ネット生保立ち上げ秘話(21) 砂に水を撒く - 岩瀬大輔

2010年08月31日 18:13

朝日新聞の五段広告

「水着でタイムが縮まるように保険の見直しで、あなたの保険料も変わるはず。」

開業3ヶ月目に朝日新聞に出稿した五段広告のコピー。掲載面もちょうどオリンピックで湧き上がるスポーツ面の下と、バッチリのはずだった。

「生きている今を楽しむために、生命保険を見直そう。ライフネット生命」

多くの人が内容を十分に理解しないまま、高い保険料を払っている。必ずしも必要ない特約や保障を省いて保険を合理的にし、かつ手数料が安い直販生保を選ぶことで、お金を節約できる。亡くなったり不幸な出来事ばかりを心配するのではなく、保険を賢く見直して節約し、浮いた保険料で食事に行ったり、旅行に出かけたり、もっと豊かな人生を送るべきではないか。そんな思いで創ったコピーだった。

しかし、結果は不発。広告が掲載されたこの日もネットを使えない高齢の方からの電話の問い合わせこそ増えたものの、ネット経由の申込みが増えることはなかった。


メディア掲載と好敵手

5月18日に実際に開業してからしばらくの間、マスコミへの露出は比較的順調だった。大手新聞は各紙とも開業のニュースを報じた。NHKも開業当日のほか「おはよう日本」やBSの「経済最前線」などで取り上げてくれた。ネット記事では日経トレンディネットが「ネットで入れる生保が2社誕生!」との長文記事を掲載。ダイヤモンドオンラインに連載中の記事で山崎元氏が「生保は金融ネットビジネスの『最後で最大のフロンティア』」と好意的に取り上げてくれたことも、大きな援護射撃となった。全部合わせると、5月、6月のメディア掲載は46件に上がった。

ここではネット生保が我々一社だけでなく、ほぼ同時期に開業したSBIアクサ生命の存在がありがたかった。というのも、マスコミは一社のことだけを取り上げることは中立性の観点から好まない。これに対してSBIアクサ・ライフネットと二社あることで「ネット生保」という一つのカテゴリが台頭しつつあることを書けるのである。SBIアクサはネット生保の顧客を取り合う直接の競合である反面、契約数の成長が減速したり、システムダウン等のミスがあると「ネット生保、伸び悩み」「セキュリティ面で不安あり」とひと括りで書かれてしまう可能性があるという面では「同志」でもあった。

とは言え、SBIグループはネット全般の雄であり、手強い好敵手であることは間違いなかった。競合の施策でもいいものであれば、遠慮せずに100%真似してくる。しかも、ものすごいスピードで。我々が実際に「ご契約者様の声」として実際に契約頂いた方々の声を顔写真付で紹介したら、彼らのページにもすぐに同じものができていた。我々がブログやネット上の記事で紹介された記事のまとめページを作ったら、同じものが彼らのページにすぐできていた。後に我々が「調査PR」なる、時事テーマを題材にしたアンケート結果のPRを始めたら、彼らも「生命保険がもっとも必要な芸人は?」といった調査リリースを出していた。ライバルが猛烈なスピードで走っていることで、気が引き締まった。

もっとも、メディアも必ずしも好意的なものばかりではなかった。6月4日にはJ-WAVEの番組に出演するため六本木ヒルズに向かった。パーソナリティーの女子アナはいわゆる「癒し系」で、僕も会うのを楽しみにしていたのだが、番組中に男性キャスターはライフネットの挑戦を持ち上げようとしてくれるのだが、ことあるごとにその女子アナは水を差すような発言を繰り返す。終わってから調べてみると、その人は他の生保のイベント司会などを受け持っているようだった。テレビの印象と実物って結構違うよな、そんな当たり前のことを感じた。

砂に水を撒く

開業のニュースが新鮮味を失い始めると、自ずとメディア掲載も減速する。そこで、まずは一人でも多くの消費者にライフネット生命を知ってもらう手段として、新聞や雑誌への広告掲載を準備し始めた。本来、多くの人にリーチする手段としてはテレビがもっとも効果的である。しかし、開業前にヒアリングしたあるダイレクト系損保からは、創業から三年間、毎年数10億円ずつテレビ広告に投下したものの鳴かず飛ばずだった、という話を聞いていた。我々にはそのようなリスクを取る資金はないし、何よりも少しでも安い保険料を実現するためには資金力に頼るようなマス広告の大量投下はするべきでないと考えていた。

とは言え、何もしないでお客さまが来るのを指をくわえて待っている訳にはいかない。まずはライフネットの存在を知ってもらわないと話にならないので、(テレビと比べると)少額で実施できる新聞と雑誌向けの広告に着手することにした。

まずは訴求メッセージの選定である。生命保険の世帯加入率は9割近いので、ほとんどの人は何らかの保険に加入している。したがって、広告では保険を見直すことでメリットがあることを伝えたいと考えた。特に先にも述べたような考えで、「生きている今を楽しむために、保険を見直そう」というコピーを広告代理店のクリエイターと考えた。そこから出てきたのが、冒頭の「水泳のタイム」に加えて、以下のものである。

「海外旅行は、年1回。外食は、月1回。結婚する時にした、妻との約束です。」

これに「かぞくへの保険」(定期保険)の保険料例1,867円(30歳男性、保険金1,500万円)などを加えて、検索を促す表現とコンタクトセンターの電話番号を記載した。この広告で我々がイメージする世界観は表現できたが、後から考えてみると消費者にとってのベネフィットは不在だった。さらに、「ネット生保」であることもどこにも書いていなかったため、会社のコンセプトも明確になっていなかった。

これらのシリーズは計4回ほど出稿したのだが、結果として(ネットを使えない中高年層からの電話を除いては)問い合わせも申し込みもほとんど増えなかった。クリエイティブのメッセージが曖昧だったことと、そもそも新聞という媒体が我々がターゲットとする若年層を据え切れていないこと、おそらく両方が相まってなのだろうが、いずれにせよ、反応は薄かったのである。

この当時苦慮したことは、限られた文字数やスペースの中でライフネットの良さをいかに表現するかである。そもそも生命保険は適正な保険料水準がいくらか、「相場」を分かっている人がいない商品だ。「医療保険が月額800円!」との広告を目にしても、安そうだけど本当はどうなのか、よく分からない。したがって、ネット直販の価格優位性を表現するのがとても難しいのである。

もうひとつが、会社の「良さ」のお墨つきをどう得るか。例えば「顧客満足度ランキング3年連続1位」とか言えれば、若い会社でも選んでもらえるのだろうが、それもない。そもそもほとんどの人にとってはどこの馬の骨か分からない存在なのである。広告のクリエイティブは、できたものを批評するのは難しくないが、いざ自分たちでゼロから作ろうとするとなかなか容易ではなのだ。

雑誌では親和性が高そうな媒体として、あるじゃん、Zaiなどのマネー雑誌の他、R25、日経ビジネスアソシエ、プレジデントファミリーなどを選んだ。商品の広告というよりは、読み物形式の記事広告を選んだ。前提となる生命保険の考え方からきちんと伝えたい、という表れだった。

更に、帰省シーズンを狙って東海道新幹線のデッキに広告を出稿した。

「あなたの保険に『のぞみ』はありますか」

これまたウィットを効かせたつもりだったが、いざ自分が乗車してみると広告に背を向けて携帯電話で話す人々や、停車駅ではバタバタと降りていく人ばかりで、じっくり広告を見てくれる人は皆無だった。

空回り

広告を打てど打てど、契約はほとんど増えない。一日の申込件数は平均すると15~20件。契約処理チームは朝9時に出社すると前日までに入った契約を査定するが、11時くらいには作業が終わってしまう。まだ、保有契約数が少ないので、契約保全や保険金支払いを担当するチームは尚更である。

毎月の契約件数はかろうじてだが増えていた。月次の数字が出揃う度に「今月も増加」と強気のプレスリリースを打ち続けていたが、実際はフィットネスジムで力のかかっっていない自転車を必死にこぎ続けているような感覚だった。

広告だけではなかなか申込みが増えないので、セミナーも実施することにした。「新婚向けの保険セミナー」と題打って都内と横浜で実施した。会場費を少しでも節約しようと、東大本郷キャンパスで教室を借りたが多くの社会人にとっては利便性がよくなかったのか、雨が降っていたこともあって入りは申込みの6割程度だった。横浜のセミナーでは社員の奥さんまでも手伝いに来てくれたが、関係者の方が参加者よりも多いのでは、という状況だった。

あきらめずに、株主であるリクルートの「住宅情報」が運営する「マンションナビカウンター」でも、住宅ローンを借りるタイミングで生命保険を見直そう、というテーマでセミナーをやらせてもらうことにした。8月の銀座は暑かったが、必死だった。リクルート経由では申込みが少なかったため、結局自分のブログなどで集客を図った。定員20名で、参加は十数名。しかもほとんどがライフネット経由で来たので、マンション等の問い合わせには結び付かず、まもなく企画は終了することとなった。

とにかく、一件でも多く入ってもらいたいと考え、自分の友人知人にも電話をかけて回った。何人かの親しい友人は何も言わずに「分かった」とだけ返事をして、すぐに申し込んでくれた。大半の人たちは、「ごめん、今入ってる保険があって…」と断られた。小学校、中学校、高校、大学、思い付く限りの人にメールや電話をしたが、結果は芳しくなかった。応援するということ、お金を払ってサービスを買ってもらうのは別のことだと、思い知った。同時に、この時に何も言わずに加入してくれた友人たちには、何をしても恩返しをしようと心に決めた。

間もなく8月が終わろうとしていた。開業してから3ヶ月半が経過し、何をやっても空回りしているように思えた。

「君たちがしていることは革命を起こすようなものでしょ。そりゃあ数ヶ月では、革命は起こらないよ。」

以前お世話になった編集者の言葉を、自分に言い聞かせた。

(つづく)

* 過去記事は こちら をご参照ください

* ライフネット生命のHPは こちら です

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岩瀬 大輔
ライフネット生命保険代表取締役社長

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