ギリシャと日本の「違い」って、何?!   ―前田拓生

前田 拓生

以前アゴラに「ギリシャ危機は対岸の火事か?!」及び「財政危機でも『円安になればOK』は正しい?!」を投稿しましたが、「そもそもギリシャと日本の政府債務の問題は“基本的なメカニズム”が異なる」と考えている方がいるようです。今回はこの点に関して考えてみたいと思います。


細かな点は他にもあるかもしれませんが、一般的な論点としては、以下の3つに集約できるでしょう。

1.ギリシャの政府債務は対外債務が多い(→日本は国内でファイナンスしている)
2.ギリシャではすでに税金が高いから増税等が難しい(→日本の消費税は5%であり、所得税も含めて、増税余地がある)
3.ギリシャ政府には通貨発行権がない(→日本には国内に通貨発行権を持つ日銀がある)

まず「1.」のように対外債務が多い場合、それを返済するには「外貨」が必要になるので、政府の「外貨準備」が「どれほどあるのか」がポイントになります。しかしここで、外貨準備が必要額を下回っている場合には、返済が滞る可能性が懸念されるため、サドンデスも含めた危機的な状態に陥ることがあります。これがギリシャ問題といえます。

他方、日本は現在、日本国内でファイナンスが出来ているので、その意味で「ギリシャとは違う」ことになります。

とはいえ、現在、日本国内でファイナンスが問題なく行われているのは、家計の貯蓄残高の内、55%が預貯金で、30%弱が年金保険になっていることから、金融機関を通じて、日本の国債を購入されているからです。ところが、このような流れが、今後も続くかどうかはわかりません。もし、家計が海外に資金を流すようになれば、または、金融機関が国債の運用を減らせば、“今”の安定した国債消化は難しくなるかもしれません。

「これは非現実だ!」と一蹴できるのでしょうか?

日本の人口動態によれば、少子高齢化は今後さらに深刻化するわけですから、移民等を受け入れない限り、家計貯蓄残高は今後も減少し続ける可能性が高いことが指摘されています。また、フローでみた家計貯蓄が減少してきていることから、家計サイドからの資金が潤沢に金融機関に流れるような状態は“過去のもの”になっていく可能性も否めません。そうなれば、今後、マクロでみた本源的預金は減少するので、金融機関の国債への運用も減少させる可能性があり、国内での国債消化という点について、暗雲がたちこめる状態になることも十分に考えられます。

このような事態になってしまった場合、海外からのファイナンスが必要になりますが、そもそも世界的にみて日本の政府債務残高は非常に高いわけですから、「国内ではダメだから海外から」ということは簡単ではないでしょう。つまり、日本において国内ファイナンスは「将来も可能である」とは必ずしもいえず、しかも、国内ファイナンスが出来なくなった途端に海外からもファイナンスが困難になるはずだから、“日本のギリシャ化”が現実化する可能性があるといえます。

まぁ、サドンデスのような破たんが日本で起こる可能性は少ないかもしれませんが、将来の日本においては、ギリシャと同様の問題が起こる可能性はあることになります。

この場合に問題になるのが「2.」の「増税の現実可能性」ですが、日本の場合、世界的にみて「消費税5%」と税率は非常に低いので、十分に税金の引き上げは可能だと考えることができます。また実際にも、税率の引き上げに対して“世界の投資家”たちは「国会を通す必要はあるが、当然、大丈夫だろう」と思っているので、日本の財政問題に対しては楽観しているといえます。これがアンカーとなっているので、日本国債の利回りが低金利を維持できているのだろうと推測されます。

ただ、この点に関しても「増税に対しては根強い反対がある」のは日本でも同じであり、増税議論の中でギリシャの大規模なストのような事件が「日本では起こらない」とはいえません。もし万が一にも、ギリシャのようなことがあれば、深刻な事態に発展することはあり得るということになります。

その意味で現時点では「2.」の違いはあるものの、将来については“日本のギリシャ化”の可能性を否定することはできないことになります。

ところが・・・

「1.」や「2.」はそれほどの大きな問題ではなく、ギリシャと日本の根本的な違いは「通貨の発行権の有無なのだ」と主張する人も多くいるようです。つまり、「3.」の違いがあるのだから「日本はギリシャ化しない」というわけです。本当でしょうか?

例えば、ギリシャのように対外負債が多く、通貨発行権がない国の場合、政府債務残高が多いとサドンデスも含めた破たんの可能性が高いものの、もしギリシャに通貨発行権があれば、現在のような事態に「発展しなかった」といえるのでしょうか。

そのようなことはないでしょう。ギリシャのように対外債務が多く、サドンデスの可能性があるような場合、自国通貨は極端に他の通貨に対して下落しているでしょうから、通貨をいくら刷ったとしても返済原資とはならないので、増税や公務員の削減等が出来ない以上、破たんは避けられなかったはずであり、このような事態になれば、現在同様に、他国からつなぎ融資を受けるか、IMFなどに救済を求めることになっていたでしょう。

翻って、日本でも通貨を発行することができるのは中央銀行たる日銀であり、政府ではありません。なので、通貨発行権が「ある/ない」というのは、そもそも何の関係もないことになります。

とはいえ、もし仮に日本銀行が政府の言いなりになって、日銀が「通貨発行権を濫用して、事を納める」となった場合には、おそらく「日銀が政府国債を購入して、日銀の資産とする」ということになるのでしょう。ここでは「政府と日銀」を一体として考えているので、資産と負債が相殺されることから、政府債務が巨額であるという点についての問題はかなり少なくなるはずです。でも、そのようなことをすれば、それと引き換えに「通貨=円」が、大量に市場にばら撒かれるわけですから、(対外負債は少ないので、サドンデスの可能性は少ないでしょうが)当然、円安が加速することになると思われます。

しかしここでも「日本には大量の対外純資産があるので、円安にはならない」という話があるようです。本当でしょうか?

日本の対外純資産は、今までの経済行動によって民間主体が積み上げてきたものですが、それが多いからといっても、政府債務の引き受けによって日銀から大量に円が発行されれば、市場メカニズムによって円は急速に売られるのは当然です。つまり、「対外純資産が多い」が「円が安くならない」とイコールではないのです。そもそも対外純資産の多い国は「当該国通貨の為替変動リスクが低い」というだけであり、それが直接に為替レートを決定するわけではありません(投資家心理には影響を与えますが)。

このように「3.」における「違い」を強調する人々は、通貨当局が「通貨発行権を濫用して、事を納めることができる」と考えているのでしょうが、それは自国通貨を暴落させるだけであり、何の解決にもならないのです。

これが「問題ではない」と考える人は、何故、今、ユーロ圏が「ユーロ安」を大きな問題と捉えているのかを考えてみては如何でしょうか。

以上のように、現在時点の日本とギリシャの状況は「違う」のは確かですが、それは将来時点においても担保されているわけではなく、むしろ、想定される将来の日本経済を考慮すれば、“日本のギリシャ化”が現実になる可能性があるということを認識すべきだと、私は思っています。特に「通貨発行権」が何かの免罪符になると考えるのは誤りであり、注意すべき点だと思っています。

コメント

  1. 日本は韓国みたいにIMF管理下に入るというのはどうですか。確か韓国はアジア通貨危機の時にIMFが介入して財閥の解体などを行い,その後,何だかんだ言って復活していますよね。それにならって日本もIMFに介入してもらうのです。最近,IMFが日本に消費税を上げるように提言して「内政干渉だ」などと不快感を表明している人もいるようですが,どうせ日本は外圧でしか改革できないお国柄なのですから,いっそのことIMFに立て直していただいた方が数々のシガラミを断ちきれて正しい改革ができると思います。あの日産だってゴーンを社長にしたからV字回復したんです。もう日本の財政状況は薬物などによる保存的療法では治せず外科手術しかありません。で,自分じゃ自分の身体を切るなんてできっこありませんから,IMFに手術してもらうのです。
    かつてネバタ・レポートなるものがあってIMFの管理下に入ると,日本は以下のようになるそうです。

    (引用開始)
    1. 公務員の総数の30%カット、及び給料30%のカット、ボーナス全てカット
    2.公務員の退職金は100%すべてカット
    3. 年金は一律30%カット、
    4. 国債の利払いは、5~10年間停止
    5. 消費税を20%に引き上げ
    6. 所得税の課税最低限を年収100万円まで引き下げ
    7. 資産税を導入して不動産には公示価格の5%を課税、債権・社債については5~15%の課税、株式は取得金額の1%を 課税。
    8. 預金は一律1000万以上のペイオフを実施し、第2段階として預金額を30%~40%財産税として没収する。
    (引用終了)

    このまま日本政府と官僚に財政再建を任せていたら,1.2.が除かれて3.~8.だけが現実化しそうです。1.2.は最も重要な項目だからこそ,先頭に書いてあるはずなのに,それをやらないで3.~8.だけやられては,国民はたまったもんじゃありません。

  2. ryokauta より:

    素人的疑問なんですが、円安になったら輸出が急激に増えて景気がよくなりませんか?

  3. 前田拓生 より:

    jit19850726131431さん、コメントありがとうございます。

    お気持ちはわからないでもありませんが、IMF等のお世話になるようなことがないように、辛口のコメント(増税やむなし)等の話をしているわけです(汗)

    国民として「良い人」を選ぶようにしましょう!!

    ryokautaさん
    本文にもありますように、「財政危機でも「円安にならばOK」は正しい」のコラムを読んでいただけませんか???

    http://agora-web.jp/archives/1016217.html

  4. qaz1352 より:

    どうせ悲観論なら日本破掟で世界は終わるという
    くらいスケールの大きい経済記事を書いて欲しいです。
    昨日のニュースでは海外資産が19年トップで270
    兆円でしたか?
    早く破掟して清算で債務のリターンマネーを受け取りたいものです。

  5. 私は政府が国民に対して消費税を20%に上げるということをお願いするのなら,同時に(というか本来ならその前に)公務員の総数と給与を30%削減するということも約束しなければ“欺瞞”だと思います。前田さんの辛口のコメント(増税やむなし)は国民に対して辛口であり,公務員に対しては甘口ということですか?私は経済の素人(情報弱者)ですが,経済の専門家(情報強者)が,IMFの処方箋の,いの一番と二番に上げている項目を伏せておいて,まず5番目の項目を前に出して商品説明するような商売をやったら“詐欺的”だと思います。会社だって傾いたら消費者の価格に転嫁する前に,社員の高給をカットしたり,リストラして更生するのが当たり前だと思います。国は公務員の人件費に国家予算のどれだけを投入しているのか,まずそれを国民に周知した後に,選挙していただきたいと思います。そうでなければ「良い人」を選べません。

  6. 前田拓生 より:

    qaz1352さん、もう少し「対外純資産」の意味を研究された方が良いですね。本文にも書いたように、これは民間が保有している海外通貨建ての純資産です。

    「清算されて」といっていることからして、意味を取り違えています。

    jit19850726131431さん、基本的に合意したつもりで書いたのですが、意思が通じなかったようですね。

    なお、「公務員改革」という話を「全面に」という話はわかるし、それをやって欲しいと私も思っています。が、それだけでこの巨額の債務が何とかなるはずはありません。

    むしろ、そこだけに焦点を当てて「ホラ簡単!」的な政党はダメでしょうね。その辺りを考えるべきなのです。

    政府にいじめられぱなしの国民にとって、公務員いじめのような仕分けはおもしろいのですが、それだけで「良くなる」ということはありません。

  7. そうですか,ただ,ギリシャと日本の事情を比較するのに,公務員に関する記述が無いのが不自然に感じたものですからコメントしました。しかし,ギリシャで大規模なストライキが起きたのは政府の財政再建策が,「公務員の給料凍結と人員の削減」,「年金受給年齢の引き上げ」,「社会保障費の削減」などが原因であったと報道されているのに,前田さんのエントリーでは,1.外債の問題2.増税の余地3.通貨の発行権の違いから,日本は公務員の人員や給料に手をつけなくても(最後に手をつければよい?)財政再建可能だと言っているように思えたのです。私は財政再建上,公務員の問題は,ギリシャと日本ではほとんど同じくらい深刻な問題であり,そこに手をつけない限り不可能だと思うのです。

  8. 前田拓生 より:

    >1.外債の問題2.増税の余地3.通貨の発行権の違いから,日本は公務員の人員や給料に手をつけなくても(最後に手をつければよい?)財政再建可能だと言っているように思えたのです。私は財政再建上,公務員の問題は,ギリシャと日本ではほとんど同じくらい深刻な問題であり,そこに手をつけない限り不可能だと思う

    国の資金調達サイドから話しているので「1・2・3」を話しています。公務員の人件費等は「資金運用サイドの非効率性」になるわけですから、これは基本的に別に議論すべきです。

    つまり、調達ができなくなれば、デフォルトになるわけですから、それがこのコラムでの中心になっているということです。

    当然、資金を出す方(国民も含めて)からすれば、「運用をしっかりしろ」という話でしょうから、それはそれで議論をすべきだということなのですよ。

    同じものを右から見たのか、左から見たのかの違いと考えていただければ幸甚です!