枯れた技術の水平思考 - 『ゲームの父・横井軍平伝』

2010年07月18日 22:18

★★★★☆(評者)池田信夫

ゲームの父・横井軍平伝  任天堂のDNAを創造した男ゲームの父・横井軍平伝 任天堂のDNAを創造した男
著者:牧野 武文
販売元:角川書店(角川グループパブリッシング)
発売日:2010-06-11
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横井の名前は、一般にはあまり知られていないが、任天堂で「ゲーム&ウオッチ」や「ゲームボーイ」などのヒット商品を手がけ、日本のゲームの元祖といわれる人物である。「ドンキーコング」や「スーパーマリオ」などの初期のゲームを手がけ、宮本茂氏(任天堂専務)が「師匠」と呼んでいる。1997年に交通事故で亡くなったが、2003年に世界ゲーム開発者会議で「生涯功労賞」を授与された。

しかし横井の人生は、彼自身もいうように「落ちこぼれ」だった。1960年に任天堂で初の大卒社員として採用されたが、当時の任天堂は花札メーカーで、電子工学を学んだ横井の技術を生かす場はなかった。花札を製造する機械の保守などをしているうち、遊びでつくった「ウルトラハンド」(伸縮して遠くのものをつかめる玩具)がヒット商品となり、任天堂は家庭用ゲームに進出する。

本書に並べられた彼の作品をみて印象的なのは、そのほとんどが失敗作だということである。ドライブゲーム、ラブテスター、ウルトラスコープ、エレコンガ・・・などと並べても、知っている人はまずいないだろう。打率は1割ぐらいだが、この世界では打率1割は大ヒット・メーカーなのだ。

もう一つの特徴は、「技術革新」がほとんど見られないことだ。たとえばゲーム&ウオッチは、白黒の液晶を小型のパネルにはめこんで操作ボタンをつけただけの簡単な構造で、売り物はゲームの中身だった。こうした「枯れた技術の水平思考」という横井の精神は任天堂に今も受け継がれ、ニンテンドーDSやWiiのように高度な技術より遊びの楽しさを追求することで、任天堂は世界企業になった。

従業員わずか1600人の任天堂が時価総額3兆円を超え、世界の最優良企業に選ばれるまでになった原因は、横井のような落ちこぼれが失敗しながらいろいろなことを試せる自由があったからだ。イノベーションは技術偏重の「ものづくり」からは生まれないし、霞ヶ関の常識からも出てこない。こうした日本社会の「本流」には未来がないが、それが崩壊して横井のような「傍流」の人々が育つことが日本の唯一の希望だろう。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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