クジラ、イルカ、マグロをめぐる問題 - 原淳二郎(ジャーナリスト)

2010年06月08日 16:52

 日本のイルカ捕食文化をドキュメンタリー映画にした「ザ・コーヴ」の上映をめぐって、上映中止騒動が持ち上がっている。私はイルカもクジラも食べないが、彼らがなぜ日本の食文化を批判するのか「ザ・コーヴ」を見て、彼らの主張に接してみたいと思っていた。しかし、上映が中止になってはどうしようもない。相手の表現が気に入らないから、表現そのものをさせないのは、どう見ても野蛮である。


日本の調査捕鯨を実力で阻止したシーシェパードの船長がいま裁判にかけられている。公判で日本の調査捕鯨の違法性を主張するらしいが、メディアは法廷で彼らが何を主張しているのか、なかなか報じてくれない。

地中海ではクロマグロ漁をグリーンピースが実力で妨害するニュースもあった。

グリーンピースのゴムボートが沈没、ケガ人も出た。マグロを取る漁民には生活がかかっている。何の権利があって妨害をするのか、腹を立てたとしても当然である。

なぜ実力行使までして漁を妨害するのか、日本人には理解しにくい。日本人の多くはクジラをうまいうまいといって食べる。食糧難だった子ども時代、学校給食で鯨肉を食べさせられた。それで蛋白源を補っていた。クジラは戦後日本の子どもを救ったといっていい。

いまはクジラを食べなくても栄養失調になるわけではない。調査といって数百頭も捕獲する必要があるのか、という議論もある。

イルカは漁業資源を食い荒らす害獣だという説もある。漁民の生活の元であるサカナを食い尽くす。漁民がイルカを浅瀬に追い込んで撲殺する映像を見たこともある。それが環境保護派から見ると野蛮に映る。欧米人だって石油が燃料として利用されるまで、鯨油を取るためにだけ世界各地で捕鯨をしていた。日本に開国を迫った大きな理由のひとつは、捕鯨船の水の補給だった。国民の蛋白源確保のために捕鯨をした日本と燃料油確保のために捕鯨をした欧米とどちらが野蛮か。
比較しても意味はない。

寿司はいまや世界中で好んで食べられるようになった。マグロも寿司の重要な食材である。シーシェパードなど環境保護派は食文化への挑戦をしているといってもいい。

人間は食べられるものは何でも食べてきた。半面、禁忌としてきた食材もある。

その社会の価値観、宗教観によって、何を食することが許され、何が保護されるべきなのかは変わる。

根本的な価値観が異なるのだから国際捕鯨委員会でも話し合いは決着がつかず、ずっと平行線をたどっている。その結末が実力行使とそれを阻止する実力行使の応酬である。科学的調査や事実に基づく冷静な議論はどこへやら。保護派、反保護派双方が相手の主張にいっさい耳を貸さない風潮こそ実は人類共通の敵である。

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