“甘い話”に国民は目を奪われがちですが、経済の仕組みはそれほど簡単なものではありません。政権交代をしてもできないものが「ホラ簡単!」と実行できると思う方が問題です。

では「どうするか」ということですが・・・

まず、“出(政府支出側)”を小さくするためには、政府機能の縮小(公務員の削減、行政の無駄撲滅)が必要になります。当然、要らない部分は切って捨てることになるのでしょうが、それだけではうまくいかないでしょう。となると、行政サービスをアウトソーシングすることになります。この場合、「公益」という意味が問題になってきます。現代社会のおいては「豊かさ」「幸せ」などといった価値観が多様化してしまっているので、国全体で同じ行政サービスを行った場合、ある地域・コミュニティでは「有用」であっても、他の地域・コミュニティでは「不要」になったりする場合が多く発生することになります。

したがって、「治安維持」「安全保障」などといった事項は国家が行うにしても、生活に密着した行政サービスは、より身近な地域・コミュニティに全面的な権限移譲を行うようにすべきなのだと思います。おそらく、これが「新しい公共」の考えだと思うので、鳩山政権になってからは徐々に進んでいるのでしょうが、NPO等にあまり関心のない人々にも理解しやすい形で、幅広く議論を進め、より早く「市民を巻き込む形の新しい行政のあり方」を構築してほしいと思います。

ここでNPO等に関心のない方々は「また、中抜きをされるだけ」としか考えていないので、非営利団体等へのアウトソーシングに対しては拒否反応を示す場合が多くあります。この点について政府としても、もっと積極的な広報活動や教育が必要であり、丁寧な議論を積み上げていってほしいと私は思っています。

一方、“入(政府の収入側)”として真っ先に思いつくのは「累進課税の累進性の強化や法人税の増税」だと思います。しかし、これらは成長戦略を考えれば、やはり、うまくいかないでしょう。「カネ持ちからより多く」というのは、わからないではなりませんが、今のように「リスクを取らない」という社会において「積極的にリスクを取ろう」とする主体の存在は貴重です(※)

※この点に関しは、以前、アゴラに投稿した「『営利を尊重する』という考え方も必要」をみてください!

したがって、累進課税や法人税は世界の標準に留めざるを得ないでしょうから、やはり、消費税に頼るしかないと感じます。当然、逆進性や社会保障との関係にも配慮しないといけないでしょうから、実際に消費税を引き上げる際には、いろいろな側面から大いに議論をすべきだとは思います。

以上のように、今の財政を前提にして、今後の社会を考えれば「財政の健全化」「行政改革」「地域主権」「成長戦略」というものがキーワードになるのですが、これって、何も目新しい話ではありませんよね。つまり、「ホラ簡単!」的な政策で起死回生というのではなく、痛みを伴うことであっても後回しにせず、正面から広く議論を進めていくことこそが大切なのであり、それが早道なのではないでしょうか。

何か「裏技」を試してみて、最後になって「ごめんなさい」では一向に良くなりませんし、「国民のため」にはなりません!

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