国家債務危機――ソブリン・クライシスに、いかに対処すべきか?
著者:ジャック・アタリ
作品社(2011-01-08)
販売元:Amazon.co.jp
★★★☆☆
著者は38歳でミッテラン政権の大統領補佐官となり、その後欧州復興銀行の総裁などをつとめてEU統合の推進役となった著名な政治家だが、哲学や経済学などの本も書いている。政治家としての実績はどうか知らないが、著書の学問的な価値はゼロに近い。ペダンティックなだけで、オリジナリティがないのだ。
本書も欧州の財政についての歴史的な話が多く、目新しいことは書いてない。ただ歴史の教訓からわかることは、財政危機は大インフレをもたらし、戦争や革命などの引き金になることが多いということだ。1%ぐらいのデフレは大した弊害がないが、インフレがコントロールできなくなると、経済だけではなく国家が崩壊するリスクがあるのだ。
現在の財政危機についての議論も常識的だが、「債務危機の歴史から学ぶ12の教訓」のうち、次の部分は自明ではない。
- 公的債務危機が切迫すると、政府は救いがたい楽観主義者となり、切り抜けることは可能だと考える
- 主権債務危機が勃発するのは、杓子定規な債務比率を超えた時よりも、市場の信頼が失われる時である
- 主権債務の解消には八つもの戦略があるが、常に採用される戦略はインフレである
- 過剰債務に陥った国のほとんどは、最終的にデフォルトする
これは菅新内閣の「財政タカ派」路線に沿うものだろう。そして最後に公的債務の問題を解決するための国際協力の枠組が論じられ、著者がフランス政府に出した「アタリ政策委員会」の報告書が付録としてついている。もちろん国際協力はできればしたほうがいいが、欧州の現状はとてもそういう理想論を議論している状況ではないだろう。
ただ日本には「政府債務は踏み倒せばいい」と公言する税調の専門家委員長や、「公共事業の財源はお金を印刷すればいくらでも出てくる」という元首相など、本書の程度の常識もわきまえていない人がいるので、そういう人には本書ぐらい読んでほしいものだ。
コメント
>戦争や革命などの引き金
自分の知恵で問題解決ができないとわかると、人間は暴力(フォース)に訴えるという(有史全ての)歴史の事実そのものですね。
べつに長い歴史を見なくても、幼稚園の毎日や、新聞の毎日の事件の記事を見れば、それほど考えることもなく、そんな人間の特性は、わかることです。
これらの事象を分類・分析する池田さんの行動は無意味とは言いませんが、その目的達成には時間がかかるような気がします。(ごめんなさい批判ではありません、単なる素直な無力感の共有です・・・)
>菅新内閣
そんな人が国家の代表として国務にあたっているということは、いかに国民のレベルが低いのかを証明する事実です。にもかかわらず、その自分達の選んだ結果(政府)を批判するのは、なんというのか、自分の行動や存在を否定するような、すこし効率的ではない行動のような気がします、国家というわれわれのライフラインと、肝心な未来を守る大事な組織を育てるには、そこに存在するもっと多くの人の自発的な’自立した行動’が必須だと思い、私もその事になにか少しでも役立てることができないか、こうして怪しい意見を発信しております。
「主権債務の解消には八つもの戦略があるが、常に採用される戦略はインフレである」、どうしても国家の債務をいつかは払わなければならないとすると、1%のデフレを許容することは、次世代に債務の価値のインパクトが大きくなり、むしろ「統制可能なインフレ誘導」の方が妥当であると思われてしまいます。
日ごろ、池田先生の大雑把に正しい経済学で、経済学者の役割は「パンフレットを書くこと」「経済の処方センを書くこと」たいへん専門家として卓見であるとともに、適正・正確なアドバイスだと思っております。尊敬します。
わたしは、経済学は門外漢でありますが、土木・災害工学については、「パンフレットを書き」、「子供たちによき国土を残せるよう開発と保全の処方センを描こう」と思っております。
ハーバード大サンデル先生、人気がありますね。でも決して講義は当たり前のことを説いておられ、私たちは大人として余裕のあるときに、考えておくべき公共性と正義の問題だったと反省しております。
池田先生も、ぜひ日本のオピニオンリーダーとして、決して抵抗勢力にはひるむことなく、正しいことを正しいと教えていただきたいとおもいます。決して日本の大人の良識も劣っていないと思いますが、時に仕事や生活に忙殺され繰り返し繰り返し正しいことを思い起こさないと忘れてしまう事ありますから。
> 財政危機は大インフレをもたらし、‥‥‥ コントロールできなくなると、経済だけではなく国家が崩壊するリスクがある ‥‥
仰るとおり、財政破綻、ハイパーインフレ、「近代」国家の崩壊はセットなのでしょう。
交換を媒介する「お金」は、” 他者を支配する強制力 “ を付与された特殊な情報であり、これを統治の手段とすることをもって、国家は「近代」のそれとなる。「お金」が “ 強制力 “ を持ち得るのは、国家による、独占された暴力の裏打ちあってのこと。ハイパーインフレは単に、程度の激しい物価高ではない。「近代」国家にとってハイパーインフレは、統治の手段を失うことを意味する。
目の前にある『危機』に、あらゆるエコノミストが有効な「処方センを書くこと」ができないでいるのはなぜか。
使用価値、交換価値の源泉は、低エントロピー・エネルギーである。しかし、2006年に原油の採掘量がピークアウトした ( IEA, 国際エネルギー機関 ) ことで、低エントロピー・エネルギーの利用可能量が「お金」の要求に追随できなくなったのだ。
『危機』の最奥部にあるのは、「お金」とエネルギーの齟齬・矛盾にある。有効な「処方センを書くこと」ができないのは、このためでしょう。