Google vs. Facebookに関する考察 - @ogawakazuhiro

2011年01月28日 09:00

今日はひさしぶりにGoogleの話をしましょう。

彼らは言うまでもなく、世界最強のインターネット企業です。検索エンジンというコアテクノロジーを磨き上げ、Webをより使いやすくし、リアルとバーチャルの境目を限りなく薄くしてきた企業です。

一つの技術を極め、その利用者数を増やす。そのおかげで生まれたトラフィックをお金に換える方法として、検索結果連動型の広告という手法を生み出し、240億ドルという巨大な売上をあげるにいたりました。

彼らはWebというテクノロジーの信奉者です。ありとあらゆる情報をWebに置けば、彼らが検索可能な情報として整理してくれる。Webにない情報があれば、彼らは強引とも言える手法でそれをデジタル化し、Webに置き換えてきました。例えば、本をスキャンし、地図をネット化し、市街をデジタル画像化した。メールが個対個のコミュニケーションと思えば、それをGmailというツールを提供することで、極力自社の検索エンジンの手の及ぶところに置こうとする。

繰り返しますが、Googleは世界のありとあらゆる情報をWeb化しようとします。Web化しなければ、さすがの彼らの検索エンジンでも検索できないからです。2009年前半くらいまで、つまりWeb2.0というキーワードがいまだトレンドであり得た時期までは、Googleのこの試みを妨げる要素があると思う人はあまりいなかったといえます。

ところが、2010年には、様相が一変します。それがFacebookとの蹉跌です。
2009年後半から、Googleの覇権に対抗する強力な新興勢力としてのFacebookの存在がクローズアップされ始め、2010年に入ると、その対立構造が一気に認知され始めます。

Googleはありとあらゆる情報をWeb化しようとする。Facebookもまた、ある重要な社会情報をWeb化しようとしています。それは「人間関係」です。GREEやモバゲーといったソーシャルゲームプロバイダーは、ゲームという仮想空間を通じて、仮想的な人間関係を創成しているのかもしれませんが、それはWeb上に生まれた、Web上にしかない世界です。しかし、Facebookが(あるいはmixiも)挑戦しているのは、現実の人間関係のWeb化です。

実はこの人間関係のWeb化こそは、Googleがどうしてもうまくいかない分野の一つです。
Googleの思考は基本的に数学的です。数字で解析できる情報には強いが、そうでないものにはからきし弱い。人間関係には、単にクラスメイトや会社の同僚、あるいは家族という属性情報だけではなく、友情や恋愛など、曖昧で衝動的、自律的でも他律的でもありえる関係性が多く存在します。Googleはこうした情報の処理に対する有効なアルゴリズムをいまのところ持っていません。
その点、Facebookのようなソーシャルネットワークサービスは、実際の人間関係をそのままWeb化します。だからFacebookは成長し、いや、大成長し、その結果として、Webそのものをソーシャル化したのです。

5億人、近々には6億人に達するところまで成長したFacebookは、人間関係をWebに持ち込むためのインターフェイスとして、同時にそのWeb化した人間関係を用いたコミュニケーションのプラットフォームとして世界最大の規模になります。

Googleにとっては、彼らの規模が頭痛の種です。
Facebookの勢力圏はWeb全体に及び始めているのに、Facebookの中の情報をGoogleが検索することができないからです。

Googleからすれば、オープンであるべきWebの中に、突如巨大なクローズドな存在が生まれ、自分たちの検索エンジンが全く進入できない領域ができてしまったのですから、これは恐れざるを得ない。

これが、GoogleとFacebookの対立構造を生む、基本的なポイントなのです。

+ 詳しいことは、拙書『ソーシャルメディア維新』をご覧ください。
+ Facebookそのものについては、拙書『仕事で使える!Facebook超入門』(27日より目黒アトレ有隣堂、渋谷ブックファーストで先行発売中)をご覧ください。

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