「自己本位」の時代

2011年01月25日 09:17

アルファブローガーのちきりん氏が本を出した。きっと、売れると思う。時代が彼女の存在を求めているからだ。体に合わない洋服を、無理して着るのでは無く、服を体に合わすべきだと、人々は思い始めてるからである。

どうも、世の中には二通りの人間が存在する様である。

前者は、自分が世の中に適合出来ない場合、世の中を積極的に変えようとする人種。

曰く、政治家、政治家の支持者、社会活動家、そしてアゴラやBlogosに投稿する人達。

後者は、本を読んだり、セミナーに出席して、自分を磨き、世の荒波を乗り切る人間に成ろうとする人種。大好きな言葉は、無論、「自己啓発」である。

最近迄、隆盛を誇ったカツマーは、此の代表だと思う。

所で、一時あれ程までに増殖したカツマーは、一体何処へ行ってしまったのであろうか。本を読んでも、セミナーに出席しても、結局何も変わらない事に気付き、カツマーを廃業したのだろうか。

それとも、あれ程努力して成ろうとした、当時の理想像が、所詮借り物で、本当に自分が成りたい人物像とは違う事に、気が付いたのであろうか。

人が、本来、ありもしない理想像を求めて、本を買ったり、セミナーに出席したりするには背景がある。学校での体験である。

男女を問わず、顔が可愛く、運動が得意で、運動会では決まってスター、そして勉強も良く出来る。こういう生徒は必ず居て、教師の寵愛を受ける物である。

他の生徒は、どう見ているのだろうか。嫉妬、羨望、諦念。何れにしても成長してからの、彼らの行動基準に何らかの影響を与えている事は確かだ。

今は、大卒の就職難が悲惨で、就活も何かと話題に成る事が多い。唯、中には大した努力もせずに、一流大学に進み、スポーツマンで快活、しかも中々のルックスと言う若者も居るだろう。要は、昔も今も好まれる若者像である。

こう言う若者は、会社の玄関に並ぶ、一般就活者の長蛇の列を横目に、そっと別の入り口から通され、面談と言う名の、先輩との懇親をさっさと済まし、何の苦労も無く内定を得る筈である。

どうも、世の中全体が、こういう若者像をステレオタイプな、あるべき若者像として描いているのでは無いか。そして、各個人との差異を、まるで克服すべき課題の如き印象を与えている。此れは大きな間違いである。

そして結果、克服する為の、ハウツーとしての本の出版や、修行の道場として、多くのセミナーが開催されたのでは無いか。

こんな、ある意味、出来過ぎの若者と自分を比較しても、不幸に成るばかりで、何の将来も開けて来ない。此れは、生まれながらの個性の違いなのである。

当たり前の話であるが、人は基より十人十色である。顔の美醜。身長の高低。デブと痩せ。頭の賢愚。性格も無論色々。此れを一つの理想像に収斂させようとするのが、そもそも無理なのだ。

世の中や、マスコミから与えられる価値観こそが曲者である。間違いだらけであるし、一体どういう権限があって彼らは、彼らの価値観を世に広めているのであろうか。

こういう、外から与えられた価値観は、体型に合わない洋服みたいな物で、個人は、窮屈で結果、ちっとも楽しく成らない。

こんな、お仕着せの洋服は、さっさとゴミ袋に捨ててしまい、「自己本位」と言う自分に合った服を着るべきだと思う。体に合った服を着れば、気分も自由に成るし、街の風景も、今までとは違って見えてくる筈である。

此れは、少しも難しい話では無い。カレーの好きな人はカレーを食べる事で幸せに成るので、カレーを食べるべきである。ラーメンの好きな人は、同様ラーメンを食べるべき、と言っているだけの話である。

大事な事は、個人個人が「自己本位」と言う、自分だけの地図とコンパスを持つことなのだ。

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