デジタルネイティブ礼賛はやめて、学生にもっと教養を持たせる努力をするのが大人の役目- @ogawakazuhiro

2011年02月25日 10:08

エジプトやチュニジア、そして今ではリビアでも起こりつつある民主化の動きの背景に、Facebookを中心としたソーシャルメディアが反政府組織のための文字通りのソーシャルネットワークとして活用されている、というのはいまや社会的な常識として語られるようになっています。

先日放映されたNHKスペシャルを見ましたが、学生を中心とした革命組織が、Facebookを駆使してデモを企画し、民衆を招集するさまが臨場感溢れる映像で紹介されていました。(関係ありませんが、ハッカー集団アノニマスがエジプトのネット遮断策を抗議して一斉攻撃するのですが、彼らがかぶっている仮面が象徴的です)


実際のところ、デモに集まる群衆のほとんどはFacebookを見て集まったわけではなく、各地域にいる革命組織のリーダー的存在や、その仲間たちの一部がFacebookを通じてつながっていたにすぎないとは思います。しかし、そうした虐げられた知識層や若者たちが立ち上がり、国民全体を巻き込んでいくために必要なある程度の人数(ティッピングポイントに至るだけの人数)を集めるのに、Facebookは確かに役に立ったと言えるでしょう。
だから、日本で現在300万人以上と言われるFacebookユーザーの数が多いかどうかを論じることにも意味はなく、目的意識と先取精神を強く持つ現時点のFacebookユーザーに対して何らかの情報を差し出すことは、やがて大きなムーブメントにつながるはずであることを疑う必要はないのです。

とはいえ、ソーシャルメディアにできることは新しいアイデアや知識を生み出すことではなく、誰かが考えついたアイデアや知識を伝搬させることです。
Facebookが革命を起こしたのではなく、「語るべき何か」を持った革命の強い意志を持つ若者たちの手助けをしたに過ぎません。ソーシャルメディアには組織を生成する力もなく、単に組織行動をとれる数多くの革命組織の作戦行動をアシストしたツールに過ぎないのです。だからといってFacebookを始めとするソーシャルメディアの価値や意味を軽く見るのではなく、「語るべき何か」を持っている若者のための真の味方である、それがなければ単なるおしゃべりの場にすぎない、ということを正しく理解するべき、といいたいのです。

日本は現在、かなりクリティカルな状況に陥っている、と僕は思います。学生と話す機会も多いのですが、彼らの教養不足は目に余ります。政治的なデジタルネイティブ、と持ち上げるのもいいのですが、肝心の「語るべき何か」については貧弱な場合が多い。インターネットを使いこなせるのはいいのですが、インターネットの基本的な構造や歴史について知っている若者は本当に少ない。それどころか、(本来であれば十代や二十代のうちに読んでおくべき重要な文学に関する)文学的知識や宗教や現代政治に関する情報を理解している者も少ない、と感じます。
僕は二十代半ばのときに、初めてアジア圏に出張したときに、たまたまバーで知り合った同年齢の中国人の若者から「なぜ日本人は中国に侵略したのか」といきなり問われて困惑したことがあります。また、海外に長く住めば分かることですが、世界のほとんどの国では宗教的知識は必要です。アジア諸国では仏教やイスラム、欧米ではキリスト教やギリシア文学の知識があるとないとでは、ビジネスの場の会話についていけるかどうかに大きな差がでます。

映画「ソーシャル・ネットワーク」の中で、マーク・ザッカーバーグは、友人のエドゥアルト・サヴェリンのメールアドレスがジャバウォック(Jabberwocky)であることを聞いて、「ルイス・キャロルの引用かよ(笑)」と皮肉ります。このやりとりの意図を理解したデジタルネイティブがどれだけいたのか、と僕は気になります。映画の登場人物は皆 当時十代の設定です。しかもマークはコンピューターオタク、という設定なわけですが、それでも最高学府のエリートとしての教養を当たり前のように身につけている。
つまり、大してソーシャル(社交的)でもない一人の若者が作り上げたソーシャルメディアであるFacebookですが、知識という面では深い教養と、それを共有できるユーザー層(当初Facebookはエリート大学向け専用SNS)に向けて作られたシステムである、ということに意味があるのです。

ソーシャルメディアやスマートフォンなどが普及し、それを使いこなす若者が多く出始めたことは非常に意味があります。
しかし、忘れてはならないのは、それは世界中のどの国でも同じということです。
エジプトやチュニジアでは強い意志と教養を持った若者たちがソーシャルメディアやモバイルを駆使して革命を成し遂げました。米国では時価総額数兆円もの巨大ベンチャーがいくつも立ち上がり始めました。韓国は日本の半分の人口ですが、兵役義務で鍛えた精神と肉体を持ち、国内だけでは成長し得ない市場の小ささを逆手に取って、いまや戦略的に世界に打って出る作戦を国家レベルでとり始めています。

日本ではどうでしょう?
日本では革命を起こす必要はありません。民主党政権は醜い政治的混乱状況にありますが、幸運にも日本の若者は純粋に経済的成功を目指してベンチャーを興すことにエネルギーを使っていいのです。草食だとか、ゆとり教育なんてクソ食らえと中指をたてる若者がもっとでてくるべきなんです。もっと勉強して、この世の中のさまざまな理屈や仕組み、歴史をもっと理解するべきなんです。その力があってこそ、ソーシャルメディアを中心とした新しいテクノロジーや、それが生み出す新しいパラダイムを味方につけることができます。

今年の4月から、僕が経営するモディファイでも初めて新卒社員が3名入ってきます。モディファイはテクノロジードリブンの会社ですから、インターネットがどのような仕組みで動き、どのように世界を変えていくかを、僕が知りうる限りの情報をもって教えていきたい。さらに、世界はクチコミで動いているのではなく、「語るべき何か」を持った強い人間の意志で動いているということを、丁寧に伝えたい。そう思います。

そのうえで評論家になるのではなく、行動者であれと訴えたい。
「語るべき何か」を持っていても口に出さねば伝えられない。「語るべき何か」を口にしても、自分がそのために行動しなければ何も生み出せない。

無鉄砲で野心溢れる若い世代を多く集めるためにも、僕は今一度口うるさい大人になろうと思います。口であり、耳であり、指であろう。そう思います。

(小川浩 modiphi.com

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