「光の道」-総集編

2010年12月06日 09:00

とにもかくにも、総務省のタスクフォースの最終報告書が出て、後は政治の世界に委ねられることになりました。

仮に政治の世界でこれから何も大きなことが起こらなかったとしても、タスクフォースの報告書で推奨されている「NTTの機能分離案」の「具体的な詰め」はこれからですし、今年の6月に発表された政府の「成長戦略」の中の1項目である「光の道」構想が、これからどういう形で実現されるのか(或いは実現されないのか)は、まだ全く見えていませんので、これからもなお色々な曲折がある事でしょう。


この件につきましては、この1年以上にわたり、私もアゴラで無数の記事を書きましたし、それについて多くのコメントも頂きました。従って、NHKの大河ドラマよろしく、この辺でこの問題の「総集編」を作っておくのもよいのではないかと考えるに至りました。

また、これまでアゴラ上で私が書いてきた事は、どちらかと言うと、私の「提言」、「主張」、或いは「他の意見に対する反論」でしたが、今回は、立場を変えて、出来るだけ中立的な「解説」を試みたいとも考えました。

これまで、本件に対して皆さんから頂いたコメントを見ると、「象」の全体像を把握しておられる方は殆どおられず、鼻だとか、足だとか、尻尾だとかを、繰り返して論じておられる傾向が見受けられました。それも無理からぬことで、それ程、本件は、「理解され難い(誤解を受け易い)」性格の議論だったのだと思います。

また、本件については、ソフトバンクの孫社長が終始リードしてきた感があるので、「ソフトバンクがこんなにも熱心なのは、自社の利益の為になるからに違いない」とか「どうも話がうますぎる。ソフトバンクに騙されてはいけない」という先入観や警戒感が先にたつ方も多い様でした。極端な場合は、「こんなことをやる暇があるのなら、ソフトバンクは自社のモバイルネットワークをもっと改善しろ」というようなコメントをされる方もあり、議論の焦点が外れてしまうこともありました。

孫さんのやり方やソフトバンクの企業文化は、日本の産業界全般からみるとかなり特異なものであり、これを熱烈に支持する人達がいる反面、これを嫌う人達がいることも事実です。その為に、本件が日本の将来の為の「本質的な議論」であったにもかかわらず、多くの議論が、善きにつけ悪しきにつけ、ソフトバンクを意識したものになってしまう傾向があったのは、大変残念なことでした。

しかし、もしソフトバンクがこの様な過激な提案をしなかったら、議論は全く盛り上がらず、またいつものように「too late, too little」の「ささやか過ぎる進展」に終わってしまっていただろうと考えると、ソフトバンクの今回の大胆な行動は、相応に評価されて然るべきだと思います。

こんな事はどうでもよい事ではありますが、私個人の立場も、蛇足ながら、この際あらためて申し上げておきます。

日本のICT立国を強く望む事にかけては人後に落ちぬと自負している私も、一時は諦めて、日本のビジネスから完全に離れることを考えていました。それを思いとどまったのは、孫さんから誘われて、「待てよ、この人なら、もしかしたら日本の現状を抜本的に変えることが出来るかもしれないぞ」と思ったからに他なりません。

孫さんの独特のやり方(例えば「大風呂敷」とか、「変わり身の早さ」とか)について、私が全面的に賛成かと問われれば、Yesとは答えられません。私はもういい歳ですから、若い人達のように「熱烈に一人の指導者を支持する」という精神構造にはありませんし、個々の方針になると、彼と意見を異にする事も時折あります。

しかし、今の日本のあり方を大きく変え、諸外国からも一目置かれるだけの地位を築くに必要な「突破力」を持った人が、彼の他にいるでしょうか? 立派な意見を言う人は沢山いても、我が身に降りかかるリスクを省みず、それを即座に実行する気概と能力を持った人が他にいるでしょうか? それを考えると、現在の鬱屈した日本にとって、彼は「かけがえのない人」の一人であるように思えるのです。

「NTTのアクセス回線部門を分離してつくる新会社」の経営責任について、「誰もやらないというのなら、自分が全責任を持って引き受ける」と彼が言い切った時には、さすがに私も少し当惑しました。「そんなことをしたら、今でも手一杯のソフトバンクグループの経営はどうなるのか」という思いがあったからです。

しかし、考えてみると、これこそが彼の真骨頂であり、私が彼を評価する最大のポイントの一つであったと思います。それは、「何事も本気になれば道は開ける」と思い込む「一途さ」と、常に「即時実行」を覚悟する「思い切りの良さ」です。現実に、この発言がなかったら、折角のソフトバンクの提言も、「他人にやらせて、自分はそれを利用するだけ」という批判を、何時まで受け続けざるを得なかったでしょう。

私自身は、70歳を越えた時点で、毎日が「切った、張った」の「商売の世界(競争の世界)」からの引退を強く望みました。「電波問題」や「将来の統合ネットワークの問題」が気がかりな一方で、諸々の国際的なプロジェクトがあった為に、結局は、もう1年現役を続けさせてもらう事にしましたが、「2011年の然るべき時期には、少なくとも『副社長』のタイトルだけは必ず返上させてもらおう」と、心中に思い定めています。

それと同時に、折角長年にわたって日本のICT業界と深く関わりあってきたのですから、何らかの「卒業論文」のようなものは残してもよかろうと考え、週末の時間の合間を見て、「ICT立国論」というものを書き始めていました。

この「卒業論文」は、「何故ICTが日本再生の為に必須なのか」から始まり、「ICTの充実がもたらす数多くのメリット」を羅列、その上で、ICT技術を大きな視点から俯瞰する為に「端末とクラウドを結ぶ、有線と無線の統合IPネットワーク」を論じ、「国のICT基盤(グランドデザイン)のあるべき姿」、「国がやるべき事と、民間が自由競争によって実現すべき事」、「その為に先ず必要なNTTの改革」と続ける予定でした。

そこへ、「光の道」の議論が、降って湧いた様に出てきました。「ICT立国論」で私が展開しようとしていた議論は、まさにこの「光の道」の議論とぴったりと一致していましたから、私自身も大変嬉しく思い、孫さんの呼びかけに応じ、本気になって「光の道」の実現方法を考え始めたのです。

従って、私にとっての「光の道」は、決して「時流におもねた議論」ではありませんでしたし、まして謂わんや、「ソフトバンクの利益の為の議論」等ではあろう訳もありませんでした。(この事をご理解頂ければ、私が「光の道」に関連してネットやTwitter上で寄せられる一部のコメントに如何に苛立ったかも、容易にご理解頂けると思います。)

さて、それはそれとして、今回はお約束通り、感情を抑えて客観的な解説に徹することを心がけ、先ずは原点に戻って、この「光の道」の議論がどういうものであったのかを、下記のように因数分解することから始めたいと思います。

政策(National Policy)レベルの話:

1)ICT政策が日本の将来の成長戦略の為にきわめて重要だ。

→これには特に反論はないと思われる。

2)ICTサービスに関連する部分は、教育、医療などの公共サービスを除けば、基本的に自由競争に委ねればよいが、電波政策やインフラ構築については、しっかりした国家戦略によって推進されなければならない。

→「インフラ構築についても自由競争でやればよい。国が関与すると碌な事はない」という反論がある。

3)この国家戦略の目玉として、「全国の全ての世帯にブロードバンドを提供する」ことを推進するべきだ。

→「現時点で必要としていない世帯にまで先行してブロードバンド回線を提供する必要はない。実需要が生じれば、その時点で提供すればよい」という反論がある。

4)「将来まで見越して出来るだけ大きい通信容量を確保しておく」ことを考えると、殆どのケースで、光回線を各戸まで引き込むのが最も経済的と思われるので、この計画のニックネームを「光の道」とした。

→「新しい無線技術は既に光回線同等の能力をもち、且つ光回線よりコストが安くなるケースが多いはずだから、光回線を中心に考える計画は適切ではない」という反論がある。

5)この考え方自体は、民主党が政権をとる以前の段階で、ソフトバンクの孫正義社長が当時の民主党の鳩山幹事長に提言したものだったが、鳩山内閣成立で総務大臣に就任した原口氏は、これを咀嚼して「原口ビジョン」の形にまとめ、その「具体的実現方法」の検討を総務省とタスクフォースに委ねた。

→この事に関しては、「菅内閣が成立して、原口氏がもはや総務大臣でない現時点では、既に政府の方針は確固たるものではなくなったと」と考えている人もいるかもしれない。

実務(Implementation)レベルの話:

1)原口総務大臣と肝胆合い照らした孫社長は、元々の提言が自分から出たこともあり、社内を督励して「『光の道』実現の為の具体案」を作らせ、これをタスクフォースに提案した。ソフトバンク以外には、原口大臣の期待に応えるような具体案はどこからも出されなかった。

→「ソフトバンク以外から具体案が出なかったのは、別にサボったわけではなく、もともと『光の道』の実現は無理だと思っているからだ」と考えている人も多いのかもしれない。

2)ソフトバンクの提案の骨子は、「既存のメタル回線を計画的に且つ一気に光回線に張り替える」ことにより、「システムの二重構造」や「さみだれ式の工事」によるコスト高を解消し、これによって「税金ゼロで全国のユーザーに低コストのブロードバンドサービスを提供する事を可能にする」というものだった。(この計画の内訳や計算根拠については、かなり詳細な数字も段階的に提出された。)

→「ソフトバンクの話はうますぎるので、計算のどこかに誤りがある筈だ。何れにせよ不確実性が高い」という意見が多くの人達から出されている。(しかし、現時点では「どこに誤りがあるか、どこが不確実か」という具体的な指摘は何等なされていない。)

3)ソフトバンク案を実現出来るのは、現実にメタル回線を保有・運営しているNTTしかないが、NTTは「そんなことは不可能」と切り捨てたので、ソフトバンクは、最終段階で、「NTTからアクセス回線部門を分離して新会社を設立。そこに国と民間通信会社が出資して、ガラス張りで経営する。(最悪時、誰も乗らないのなら、ソフトバンク一社が引き受けても良い)」と提案した。

→公式的には誰もそのような発言はしていないが、「ソフトバンクを盲目的に信用するわけにはいかない。いくら自分達に任せろといわれても、任せるわけにはいかない」と、心の中で考えている人達は多いようだ。また、現時点で「ソフトバンクのサービス品質は他社に比べて低い」と批判している人達は、ソフトバンクにアクセス回線会社の経営を委ねた場合の「品質レベルの保証」に懸念を表明している。

4)検討時間が限られていた事もあってか、最終的にタスクフォースは、「不確実性が高い」としてこのソフトバンク案を退け、「NTTを『機能分離』するなどの種々の方策を講じれば、ある程度の成果は得られる」という趣旨を述べた最終報告書を、11月30日に政務三役に提出した。

→これに対しソフトバンクからは、「タスクフォースの最終報告書は原口前大臣からの諮問の回答にはなっていない。十分な検討もせずにソフトバンク案を退けるのは不当。また、ここで提言されているNTTの機能分離案には、具体的な数値目標、スケジュールなどが明記されておらず、このままでは実効性に疑問がある」等と延べた「意見書」が、総務大臣宛に出されている。

5)この議論の中で、NTTは概ね沈黙を守ってきたが、11月24日の民主党情報通信議連でのヒアリングでは、これまでの研究開発の成果や日々の保守業務の重要性を強調する一方、「光の道」については「無線ブロードバンドを一層便利にしていくことがその実現の決め手になる」とした。

→これについては、「NTTの論述には何ら具体的な数字の裏づけがないのみならず、「光の道」実現への道程が示されていないので、意味がない」と考えている人達も多い。

6)ソフトバンクは「総務省やタスクフォースは『供給側の考え』を代弁しすぎており、肝腎の『国民(ユーザー)の視点』が欠如している」という考えから、全国の新聞に意見広告を出し、これに対する国民の反応を官邸筋などに提出、政治主導による決着を求めている。

→これに対しては、「国民(ユーザー)目線で問題を単純化し、この問題に対する関心と理解の裾野を広げる努力をした」と評価する人達がいる一方で、「A案かB案かと問われれば、B案が良いと答えるのは当たり前であり、問題はB案が実現可能かどうかという事なのに、この様な『子供騙し』のようなやり方で大衆を扇動するのはよくない」として、反発を強めている人達もいる。

以上が現状の総括です。勿論、上記の種々の「反論」には、当然「その反論に対する反論」も多数出されています。(私自身は、少なくとも政策レベルの問題については、「反論に対する反論」を、アゴラ上で洩れなく出し尽くしたと考えています。)

従って、今後の議論は、上記のように切り分けられた各々の論点について、更に議論を深め、特に「具体的な数値に基づく議論」を進める事が必要だと考えます。これまでの議論の中で、そのようなプロセスが踏まれなかったのは遺憾ですが、過去の事を今更あれこれいっても仕方がありませんから、これからはこういうやり方で更に議論を詰めるべきです。(「そんな必要はない」と言う人は、まさかいないとは思いますが…。)

何れにせよ、これは国の将来を決める重要な議論ですから、あいまいな議論のままで事を収めようとしたり、拙速に事を運ぼうとしたりするべきではありません。民主党政権は、同政権の発足時の理念であった筈の「改革(チェンジ)への強い意志」「国民(ユーザー)目線」「情報公開」の三原則を堅持し、本件の最終処理に注力して欲しいものです。

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