ネット生保立ち上げ秘話(30) 飛躍 - 岩瀬大輔

2010年11月02日 17:38

生の声

「民間保険の過剰なあおりを受けているためか、ガンになると高額な医療費がかかると思っている方が多いです。しかし、医療費の支払いに関する殆どの相談は制度で解決します。」

群馬県のとある総合病院でソーシャルワーカーとして働き、日常的に患者の医療費支払いの相談に携わっている方からの一通のメール。とかく費用負担の大きさを強調しがちな保険会社に対して厳しい一言から始まっていた。


新しい保険商品を開発するにあたっては、とことん現場の声にこだわってみよう。そう考えて、知り合いの医療関係者からこの方を紹介してもらったのだ。「現在の職場が大変忙しく、対応が深夜になってしまうため、やり取りはメールでお願いしたい」という先方からの依頼も、疲弊する医療現場の様子を物語っている気がした。

地方の総合病院という条件付きではあるが、「『実際に必要なお金は差額ベッド代と月10万円程度』という貴社の説明は、実際の現場の感覚と乖離してはいないと思います。」とのことで、ある程度の貯金があれば医療費負担はさほど心配すべきでない、という意見だった。

しかし、この方が指摘したリスクは医療費の自己負担額そのものよりも、病気が原因で働けなくなることだった。

「医療費の問題と並行して生じる問題は、入院生活に伴う労働機会の減少による収入減です。社会保険であれば傷病手当金制度がありますが、標準報酬日額の3分の2ですから、収入は減ります・・・・・オプションで生活保障などがあれば良いと思います。収入減に備えるために、高額給付の民間医療保険に入っているという考え方もありますが・・・・」

我々が検討を始めているディサビリティ保険も、まさにこのような「働けなくなるリスク」に備えようとするものだった。数十日の入院であっても、職を失うことさえなければ医療費の支払いは何とかなる。心配すべきは病気やケガによって長期に渡って療養を必要とし、働けなくなったときの収入逸失に備える保険ではないか。そのような想いが強くなっていった。

次に訪ねたのは、都内にある某大手病院。留学仲間の一人が米国西海岸で医療経営を専門として学び、帰国後に病院の経営企画担当として入社(入院?)していたのだ。かつて健康診断で訪ねていたこの病院、事務室に入るのは初めての経験で、舞台裏を覗き見しているような新鮮な気分だった。

「保険会社のCMって、絶対あおり過ぎだよねー」

「ねー」

友人が会議に連れてきたのは患者さんの医療費支払い相談に日々応じているという、医療事務担当の若い女性二人だった。出だしの反応は、先の群馬のソーシャルワーカーの方と同じだった。保険会社が医療関係者の間で必ずしも人気があるわけでは無い、ということを肌で感じた。

「皆さんが患者さんと接している中で、医療の支払いで困っておられてお気の毒だなと思われた方はどういうケースですか?」

「うーん・・・・あまり見ないですけどね。そうだ、あの人、可哀そうだった。40代の独身女性の人でしたけど、ガンの治療で仕事を辞めざるを得なくなって。最初は仕事を続けながら通院で治療を続けられていたのですが、途中からそれが厳しくなって。高額療養費制度があるので自己負担は月5-6万ですが。働いていれば何とか工面できる金額でも、収入が途絶えてしまうとかなり苦しくなるんですよ。あの方は、お気の毒でした。」

続けて隣の女性が思い出したように、口を開いた。

「今の話を聞いていて、もうひと方思い出しました。大手企業の部長さんで、50代。お子様が3人いらして、一番上のお子さんが今度大学生になるところで脳卒中で倒れた。奥様はずっと専業主婦だったので、今更働きには出られないですよね。ちょうど働き盛りで、これから色々とお金がかかるというタイミングで寝た切りになってしまって・・・・ご家族はとてもお気の毒でした。」

この話を聞いて、確信した。本当に備えが必要なのは、病気やケガを理由に働けなくなって、収入が途絶えるリスクなのではないか。日々、患者さんと接している医療現場の方々の話を頼りに、我々はディサビリティ保険と呼ばれる就業不能保険の必要性を再認識し、商品設計と当局との認可折衝、そしてシステム開発を進めることにした。

加速する成長

マーケティング部は引き続き、クリエイティブな施策を打ち続けていた。2009年10月にはライブドア社と共同でブログマガジン「ライフドア」を開設。生命保険会社にとって「出産・子育て」のライフステージは新規顧客獲得に重要な市場だが、同時に競合が乱立する激戦区でもあった。そこで、「ライフドア」は少しひねって、「二人目出産」という切り口で行くことにした。既に小さい子がいながら新たに家族の一員が増えるという場面は、初めての出産とは異なるノウハウや情報が必要となる。そこに目を付けて、「ど真ん中からちょっと外れたところに変化球を投げる」というライフネットらしい、いい企画だと思った。もちろん、当社は「直球勝負」の会社でありますが。

この企画ほどは盛り上がりを見せてはいないが、もう一つの試みとして、「バーチャル支店」というものがある。同じ10月に開始したのだが、各都道府県出身の社員が、例えば「ライフネット青森支店長」と称して、ローカルな話題を提供しつつ、地元のお客様たちと心理的な繋がりを築く、というものである。思えばこれはネットと位置情報の融合という点で最近になって流行している分野の走りだったかも知れないが、とにかく「ネット・非対面」という点での契約者との結び付きが弱くならないように工夫する取り組みとしては面白いものだった。

加えてこの少し前には最大級の保険比較サイト「保険市場」を運営するアドバンスクリエイト社と資本業務提携を結び、ネット保険の市場を拡大しようとする「同志」との連携も強化した。翌年2月には株主グループ企業であるセブン銀行と代理店契約を締結し、金融商品比較サイト「みんなのマネーサイト」からも顧客流入を図ることにした。更に4月には同じく株主であるリクルート社の人気ウェディング情報誌「ゼクシィ」が運営する「ゼクシィなび」とも契約を結び、結婚のタイミングで保険を見直そうとする若いカップルへの露出拡大を狙った。

2月26日は無事に新商品「働く人への保険」を発売することができた。システム開発を本格的に開始したのは秋だったので、非常にタイトなスケジュールだった。何度も「やっぱり無理です、間に合いません」との声が上がったが、その都度、要件を絞り込んで行くことで乗り切った。開業以来、初めてとなる大型プロジェクトだったが、関係者一同、素晴らしい仕事ぶりだった。無事にローンチを見守った後、中核となった数人を連れて、行きつけの沼袋の焼肉屋で祝杯を上げた。

この商品を世に送り出してすぐに反応したのは、同業者だった。すぐに他社からメールや電話が相次いだが、「そう来るとは思いませんでしたが、本当に必要な商品だと思います。さすがライフネットさん、と社内で話をしています」といったように、ポジティブな声が殆どだった。動きが早いS生命はリリースの一週間後には商品開発部長が部下の方を数名引き連れて、ヒアリングに来社された。この商品を通じて、自分達なりにメッセージを送ったつもりだった。我々はネットの安売りをしたい訳では無い、本当に世の中で求められている商品やサービスを送り出したいのだ、ということを。直後の同業他社の反応はこのメッセージを受け取ってもらえたのだと感じた。

成長は明らかに加速していた。保有契約件数がはじめて一万件を超えたのが2009年8月だったので、開業から15ヶ月かかったことになる。次の一万件が2010年2月なので、約7カ月。更に次の1万件が6月末で、4ヶ月。

このような急成長が実現できたのは、マーケティング部の活躍だけではない。コンタクトセンターが最前線でお客様と丁寧に接し続けたこと、お客様サービス部が堅実な事務処理を続けたこと、システム部が大きな事故なく運用を続けたこと、そして管理部門が社内をがっちりサポートし続けたこと。全社的としての力が付いていることを感じることができた。

飛躍の年

そして、個人としても、新年を境に、ステージが一段上がったような感じがした。3月にはダボス会議のヤング・グローバル・リーダーズの一員に選出され、世界中の政治家や財界人とのパイプを作るきっかけとなった。また、5月には日経ビジネスが主宰する「チェンジメーカー・オブ・ザ・イヤー2010」にも選ばれた。

7月にはシンガポールで開催された「世界リスク保険大会」なる学会に参加し、「インターネットの保険流通へのインパクト~日本生保業界の経験から」なる論文を発表した。初めてとなる英語での論文発表だが、ここから世界に向けてオンライン生保の可能性を発信することができ、将来のライフネットの海外展開への布石となった。

少しずつだが、何かが動き始めているのを感じることができた。

(つづく)

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岩瀬 大輔
ライフネット生命保険代表取締役社長

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