「光の道」とNTTの構造分離 (まとめ) - 松本徹三

2010年06月21日 10:00

6月17日に孫さんと池田先生の討論がUSTで行われました。私は海外にいた為に見逃したのですが、後でビデオを見ました。

孫さんは、事前にこれまでに池田先生が言ってこられたことを全てチェックして、それに対するコメントを逐一用意していましたし、現実に、電波問題以外では、池田先生のUSTでの発言が極端に少なかったのは、衆目の一致するところでした。


事後のUSTのアンケートでも、
1)全て光にすべき(仮にコンテンツが今のままでも)
2)NTTを構造分離すべき
3)電波の再編成をすべき
の3点の全てについて、80-90%の賛成票が投じられたことが分かったので、「もうこの問題については、私がアゴラでこれ以上書く必要はないだろう」と、私自身も実はホッとしていました。

ところが、その後の池田先生のアゴラ上での「まとめ」を読むと、ちょっと話が変なので、もう一度だけ、この件についての私なりの「まとめ」を寄稿させて頂きます。

なお、アゴラのコメント欄に投稿して下さる方の中には、ソフトバンクの事業についてご心配頂く方が多いのですが、ソフトバンクの事業自体は、国の通信インフラのグランドデザインが健全で効率的なものになっている限りは、きちんとやっていける自信があります。特に私自身の担当分野であるモバイルについては、周波数割当についてはなお懸念があるものの、それ以外の殆どの問題は、経営努力で解決出来る問題だと思っています。

私は、いつも、固定環境を「陸地」に、移動環境を「海」に例えていますが、人間は通常は「陸地」にいるので、自分の担当の「海軍」のことだけを考えているわけにはいきません。最近は「海兵隊」(携帯無線端末)が「陸地」でも大活躍ですが、「海」と違って「陸地」には昔からの施設が色々あり、現状ではこれが歪んだ形になっているので、ここにきちんとしたグランドデザインが確立していないと、とても不安なのです。

それでは、本題に入ります。

先ず、「光の道」「NTTの構造分離問題」「NTTの既存交換網のIP化」「電波再編問題」の四つの関係ですが、この四つの全てが重要な問題であることは明らかです。全てが重要なのですから、「こっちがあれば、あっちは要らない」という議論は成立しません。

先ず、池田先生が情熱を傾けて下さっている「電波の再編」ですが、これが極めて重要な問題であることは言うまでもありません。ですから、今後、あらゆる分野でこの議論がどんどん進められるべきは当然です。しかし、これまでも何度も申し上げているように、無線だけでは、今後必要となる「高速大容量通信」の全てをサポートすることは全く不可能ですから、「これさえやれば『光の道』も『NTTの構造分離』も不必要だ」ということには勿論なりません。

次に、池田先生が最近持ち出された「交換網(Connection Network)からIP網(connectionless Network)への転換」の問題ですが、これは今後の当然の流れであり、あらためて論じるまでもないことです。NTTがタイミング的にこれを思い切って前倒しするというのであれば、それは誠に結構なことですから、是非おやりになればよいと思いますが、それはNTTのネットワークの「合理化」の問題であって、ユーザーのニーズとは特に関係はありません。また、「光の道」や「NTTの構造分離問題」で論じられている「伝送路」の問題とは異なるレイヤの問題ですから、これらの議論とも全く関係はありません。

「生産性の向上」「国民生活の質の向上」「地方の活性化」「教育と医療の変革」等を目標とした「光の道」と、「公正競争環境の実現」を主たる目標とした「NTTの構造分離問題」も、元来は別次元の話なのですが、「光の道を実現しようとすれば、NTTの構造分離は不可欠」という考えがあるからには(正しいかどうかは別として)、先ずは一緒に論じるのが妥当でしょう。

「『光の道』を実現する為にも、『NTTの構造分離』は必須である」というソフトバンクの主張は、「『光の道』を『国民の税負担ナシ』で実現するためには、『メタル回線の全面撤去』を同時に行うことが必須であり、その為には、『NTTの構造分離』が必須である」という三段論法によるものです。

その後段の論拠は
1)NTTが、現在のように「営利追求を目的とする普通の会社」という側面と「公益的な役割を果たす国策会社」という側面を、渾然一体として併せ持っている限りは、このような「計画経済的な手法」は導入できない。(従って、性格の異なるこの両部門を、この際、明確に分離すべきである。)
2)地域によっては自然独占に近くならざるを得ない「伝送路」を、NTTが「他の通信会社に貸し出す(卸売り)」一方で、それを利用する通信サービス(小売り)も「他の通信会社と競争して」行っている状況下では、「光回線サービスでの公正競争」は全く保証され得ない。その事自体がそもそも極めて本質的な問題であるわけだが、「メタル回線の撤去」についても、この様な状況が変わらぬ限りは、既存ADSL事業者は「絶対反対」を唱え続けるしかなくなる。
ということです。

次に、池田先生は、毎回繰り返して「NTTの分離・分割など今更出来るわけはない」と極めて断定的におっしゃっておられますが、これは「消費税の導入など今更出来るわけはない」と言うのと同じ位に、ドグマチックで根拠に乏しい議論だと思います。

1996年の時点では、NTTの分離・分割はまさに実現しようとしていたわけで、最終段階で政治力によって「持ち株会社」という「骨抜き決着」になっただけです。しかし、さすがにこの「骨抜き決着」を永久に適用するのは無理だろうという判断から、「10年後の見直し」が決められました。そして、10年後の時点では、また政治力が働いて「2010年での見直し」となり、今日に至っています。池田先生の「出来るわけがない」という議論は、「日本はそういう国なのだから、NTTの分離・分割は永久に後送りされる宿命であり、それを変える事など不可能だ」と言っておられるかのように聞えますが、これは著名な学者先生のお言葉とはとても思えません。

NTTの分離・分割は、少なくとも法制的には何の問題もない筈です。(もし法制的にみて基本的な問題があるのなら、何故1990年の時点からこの問題が延々と議論されているのでしょうか?) 英国には「男を女にする以外は、国会は何でも出来る」という言葉があるそうですが、現在のNTTはNTT法によって規定されているのですから、このNTT法を国会で改正すれば、NTTのあり方などは如何様にも変えることは出来るのです。

逆に、むしろ正反対の見方も出来ます。仮に色々な検討の結果「NTTの構造分離はやはり必要だ」という結論が出たとしたら、NTTの「組織防衛派」は、これを覆すことが果たして出来るでしょうか? これを覆すためには、そのデメリットを国民の視点から具体的に訴えなければならないのですが、これはとても難しそうです。1996年の時点では、「国際競争力」「技術開発力」「株主の利益」「ユニバーサルサービスの確保」の4点セットがポイントになったのですが、今回は、この全てが簡単に論駁されてしまいそうです。

考えてみると、「光の道」の方には、色々な異論や反論、代替案などが数多く出そうですが、「NTTの構造分理論」の方は、「イエス」か「ノー」かの二者択一の問題であり、明確に「ノー」と言える根拠は、どう考えてみてもあまり見当たらないので、むしろ簡単に「イエス」の結論が出てしまう可能性すらあるように思えてなりません。

さて、次の問題に移ります。

かつて、池田先生は私に、「ソフトバンクの案は、実現に至るまでの手続き面と、新会社のガバナンスの点で穴だらけだ。これを明らかにせよ」と求められました。そして、孫さんとのUST討論に関しても、「この問題については孫さんからも明確な返答はなかった」という指摘がありました。

しかし、この問題についての私の結論は、「具体的な考えがないわけではないが、それをソフトバンクが提案するのは不適切だ」ということです。以下にその理由を述べます。

そもそも、「光の道」は、原口総務大臣が提案され、この実現方法の検討を総務省と「タスクフォース」に指示されたものです。ソフトバンクの孫社長は、これに呼応して、「こういう方法をとれば、『光の道』は『国民の税負担ナシ』で実現できるのではないか」という具体案を、「関係する事業者の代表」という立場で招かれた「タスクフォースの第一、第二合同部会」の席上で披露しました。

何故ソフトバンクがこの様な具体的な提案を出したかと言えば、「この様な『アイディア』や、それに基づいた『具体的な提案』は、他の人達からは恐らく出てこないだろう」と考えたからに他なりません。

本当は、この様なことは、NTT自身が提案してくれれば一番よいのですが、常に「組織防衛」を第一義に考えているかのようなNTTには、そんなことはとても期待出来ませんでした。また、職権でNTTの実態を詳細に知ることが出来る総務省も、本気になればこの様な提案が出せないではなかったと思うのですが、現在の状況下では、それに期待するのも無理だと思われました。

ソフトバンクやKDDIのような通信事業者は、顧客に対してエンド・トゥ・エンドのサービスを提供するに当たって、NTTの伝送路を使わせてもらっており、毎年その対価を払っています。その対価の根拠についても、極めて不満足ではありますが、ある程度の内訳は聞いております。ということは、ソフトバンクのような会社は、NTTのネットワーク運営の実態を、ある程度は分かっている立場にあるということです。

学者先生や評論家、ジャーナリストの方々も、本気で取材をされれば、同じような立場になられることも可能だとは思いますが、実際には、厳しい競争関係にある事業者とは緊迫感が全く違うので、それだけのインセンティブは働かないでしょう。

こういう背景があったので、ソフトバンクは、兎に角、勇気を奮ってこの様な提案を出しました。「根拠となる数字がなければ信用できない。思い付きの無責任な提案なのではないか?」と言われる方が多かったので、詳細の数字も提出しました。「間違いがあれば訂正しますから、具体的に指摘してください」とも申し上げました。しかし、現時点では、相変わらずの「数字を伴わない抽象的な批判」以外には、何等「具体的な反論」や「逆提案」はなされていないのが現状です。

ここまで来れば、これからなされるべきことは明らかです。折角ソフトバンクの具体的提案(叩き台)があるのですから、総務省がNTTに命じて、「具体的な問題点の指摘」と「具体的な逆提案」を出させればよいのではないでしょうか? どう考えても、NTT自身以外には、その事がやれる適任者はいないようですから。

さて、それでは、仮にこの提案が現実的と判断された時には、実現の為の実際の手順は如何にあるべきなのでしょうか? 池田先生は盛んに「ソフトバンクがその案を出せ」とおっしゃいますが、それはどうかと思います。 

ビジネスモデル(基本的な事業計画)については、「通信事業を実際にやっている(従って、NTTのネットワークの状況についてもある程度分かっている)我々にしか、こういう具体案は出せないのではないか」という自負がありましたから、実際に提案しました。しかし、その「実現の手続き」や「NTT法の改正のあり方」等については、総務省の官僚の方々の方が余程よく分かっておられると、我々は思っています。従って、こういう方々を差しおいて、一事業者に過ぎない我々が、そういった分野に関することについてまで「具体案」を具申するのは、僭越であると思っています。

新会社のガバナンスについては、それを「国営」「公営」「民営」の何れと呼ぶかはともかくとして、色々な案があって然るべきです。それぞれの案には当然「プロ」と「コン」があるでしょうから、それについても公の場で大いに議論すればよいでしょう。

「計画が当初のプラン通りには行かず、赤字になったらどうするのか」という問い掛けも、これまた極めて常識的な議論です。国の事業であれ民間の事業であれ、先ず「事業として成立する(赤字にはならない)」という十分な成算がなければ、踏みきれないのは当然です。そして、それで踏み切ったとしても、「結果が思うに任せない可能性は根絶できない」というのも、これまた当然のことです。

先ず「踏み切れるかどうか」は、ソフトバンクが提出したプランに限らず、全てのプランを精査して判断すればよいだけのことです。(具体的な精査もしないであれこれ言うのは、元々筋違いで、何の意味もありません。) 「結果が思い通りにいかなかったらどうするか」は、その時点で、その事業の株主が(それが「国」になるのか、「一般の法人や個人」になるのか、或いは「その混合」になるのかは、これから大いに議論するとして)決めればよいことです。

自分は何も具体案を出さず、折角出てきた「叩き台」も、ただ抽象論だけで「出来るはずはない」とこき下ろしている人達だけでは、もはや何も前には進みません。もう相当時間がたっているのですから、今は一日も早く、総務省のリーダーシップの下に、「数字を伴った具体案」での議論を進めて頂きたいものです。

「FTTHとDSLと無線の比較」も、「コストとパーフォーマンスを同じベースで比較した具体的且つプロフェッショナルなもの」以外は、池田先生からはもう持ち出されない方がよいと思います。どなたかからのインプットがベースになっているのだとは思いますが、今後は、そういうインプットをした方の口から直接言って貰った方がよいでしょう。失礼ながら、技術的には殆どが的外れなものなので、先生の発言とされると、先生の権威がそこなわれるだけです。

また、池田先生のお話には、「NTTの役員はソフトバンクの案は滅茶苦茶だと言っている」等々、NTTの方々のコメントが間接的にしばしば出てきますが、その方々には、「そんなことは自分に言うのではなく、公の場で言ってください」と、是非お伝え頂きたく存じます。「NTTが受け入れない」とか、「NTTの社員はソフトバンクが嫌いだ」という類のコメントも、「国策の履行」には何ら関係のないことですから、差し控えられた方がよいのではないでしょうか? NTT法をどうするかは、国民に選ばれた国会議員が決めることであり、NTTの役員や社員が決めることではありません。

以上が、池田先生の本件についての「まとめ」に対するコメントを兼ねた、私の本件についての「まとめ」です。

最後に、蛇足ではありますが、「米国のAT&Tの分割は失敗だった」という池田先生のコメントについても、前回の「財産権」についてのコメント同様、一般の読者をミスリードする恐れが多分にあるので、「失敗と断ずるのは正しくない」ということを、以下に簡単な解説と共にお伝えしておきたいと思います。長くなりますが、ご興味のある方はお読み下さい。

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米国では、グラハム・ベルによる電話システムの発明以来の伝統を引き継いできた巨大な垂直統合型の「AT&T」が、長距離ネットワークの運営と研究開発・機器製造を行う「新AT&T」と、7つの「地域電話会社」の計8社に、1984年に分割されました。そして、その後、「新AT&T」は、研究開発・機器製造部門を「Lucent Technology」として自主的に分離しました。

ところが、その後、8社に分割された電話会社は、複雑な合併と吸収を繰り返し、現在は「Verizon」と「AT&T」の2社に概ね再編された形になっています。このことをもって、「ほら見ろ。結局元に戻ったじゃあないか。分割は失敗だったのだ」と言っている人が結構居ます。しかし、果たしてそうでしょうか?

アメリカでは、先ず「分割」によって「動かし難い山のように見えたAT&Tの圧倒的な独占状態」を打ち崩し、その後「各社それぞれの自由意思」によって、即ち「競争環境の中で生きていく為のそれぞれの経営戦略」によって、合併・統合が繰り返されたのです。もし最初の「分割」がなかったら、その後の動きもなく、現在のような状況にはならなかったでしょう。

「真の『建設』は『破壊』の後でしか出来ない」という言葉がありますが、アメリカがやった事はまさにこれでした。それに対し、「身内に甘く、正邪の区別を曖昧にしたままで、『マアマア』とお互いを庇い合う」傾向の強い日本では、通常このような「破壊」は出来ず、従って「真の建設」もなかなか出来ないようです。

ちなみに、現在の「Verizon」と「AT&T」は下記のような経緯で形成されました。

「Verizon」は、7つの地域電話会社のうち東部に位置した2社、NynexとBell Atlanticが中核になり、これに中西部のAmeritechと西海岸のPacific Telesisの一部が、漸次吸収されて形成されました。「固定通信サービス」と「携帯(無線)通信サービス」の二部門から成り立っていますが、「携帯通信サービス」の方はもともと地域電話会社系と独立無線通信会社系の二系統に免許が与えられた経緯がありますので、前者の大部分を引き継いだ「Verizon」は、ごく自然に一大勢力を形成するに至ったのです。

これに対して、「AT&T」の方はもっと複雑です。前述のように、全国の携帯通信サービスの約半分は、当初はMcCaw CellularやLin Broadcasting等に代表される独立系無線通信会社が行っていたのですが、これらの会社が合併・吸収を繰り返した挙句、最終的に、事業的には殆ど関係のなかった「AT&T」と合併、ブランドとしてより価値のある「AT&T」を会社名にしました。一方、「Verizon」系とは別の地域電話会社を糾合した「Cingular」(南部のBell Southと南西部のSouth Western Bellが中核)も、最終的にここに吸収されたので、ここに、「全ての部門でVerizonと拮抗する力を持つ新しい会社」が、昔ながらの「AT&T」の名の下に誕生したわけです。

(なお、「Verizon」と「AT&T」に次ぐ第三位の通信会社は、元々「旧AT&T」と対抗する立場だった独立電話会社系の「Sprint」であり、第四位はドイツテレコム系の「T-Mobile」ですが、今回の議論とは直接関係がないので、ここでは説明を省きます。)

さて、このように複雑な合併・統合によって二大勢力が誕生したのですが、その経過においては、もともと同じ釜の飯を食っていた旧AT&Tの各社の間には激しい競争がありました。繰り返しますが、このような競争がなければ、合併も吸収も何も起こらなかったのです。

そもそも、当初の「AT&T分割」の条件自体が、日本の「見せかけのNTT分割」とは似ても似つかぬ厳しいものでした。私はまさにその現場に居合わせていたのでよく知っていますが、「経営の分離」を確実に担保する為に、昔の友達にちょっと電話して情報交換をしたり、意見を求めたりする事すらもが禁止されていた程です。「持ち株会社」の支配下で、グループ各社で頻繁に人事交流が行われているNTTの現状とは、全く比較になりません。

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