「強い社会保障」という偽善 - 『社会保障の「不都合な真実」』

2010年07月10日 18:47

★★★★☆(評者)池田信夫

社会保障の「不都合な真実」社会保障の「不都合な真実」
著者:鈴木 亘
販売元:日本経済新聞出版社
発売日:2010-07-16
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社会保障に反対する人はいない。民主党も自民党も「福祉の充実」を公約に掲げ、世論調査では「負担が増えても社会保障が充実したほうがいい」という意見に賛成の人が6割を超える。こう答える人は、すべての人に平等に社会保障の恩恵が行き渡ると想定しているのだろうが、民主党政権のいう「強い社会保障」は本当にそういう理想郷を実現するのだろうか。

このキャッチフレーズの生みの親である神野直彦氏は、「スウェーデン型福祉社会」をめざすという。しかし北欧諸国の高齢者(65歳以上)人口は20%弱でほぼ安定しているが、日本は25%。現役世代3人で高齢者1人を養っているが、これから急速に高齢化し、2023年には2人で1人、2040年には1.5人で1人になる。今年生まれた子供が30歳になるときは、社会保障負担は現在の2倍になるのだ。

この状況で「強い社会保障」と称して給付を2倍にすると、将来世代の負担は4倍になり、所得の半分以上が社会保険料に取られることになる。そんな社会が「安心」とはほど遠いことはいうまでもない。特に現在の賦課方式の保険制度では、50歳以上の受益者とそれ以下の負担者の格差は一人あたり数千万円にのぼる。年金会計は540兆円の債務超過であり、いずれ積立方式に変更することは避けられないと著者はみている。

「強い社会保障と強い経済の二兎を追う」という「神野理論」は、非現実的な「まじない経済学」である。そこで漠然と想定されているのは、失業者を雇って福祉・介護業務に従事させればGDPが増えるという話だが、医療の4割、介護の6割は公費負担で、ほとんど公共事業のようなものだ。成長率を高めるには生産性を高めなければならないが、福祉部門はきわめて労働集約的かつ低賃金で、労働生産性は最低である。二兎を追う者は一兎も得ないのだ。

これに対して著者の提案する政策は、社会保障の徹底的な合理化と、規制改革による民間企業の参入である。無原則な子ども手当はやめ、保育所への民間参入を促進して、バウチャーで競争原理を導入すべきだ。これはほとんどの経済学者のコンセンサスだが、政治的には実現困難である。それは老人や労働組合の既得権を侵害するからだ。

しかし福祉という美名に隠れて老人の生活費の負担を若者に押しつける政策は、遅かれ早かれ政治的に破綻するだろう。日本は急速な高齢化の坂を転がり落ちはじめたばかりであり、税や年金を建て直すことはまだ可能だが、このまま放置すると取り返しのつかないことになる。問題は、有権者が社会保障という名の偽善にいつ気づくかである。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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