輸入関税だけを一方的にゼロにしても自国民は潤う

2010年11月25日 01:00

環太平洋戦略的経済連携協定(Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement, TPP)に関しては、その賛否を含めてマスメディアやブログで盛んに議論されている。経済を多少なりとも勉強した人ならTPPに反対する人はいないだろう。自由貿易は双方の国の国民にとって有益な結果をもたらすことは、比較優位の原理とともに国際経済学が教えるもっとも基本的なことだからだ。


日本は自動車や電機などの輸出産業を抱えているので、それらの会社が外国に自由にモノを売るために、農業などの本来なら保護したい分野も外国に譲歩してやむなく部分的に市場を開放していると思っている人も多いかもしれない。自由貿易交渉では、自国の輸出を増やすために相手国の関税やさまざまな障壁を取り除き、その見返りとして相手国にも自国への輸出を許可するというわけだ。しかしこの考え方は大きく間違っている。なぜならば自由貿易とは輸入が目的であり、輸入するお金を稼ぐためにしょうがなく輸出していると考えるほうが正しいからだ。人の幸せとは累積貿易黒字で決まるわけではなく、将来にわたる消費水準で決まる。少なくとも物質的な幸せはいかにたくさんのモノやサービスを消費できるかにかかっている。

思考実験として、日本の輸入関税を全てゼロにしたらどうなるか考えてみよう。外国に輸出するときに各国が日本製品に課す関税はそのままだ。そうすると自国の製品を外国に売りにくいまま、外国の製品がたくさん日本に入ってくる。しかしこれは一般の消費者にとってみたらいいことだ。なぜならば今まで高いお金を払って買っていた米などの農産物が安く買えるようになるからだ。それで余ったお金は他の余暇に回せるので、生活は豊かになるだろう。また余ったお金が他の余暇に回せるということは、そういうサービス産業がさらに発達してそこで雇用が増えることも意味する。輸出企業は今までどおりなので貿易では損も得もしないが、食料を安く買えるようになった消費者が余ったお金を輸出企業の製品を買うことに回すかもしれないので、その分はプラスだ。

またこのように輸入が増えて輸出がそのままということは、貿易黒字が減るかもしれない。日本にモノやサービスを輸出した外国の人は日本円を保有することになる。これは外国の人にそのまま持っていてもらって何か問題があるかといったら実際には何の問題もない。日本の国内でしか使えない日本円を持っていてもしょうがないので、いずれは日本の製品を買う、つまり日本企業の輸出となって帰ってくるだろう。日本国政府が国債という紙切れを刷って回収してもいい。

以上のように輸入関税を一方的にゼロにしてもほとんどの人は何も困らないどころか、むしろ得することばかりなのだ。しかしもちろん困る人も少しだがいる。外国製品と競争できない産業の労働者が一時的には失業してしまう可能性があることだ。ところが経済学の教科書にしたがって簡単な計算をすると、輸入関税の廃止による国民全体の「得」が、こうした失業者の「損」を常に上回る。だから極端な話、国民全体から徴収した税金を使って、自由貿易で失業した人にお金をあげれば、日本国民全員が幸せになることもできる。失業した人に、国が穴を掘って埋める仕事を与えてもいい。実際には、失業した人は労働力が足りなかった産業に移動するので経済は成長していく。

もっと身近な例を使って考えてみよう。あなたが3人の従業員がいるケーキ屋さんを経営しているとしよう。この会社で実際に売上をもたらすのはセールスマンだし、ケーキを作る人だ。でも3人のうちひとりがケーキの入れ物を作る仕事にかかりきりだ。ところが中国から入れ物が格安で買えることがわかった。経営者のあなたがやることは、自社で入れ物を作るのを止めて中国から輸入して、余ったひとりをセールスやケーキ作りに投入することだ。こうして会社全体の収益は改善される。輸入関税の廃止はこういうことに対応するのだ。

さて、まともな政策としてTPPに参加するため農産物の関税を廃止していき、そのかわり農家に所得保障などをしようというものがある。これはまさに上で議論したようなことで、そうすることによって国民全体の利益になり、誰もが損しないようにすることもできる。しかし筆者はそれにも反対だ。なぜすでに都会のサラリーマンよりも年収の高い地方の兼業米農家やそういった票田に群がる政治家にそこまで我々多くの納税者が気を使い、配慮しなければいけないのだろうか? たとえば、ここにひとつのITベンチャー企業があるとしよう。その会社が作ったサービスよりもいいものをGoogleが無料で提供をはじめたのでつぶれてしまった。だから国が所得保障をするべきだ。こんな道理が通るだろうか?

多くの人が気づいていないだけで、TPPにより利益を得る人の方が圧倒的に多い。だったらすぐさまTPPに参加を表明し、交渉なんかせずとも輸入関税を全部廃止してしまえばいい。それによって一部の農家は失業するかもしれないが、過去の牛肉やオレンジの輸入自由化の時がそうであったように、多くの農家が創意工夫を重ねてより付加価値の高い農産物の生産をはじめるだろう。どうしても失業してしまう農家には、他の納税者と同じセーフティネット、つまり失業保険とハローワークで何の問題もないだろう。所得保障なんていう特別扱いはしなくてもいい。今すぐ輸入関税を全部撤廃しよう。

参考資料
良い経済学 悪い経済学、P.クルーグマン
クルーグマンマクロ経済学、P.クルーグマン

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